もう一人の
『複数人が斬魄刀を持った状態で待機、出産時に虚化していた場合は即座に斬る』
それが、娘を産むにあたって告げられた最低限の条件だった。
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娘の内側に、もうひとつ人格があるのではないかと気付いたのは、娘が無事に産まれてからかなり経過してからだった。
産まれてから育ち始めるまでかなり長い間を使い、実際にひとつの人間として育ち始めてからも生と死の境をやっとこ進んでいるような、そんな身体を抱えて生きる娘を、不憫だと思わなかったと言えば嘘になる。
「ひ、ぎィ……やぁ……」
「んー?なんやまた怖い夢でも見たんか……?」
夜驚症、というらしい。身体の調子を崩しているときは必ず涙を流しながら悲鳴を上げる。言葉にならない悲鳴をひもとくと、どうやら娘は夢の中に現れる誰かから逃げ回ってるらしい、ということだけは分かった。
己の辿った経緯を振り返れば、その悪夢の正体はなんとなく推測がつく。
「なあ、お姉ちゃんなんやろ?」
「ひィっ、ぐす、」
「あんまり苛めんといてや……て、オレらが言えたコトでもないんやけどなァ」
精神世界にいる“彼女”(と定義しておく)が表に出ていれば、娘はこの世にはいなかった。そうだ、一番最初に、自分は彼女の存在を否定した。そんな自分が“娘をいじめるな”など、どの口でと思う。それでも、自分にはそう伝える以外に何もできない。
「オマエも、オレが産んだ大事な娘なんや。信じてくれとしか言えへんけど」
「……ぃィ、……っき、ひィ…」
「ごめんなァ、ホンマに」
腕の中に抱えた娘が暖かいのは、子供体温だけではない。しょっちゅう過剰な霊圧で義骸が軋む、その影響を受けているからだ。僅かな成長で床に伏せる娘は、育ち始めてから半分以上をこうして布団で過ごしている。
「……がんばれ、なあ」
今年の冬は厳しいものになると浦原から告げられたばかりだ。それは、最悪の覚悟をしておけという遠回しの助言だと、気付かぬほど鈍くはない。
どうにか、今年の冬も乗り越えてくれと、そう願って頬を伝う涙を拭った。