ほのぼのランチタイム

ほのぼのランチタイム



「宿儺、お昼行くでしょ」


同じクラスの釘崎に声をかけられ、いつも昼食をとることに使っている空き教室へ向かう。


「あんた今日何にした?」

「ん」

「口で言えや。…これ新商品じゃない、意外とマメにチェックするわよね」


差し出したコンビニ袋を覗き込み「私も今度買おうかしら」と呟く釘崎へ適当に相槌を打ちながら教室へ入ると、別クラスの伏黒恵が先に席についていた。


「あれ、あいつは一緒じゃないの」

「トイレに寄るから行っとけだと」


じゃあ先に食べちゃいましょという釘崎の言葉を待たず、持ち寄った昼食を広げて各々好きに食い始める。こうして集まる割にまとまりのないことだと今更なことを思った。

視線を感じ向かいを見ると物言いたげな伏黒恵と目があったので、何かあるなら早く言えと無言のまま促してやる。


「虎杖、体調でも悪いのか」

「俺か?…特にどうもしないが」

「お前じゃない、虎杖だ。午前中ずっと様子がおかしかった」

「他に虎杖がいるのか」


伏黒恵が珍妙な顔でこちらを見る。似たような顔をした釘崎と目配せをしたかと思えば、呆れたようなため息を吐かれた。


「冗談はもう少しわかりやすく言え」

「そうよ。ただでさえ世間一般と笑いのセンスがズレてんだから」

「喧嘩なら買うぞ」


そこまで言ったところでようやく、先ほどの問いが俺ではなくあの男についてだったのだと気づく。確かに普段“宿儺”と呼ばれているため違和感があったが、なるほどこいつらの中で“虎杖”とはあの男を指すらしい。


「あれは本当に俺の弟なんだな」

「「はぁ?」」


クラスが違うなら同じ場に居合わせることはない、説明の必要もないだろうという見積もりはどうやら甘かったようだ。あの男のために用意されているらしい空の椅子を横目で伺い、自分の記憶の欠落について話して聞かせた。



「お前、大丈夫なのか」


例の地球から溢れ出すほどの乱痴気騒ぎについては触れず簡単に説明を終えると、伏黒恵から想定よりも深刻な顔でそう尋ねられ面食らう。俺はいくら身内とはいえ他人を忘れた程度で心配されるような人間ではないし、こいつもそんなことは短くない付き合いで理解していると思っていたのだが。


「言っただろう、それ以外の記憶に抜けはない。昨日もこの状態で過ごしたが生活に支障はなかった」

「生活とかじゃなくて、“あんた達が”大丈夫かって意味なんだけど。なるほどね、虎杖の様子がおかしい原因…伏黒が気にするのも無理ないわ。どうせ心配かけないようにって無理にいつものアホ面で笑ってんでしょ」


あぁヤダヤダ、と、それこそ冗談めかして言う釘崎だが伏黒恵の顔は晴れない。


「そういう空元気じゃない。あれは何というか、明らかに他人に」


怯えているようだった。その呟きを聞き釘崎までも何かを考えるように黙り込んでしまう。

それにしてもまるで、あの男が誰彼構わず怯えを見せることが異常事態のような物言いだ。


「…先ほどから何を話しているのかわからんが。あの男が怯えているのはずっとそうだろう、昨日だけで何度中身も意味もない謝罪を聞かせられたか。辛気臭いことこの上ない。同じ顔でああも惰弱な様を晒されると不愉快を通り越して気味が悪いな」

「何言ってんの、やめて。確かにあんたと虎杖はある意味正反対だけど…ってそうだった、忘れてるのよね。それにしたって、ねえ伏黒、変よ」


鉄骨めいた気性をどこへやったのか不安を隠せていない釘崎に、伏黒恵が「探してくる」と端的に言い立ち上がる。


「私も行く」

「釘崎はここにいてくれ。入れ替わりで虎杖が来るかもしれない、それに…いや、なんでもない」


こちらを伺う目が雄弁に「こいつと二人にしては駄目だ」と物語っていたが、何かを言い返す前に食べかけの昼食をそのままに足早に教室から去っていってしまう。落ち着いて食事もできんのかというぼやきも、隣に残った釘崎に聞かれると面倒になりそうで茶と一緒に喉の奥へ押し戻した。

ふと、釘崎と親しくなったのは何がきっかけだったかとどうでもよいことが気に掛かる。

確かにそこらの有象無象と比べれば見どころはあるが、口が減らず食事を共にするには騒がし過ぎる。今出て行ったもう一人も、根は違えど俺と同じく進んでこういった手合いと連む人間ではないと思うのだが、さて。


俺とこいつ、虎杖宿儺と釘崎野薔薇の間に存在するズレと空白は、きっと人の形をしている。そこに隙間なく嵌まる形をしているのだろう男はしかし、予鈴が鳴る頃になっても隣の席に現れることはなかった。


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