むぎわらぼうし

むぎわらぼうし



とある航海中。

昼下がりを各々のんびりと過ごす中、船内から駆け出てくる音と満足げな声が甲板に響いた。


「よーし!完成したぞーっ!!」


その声の主はウソップ。麦わら海賊団の狙撃手だ。

百発百中といっても過言ではない狙撃の腕と、長い鼻が特徴である彼の声に甲板にいた者は振り返った。


「なにができたんだ?ウソップ!」

「なんだ?なんだー?」


最初にウソップの側へと近付いてきたのは、船長であるルフィと船医のトナカイことチョッパー、それからルフィの肩に乗る生き人形ウタだ。


一人と一匹は不思議そうにしながら、どこかワクワクした様子で問い掛ける。

ウタも小さく首を傾げていた。


「まぁまぁ、待て!お前ら。このウソップ様の発明品をそーんなに知りたいか?」


「知りてぇ!」

「ウソップの発明はスゲェからなぁ~」


早く言いたい、だけど、焦らしたい。

そんな気持ちで得意げな表情を浮かべるウソップの言葉を聞きながら、ウタもまたコクコクと頷いている。


「へへへっ。そうさ、最高のモノができたんだぜ!気になるかー?気になるだろー?」


「「きーにーなーるうぅー!」」

「キィキィ!」


いつもはしゃぐ時のノリで騒ぐ二人と一匹と一体に、みかんの木の手入れをしながらも聞こえてくる会話に耳を澄ませていた航海士のナミが痺れを切らしたように下りてくる。そのまま片手でウソップの頭を小突いた。


「いいから早く言いなさいよ!」

「いでっ!っ、なんだよナミ!お前も気になるんじゃねぇか!」

「うるさいわね。ほら、早く!」


何だかんだで気になるナミに急かされると、「ったくよー」ともう少し焦らしたかった想いを小言に乗せながら、ポケットに手を突っ込んだ。


一呼吸置いて、自ら効果音をつけながら取り出したのは、船長が被るそれに良く似た小さな小さな麦わら帽子だった。


「発明品ていうと少し違うんだけどな……じゃっじゃじゃーん!!ウタ用の麦わら帽子~~!」

「「おおおーぉおーー!!」」

「わっ、可愛い!ウソップ、相変わらず器用よね~」


「ど、どうだ……?ウタ……?」


いつもノリのまま驚くルフィとチョッパーや「可愛いわね!」と微笑むナミとは裏腹に、固まってしまったように反応を示さないウタ。

そんな彼女の様子に途端に不安感が膨れ上がったウソップは恐る恐る問い掛ける。


「…………」

「ウタ?」


ウソップの手のひらの乗る小さな麦わら帽子を見つめたまま動かないウタに、ナミとチョッパーにも不安は伝染していた。


──また傷付けてしまったのではないか。


二年前のウォーターセブンでの事が脳裏に過ぎり、ダラダラと冷や汗が出てきたウソップは、麦わら帽子をポケットに引っ込めようとした。その矢先。



「イ、イヤだったか!?ごめっ──」


「にししっ!ウタのヤツ、嬉しいみてぇだぞ!」


ルフィの明るい声に、ウソップは視線を上げる。

曇り等無い笑顔を浮かべる船長の肩に乗り、小さな身体をぶるぶると震わせているウタの姿が目に止まれば、持ち前のネガティブさからマイナス事ばかり浮かんできてしまう。


「なんでわかるんだよ、ルフィ!こんなに震える程嫌がってるのに!」


「わかんねぇ。なんとなくだ!」

「……あんたねぇ。」


オロオロするウソップの事はお構い無しで、あっさりと答えたルフィに、ナミはやれやれと苦笑いを浮かべる。

それでもウタと数十年来の付き合いであるルフィが言うのだから間違いない、と確信は持てた。


「なぁ、ウタ?お前、嬉しいよな?」


肩に乗るウタに声を掛ければ、埋まったように震えていた彼女は小さく小さく頷く。


「……キィ」


「ほ、本当に……本当にか!?」


それでもネガティブなウソップは、まだ信じない。繰り返すように問い掛けると、ウタもまた繰り返すように、必死にキィキィと音を鳴らす。


彼女が壊れたオルゴールを鳴らす事は、感情表現なのだと一味なら今はもう誰もが知っている。

嬉しいのか、悲しいのか、笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか。

少しでも皆に届くようにと、ウタは歌う。


「ウソップ。折角だから、その麦わら帽子……ウタに被せてあげたらどう?」

「おれもそれがいいと思う!きっとウタにも似合うよ!」


 

