まどろみとくちびる
起きる寸前の、眠りの縁にいる状態が好きだ。
なんとなくこれは夢だと自覚しながら見る夢の景色や、完全に意識が覚醒していないまどろみの心地良さが好きだ。
ごそごそと横で音がする。するりと懐に何かが潜り込んだ。身のこなしが猫を思わせたので、腕を動かして雑に撫でてみる。さらさらした指通りのいい艶やかな毛並みをしていた。
ちゅっ、と頬に柔らかな感触。猫らしく頬を舐めているようだった。ごろりと仰向けになって猫を胸の上に乗せた。悪戯してもいいけど起きないぞ、という意思表示にもう一度撫でる。猫は案外大きかった。まあ夢だもんな、と思いながら柔らかな体がもぞもぞと安定を求めて動くのを好きにさせる。
「コラさん」
小さな声で呼ばれて薄く目を開ける。猫はいつの間にか、愛してやまない子供の姿を取ってこちらを見つめていた。どうやらまだ夢の中らしい。
現実でなら男の寝床になんか入ったらダメだと口を酸っぱくして叱らないといけなかったが、夢なので好きにさせた。
おれの胸の上で、伏せた猫のように手を揃えてじっと見つめてから首筋にキスを落としてくる。
色仕掛けのつもりなのか戯れなのか判別のつかない軽いスキンシップを繰り返す。唇が首を辿って顎先を登り、おれの唇まで到達しても色気がないなァと他人事のような心地で見ているだけだった。
押し当てるだけの触れ合いで、色事めいた雰囲気がまるでない。
猫に舐められているのとそう変わらないキスでもローがすると可愛くて微笑ましい。
「ロー」
呼びかけるために唇を開くと、間近にあるそれがぴくりと震えた。
キスをするためにこちらへと乗り上げて、今はおれの肩あたりに胸を密着させているローのうなじを優しく撫でた。
「こうやるんだよ」
ぎゅっと痛みを感じない程度に、空いてる方の腕でローの体を抱くと横向きに転がった。うなじを撫でている手で後頭部を固定して、今度は自ら唇同士を触れ合わせる。歯が当たらぬように少し尖らせた唇が柔らかな感触の上に着地する。
「ふ、ぅ......」
たっぷり五秒ほどキスしていると、わずかにローが息を漏らす。鼻で息するのを知らないのか、と初心な反応に気を良くして離す。
「っは......、んっ、んぅ」
息をしようと開けた口にかぶりつくみたいにもう一度キスした。戸惑いでガチガチに締められた歯列をなぞって、唇の裏と歯茎を舌でいじめてやる。
あまりやり過ぎても酷だと思って解放すると、腕の中で息を荒らげてぐったりしているローがいた。
なだらかな肩が呼吸に合わせて上下して、指はおれの服をぎゅっと掴んでいる。
「かわいい」
額にキスをすれば、びくりと反応が返ってくる。
大事な子供を汚す夢なら何度も見たが、今日のはやけに生々しくてそして初々しかった。
目が覚めるまで味わっていたいと、夢だと自覚しながらも打算をはたらかせていると、興奮で血の巡りがよくなった頭がぐんぐん起きてきた。
そしていつまでも浮上しない意識に気付く。そんなはずないと打ち消そうにも、目覚めて冴え渡った頭はこれが現実だと素早くきちんと理解していた。
胸の上にいた柔らかな肢体も、唇の甘さも、生々しいはずだ。本物なのだから。
「コラさん、もう一回」
頬を染めながら袖を引っ張ってキスをねだるローもまた現実だったようで、おれは今更自分のしでかしたことに仰天して飛び上がった。