まだ殆ど初対面くらいの頃のチョキ宮と花イザー
意識が急速に回復してゆく。
いつの間にか寝てしまっていたところを、扉の開閉音で起こされたらしい。
ゆっくり目を開けると、そこには金髪碧眼の見目麗しい男がいた。というかミヒャエル・カイザーだった。
ドイツ棟の青薔薇の皇帝が何故ここに。疑問を感じるもそれを口にも出さず、雪宮はただ瞼をぱちぱちと瞬きさせて彼のことを見つめる。カイザーも声を出すことなく顰めっ面でこちらを見下ろしていた。
閉めた扉を背に立つカイザーと、凪のベッドにもたれかかったまま床に座った雪宮。同じ姿勢ならさほど無い身長差も、この構図では自然と上目がちになる。
「…………」
「…………」
喋らない。
凪たちは練習に行っている時間帯なのだから、選手であるカイザーとて棟は違えどそうであろうに。
わざわざサッカーの時間を削ってまでこの部屋を尋ねた理由を語ろうともせず、目的を果たそうともしない。ずっと不機嫌そうに雪宮のことを見ている。
いや、雪宮のことというよりも。目があまり合わないから、視線の向けられている先は雪宮の顔よりも下かもしれない。
それは凪の刺繍入りチョーカーの巻かれた首元だったり、鍵付きのボディハーネスやコルセットベルトで守られた胸部から太腿にかけてだったり、傷付かないようハンカチをかませて装着された金属製の足枷だったり、そこから伸びる長い鎖の結び付けられたベッドの脚だったり。
うん。起き抜けにしては冴えた理解力な気がする。しかしながら、どうしてこれらを眺めながらカイザーが眉根を寄せているのかまでは雪宮には読み取れなかった。
「……それは、凪誠士郎がやったのか?」
やっと開かれたカイザーの口から吐き出された雪宮の飼い主の名前は、まるで忌々しいものであるかのような響きが伴われている。
潔世一との関係性が水と油だとは聞き及んでいたが、把握できていないだけで凪とも対人関係で何かあったのだろうか。
「うん。ブルーロックに来る前は、部屋に入った泥棒に持って帰られそうになったりその場で襲われかけたりしたこともあったから。そういう目に合わないようにって、凪くんがわざわざ用意してくれたんだ」
飼い主が優しい人間であることを分かって欲しくて、にこにこと微笑みながら語る雪宮。
しかし「凄く頑丈な服だから刃物でも切れないんだよ」「足枷もハーネスもコルセットも鍵は凪くんが持ってるんだ」「あ、でも合鍵はクリスさんにも渡したって凪くん言ってたかな。『使いたい』時はいつでも使えるようにだって」と言葉を紡ぐたび、カイザーの眼差しはむしろ剣呑さを増してゆく。
どうしよう。何でこの人こんなにイライラしてるんだろう。雪宮は内心小首を傾げた。
いつも黙って立って微笑んでいるだけで大抵の人が見惚れて上機嫌になってくれるから、わざわざこんなに苛立った人と会話しなきゃいけないなんて久々でどうして良いかわからない。昔はどうしていたっけ。花になる前のことは、なんだかぼんやりと霞がかっている。
「もういい。わかった。充分だ。……おい剣優」
「なに? カイザーくん」
「単刀直入に聞くぞ。凪誠士郎はお前を抱いているのか?」
「えっと、そうだね。基本的には毎晩だけど……それがどうかしたの?」
「はぁ? 毎晩? 面倒臭がりぶっておいて随分とまぁお盛んなことだな、あの絶倫クソピヨ」
カイザーの薔薇色の唇から舌打ちが漏れる。
抱き枕なら今朝もなっていたし今夜もなる予定だ。そんな和気藹々としたエピソードの何が気に食わないのやら。
不思議がる雪宮に、カイザーは顎を軽く上げ、腰に片手を当て、あくまで皇帝の傲慢さを保ったまま、さりとてどこか真剣な様子で言い放った。
「雪宮剣優。かつてお前と“同じ”だった身としての慈悲だ。毎晩相手をさせるような加減を知らない飼い主は捨てて、俺の領土で咲け。──俺は、花をみだりに辱めたりはしない」