見兼ねたナミの提案にチョッパーも賛同する。

二人の声に意を決したウソップは、ゴクリ。と生唾を飲み込み、恐る恐るゆっくりと小さな麦わら帽子をウタの頭へと被せた。


「どう、だ?ウタ……?」



これで嫌がられたらおれは死ぬ!!と大袈裟な事を考えてしまいながら、ウタを見つめた。


「……キィ、……キィキィ♫」


両手で麦わら帽子のつばに触れ、まるで噛み締めるように歓喜に小さく震えた後、「嬉しい」を伝えるために彼女は歌った。

今度はよりわかりやすく、可愛らしい小躍り付きだ。


漸くウタの想いを汲み取れたらしいウソップは心底ホッとしたのか、深く息を吐き出すと同時に声を張り上げた。


「っ、はぁ~~~!!よかった、……よかったぁーーー!!」


「うるさいっ!でも、ウタよく似合っているわよ!可愛い」

「にしし!おれとおそろいだ!」

「うん。やっぱり似合ってるな!」


嬉しそうにルフィの肩で踊る彼女に、ルフィもナミもチョッパーも笑顔を浮かべた。


ウソップの叫び声を聞いた他の船員も、なんだなんだと甲板へと出てくると、麦わら帽子を被って踊るウタの周りに輪を作った。


「なんだ、なんだ。何の騒ぎだ?」

「あら。可愛い麦わら帽子ね」

「ヨホホ!本当ですね。ルフィさんとお揃い、素敵です」

「お、こりゃあ騒いじまうのも納得だな!可愛いぜ、ウタちゃん!」


「ったく。騒がしいな」


午後のティータイムを楽しんでいた考古学のロビンと船大工のフランキー、それから音楽家ブルックの大人組三人と、キッチンで作業をしていたコックのサンジが可愛らしいウタの様子に頬を緩ませる。


鍛錬をしていたゾロもまた甲板へと下りてきて、憎まれ口のような事を言いながらも口元は穏やかだ。


「ウソップがウタに、って作ったんだ!すげぇよな!」

「おうとも!ウタの服を作るのは、このキャンプテンウソップの仕事だからな!」


「麦わら帽子は、おれとウタにとって思い出あるものだからな!んーー、楽しくなってきた。よーーし!野郎ども!宴だーーっ!!」


「「おおーーっ!!」」

「まぁたまにゃ、有りだな!んーー、スゥーパー!!」


「ヨホホホ!いいですねぇ。それでは1曲、歌いましょう!」

「ふふ。いいわね。」


「サンジくん、デザートも任せたわよ♡」

「ンナミすわぁんん!もっちろん!直ぐにお持ちしまーす!」


「酒は?」

「自分で取ってこいクソマリモ」

「あ”ぁ?」


「キィ♫キィキィ♫」



船長同様に騒ぐ者もいれば、穏やかに微笑む者、やれやれと呆れつつも宴に乗る者、仕方ねぇとつまみや酒の準備に取り掛かる者……と、あっという間に賑やかになるサニー号の甲板。


ウタも楽しそうに、嬉しそうに、歌うように音を奏で踊っている。壊れていたって、今だけは歌わずにはいられないのだ。


彼女にとって”麦わら帽子”は、楽しい思い出だけではない。大好きな人、大好きな人達と別れてしまった事だって思い出す。



── もう絶対迷子にならないでね。ウタ、ひとりは嫌だから。

幼い頃、麦わら帽子のよく似合うあの人と過ごしたの思い出の数々。

幸せだった。どうしようも無く大好きで、ずっと近くで笑って過ごせるのだと思っていた。


── お前は○○○○○の○○○で、おれの○だ。

いろんな事から守ってくれた大好きな人。

大好きな人と大好きな人達の前では、今はもう名乗れない肩書き。



── 置いてかないで!!○○○○○ーッ!

届かなくても聞こえなくても忘れられても必死に、必死に縋り着いた。

置いていないで。忘れないで。傍に居させて。出せない声で必死に泣いた。


── お前の名前はウタだ!

忘れていても、それが当たり前だと言うように与えてくれた名前。

嬉しかった。自分は自分だと思い出せた。


── 海賊王におれはなる!

大切な幼馴染が持つ偉大な夢。

いつかきっとそれが叶う時、今よりずっと麦わら帽子が似合うだろう。

その隣に、傍にいたいと願った。



たくさんの思い出が心と頭に木霊するように蘇る。その全てに麦わら帽子は映っている。

幸せだった7年間も、ずっと傍に置いてくれた13年間もウタは忘れていない。

辛くても、悲しくても、誰も覚えていなくても、自分だけは覚えているのだ。その想いだけは忘れてはいけない。

幸せだった事も、楽しかった事も、悲しかった事も、辛かった事も、その全てが今の自分を象っているのだから。


自分用にと作ってくれた麦わら帽子。

彼と彼とおそろいの麦わら帽子。

”麦わらの一味”の証、あの人の○である証、そう思えた。思わせてくれた。



ワイワイと皆で騒ぐ宴の最中、ブルックが奏でる音楽に合わせて踊りながら振り向いたウタに、ルフィとウソップは肩を組んだまま二人してハッと目を丸くする。



─── 私にとっても大切な帽子。麦わら帽子。ありがとう、ウソップ。


表情の変化は当然無く、声だって聞こえる筈の無いおもちゃの人形。

しかし、キラキラした満面の笑顔と共に柔らかい女の子の声が聞こえた気がした。






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