まだ知らぬ甘さを想像して
トレーナーさんと一緒に畑仕事に使う備品を買いに行った帰り道、前方にたい焼き店の看板を見つけた。
「たい焼きだってトレーナーさん」
「美味しそうな匂いがするね、買って行こうか」
「おう!」
あたしはこし餡入り、トレーナーさんはカスタード入りをそれぞれ買って、焼きたてのたい焼きを頬張りながら歩く。
「ほふ…あ、美味しい!カスタードのねっとりした甘さが染み渡る…!」
「あっつ!…いけど、うんめぇ〜コレ!あんこの甘さが生地と合ってる!トレーナーさんも食ってみろよ!」
「えっ」
あたしは食いかけのたい焼きをトレーナーさんに差し出した。
トレーナーさんは驚いて立ち止まったからあたしも足を止める。
あたしとたい焼きを交互に見てトレーナーさんは少し考えるような素振りをした後、たい焼きの端に齧り付いた。
「…うん!あんこも美味しいね!」
「だろ!?」
「折角だし、エースも俺のたい焼き食べていいよ」
「えっ」
トレーナーさんが持っていたたい焼きをあたしの前に差し出してきた。
あたしは、トレーナーさんの歯形が付いたたい焼きをじっと見てしまう。
コレに、あたしがかぶり付いたら、もしかしてもしかしなくても…。
「………」
「エース?」
「………なぁ、トレーナーさん…これ…か、かか、間接キスにならねーか……?」
「……ええ!?何で今更恥ずかしがるの!?」
「いやだってそうだろうよ!トレーナーさんが食べたのをあたしが食べたら…ん?今更ってなんだ?」
「だってさっき、エースから食べかけのたい焼きをもらったじゃないか、アレ、れっきとした間接キスだよね?」
「!!!!」
「それに、前に福引でニンジン当てた時も食べかけをくれようとしてくれたし…」
「!!??」
言われて初めて気付いた。
さっきとあの時も、あたしはただ、トレーナーさんと美味い物を共有したいだけで食べかけをあげようとしたんだが、改めて考えると、とんでもないことをしてたんだよな。
「あ、え、ぅ……!じ、じゃあトレーナーさんは、何でニンジンは食べないでたい焼きは食べてくれたんだよ…?間接キスするって、分かってたんだろ…?」
「それは、ニンジンの時は女子高生の食べかけを食べる教育者の絵面は世間的にアウトだろって思ってたから断ったんだけど……
自分の食べかけを渡すのって、少なからず好意を抱いている相手じゃないとしない事だから、その好意を断るのは失礼じゃないかなって改めて考えたから、今回は食べようと思ったんだよ」
「がっ…!」
『好意を抱いている相手』と言う言葉に、私の顔が滅茶苦茶熱くなった。
だって、あたしはトレーナーさんのことがそういう意味で好きだから。
下心がないとは言え、あたしの心を見透かされているようで、恥ずかしくてたまらない。
「エース?」
一方でトレーナーさんはあたしのことなんて気にせず、俯いて黙ったままのあたしの顔を覗き込んでくる。
何だか悔しくて、やり返せないかなと考えていると、トレーナーさんが持ってるたい焼きが目に入った。
「……トレーナーさんもさ」
「うん?」
「そのたい焼き…あたしにくれようとしたってことは、トレーナーさんも、あたしに好意を持ってるって解釈して…いいんだよな?」
「………はっ!?」
ボフン!っと、音が出たようにトレーナーさんの顔が首まで真っ赤に染まった。
「いや!あ、その!これはエースがくれたから俺もあげようと思ったまでで!」
ちょっと言い返しただけなんだが、トレーナーさんの反応を見てもしやと思ってしまい、顔がニヤけてしまった。
「さ、流石に男の食べかけなんて嫌だよな!?今から新しいの買って…」
と、たい焼きを引っ込まれそうになったので、あたしはたい焼きを持つトレーナーさんの手首を掴み、トレーナーさんの歯形が残る部分を丸齧りした。
「ああ!?」
「……ちょっと冷めちまってるけど、甘くて美味しいな!」
わざとらしく舌を出して唇を舐める仕草をしてやる。
トレーナーさんは何か言いたげに口をパクパクさせていたが、あたしは気にせず、トレーナーさんの手を引き歩き出す。
(できることなら今度は直接、あなたの唇に食らいつきたい)
そう思いながら、自分のたい焼きに付いているトレーナーさんの齧った箇所を口に含んだ。
終わり