やさしい

やさしい

取り急ぎの救済

浅い呼吸を繰り返すグエルは、ただ焦点の合わない目であたりを見渡す。突然ぷつんと自分を襲った目眩と吐き気と頭痛に混乱しながらも、しゃがみこみながら息を落ち着けようとした。

落ち着かない、何をしても何も出来ない。震える手で端末を取り出すも、画面が揺れて何も分からない。あ、あ、とパニックが起きる。こわい、こわい、ここは、とても。


森に1人では近づいてはいけない。


ここに入学する前に、自分を助けてくれた恩人が言っていた言葉を思い出す。グエル自身も、1人で青々とした木々が生える森に、自分から足を向けようと思ったことは無かった。たまたま学園を授業前に散歩をしていたら、こんな所にたどり着いてしまったのだ。

学園内にあるひとつの森のような場所。地球降下訓練の際に使われるその場所に、グエルは1人で来ることはなかった。いつもは誰かがそばに居た。1人で来たのは、初めてだった。

「あ、ぁッ……」

端末にぽたりぽたりと雫が落ちる。それが自分の瞳から出てるものだと気付くのに時間はかからなかった。もう授業も始まっている、なのにグエルはしゃがみ込んだまま動けずにいた。足が痛い、息が苦しい、顔も、腹も何もかもが痛い。

「みおりね、しゃでぃく、すれった、えらん」

名前を、呼ぶ。大切な人の名前を呼ぶ。少しは落ち着くと思ったのだ。なのに、胸の中がざわめく。心臓が鷲掴みにされ、冷や汗が止まらない。手足が震え、見開いた目が、眼が忙しなく左右に動く。ゆるしてください、いいこにするから、もうわがままいわないから、なかないから、さからわないから

「らうだ」

おねがい

「ら、ぅ……」

「グエル!!!」

声がする。顔を上げようとするも、ずきずき痛む頭のせいで上手く上げられない。手を握られる。暖かい手に、少しだけ頭痛が引いた気がした。

「グエル、目を閉じて、ゆっくり息を吸って」

どうやら、自分は息ができてないらしい。吸って、吐いて、と言葉に合わせて息をする。背中をさすられながら目を閉じる。

ひゅーひゅー、と抜けるような息が、落ち着きはじめる。ばくばくと激しく動く心臓が、ゆっくりと鼓動を刻む。

「グエル」

「……ら、うだ」

漸く、自分を落ち着けてくれた人の名前を呼べた。びっしょりと濡れた顔を上げればラウダの顔が見え、グエルは「あ、」と言葉を出しては無意識に彼に抱き着く。強く抱き着き、逃がさないと言わんばかりに背に手を回しながら、いやだ、と言葉を繰り返した。落ち着いたはずの息がまた上がる。鼓動が早くなる。

「やだ、ごめんなさい、ごめんなさい」

「グエル?」

「ごめんなさい、わるいこにならないから、いいこにするから」

「グエル」

「すてないで、ひとりにしないで、きらいにならないで!」

「グエル!」

強く抱き締め返される。体が軋むのでは無いとか言わんばかりに、強く。

「大丈夫、グエルは悪い子じゃない」

「ぁ」

「ずっといい子だし、1人にもしないずっとそばにいる」

「う、ぅ…?」

「約束する。嫌いになんて絶対にならない」

「ほ、んと?」

「ホント。…ラウダ·ジェタークは嘘をつかない。ジェタークのエンブレムに誓ってね?」

ラウダの鼓動が、聞こえる。優しい呼吸と、優しい声、暖かな手が。

再び呼吸が落ち着いていく呼吸と、体力を消耗したせいかくたりとラウダに寄りかかる。背に回していた手から力が抜け、そのまま垂直に伸ばされた。ラウダが何か言っている。でも聞こえない。聞けるほど余裕もなければ体力も残っていない。突然の浮遊感を感じながら、グエルは気絶するように意識を飛ばした。




グエルとラウダがいる。

ついでに言えばグエルの上着がラウダの上着になっており、ラウダは現在ノースリーブ。普段周りにあんな姿を見せることがない2人が、決闘委員会ラウンジで、ぎゅーっとくっつき、しかも手を絡ませては離れないと言わんばかりにぴったりとくっついている。シャディクは気ぶりたかった。否気ぶろうとしたが、親友のグエルの様子がおかしい事にすぐに気づいた為気ぶるのをやめた。

シャディクやエランが席を少し立てば「どこにいくの」と子供のように怯えた声を出し、ラウダが少し手を緩めれば泣き出しそうな顔で必死に手を握る。そんな姿を見れば同じ場所にいたセセリアもロウジも何も言えないだろう。何かがあったのは明確だった。ラウダはただ何も言わずグエルをただじっと見つめている。時々頭を撫で、グエルを落ち着かせるように背を撫でるぐらいだ。

イチャつくなら寮でやればいいのではぁ〜?と飛んできそうな煽りさえ今は飛ばない。誰も何も言えないほどに、グエルは憔悴しきっている。

「決闘が終わり次第すぐに戻る。それまでは目を逸らして欲しい」

あまりにも視線を浴びるからか、ラウダはそう言いながらグエルを隠すように抱き締める。その目は獅子のようにぎらついており、内心ざわめいた。ラウダお前そんな目出来るのか、知ってたけど、知ってたけどさ!シャディクがざわめくのを感じ取ったのかロウジのハロの目がぴかりと光る。

「…愛、重ォ」

セセリアの呟いた言葉に、エランは同意するようにパタリと本を閉じた。モニターにはモビルスーツ同士の決闘が映っているのに、誰もモニターに注目していない。決闘委員会のメンバーとしてどうなのかと思うが、正直つまらない決闘なんかよりこっちの方が大切だろう。目を逸らせと言ったラウダの言葉を無視して、シャディクたち決闘委員会改め、急遽結成されたグエル可愛がりた委員会は、グエルを全員で可愛がりに行くのだった。


可愛がられたグエルがショートを起こし、ラウダの怒りが頂点に達するまで残り5分。


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