ほのぼの
夜明け前からしんしんと降り続いていた雪は太陽が昇って厚い雲を薄らぼんやり照らしても止む気配はなかった。
「いつものことだが、今日は特に多いな」
夜中に積もった分の雪をかくため屋根の上に登っていたのだが半分を終えて振り返れば、最初に雪を下ろしたところはすでにうっすらと白い結晶で覆われている。この分だと陽が落ちる前だけでなく夕方過ぎにも雪下ろしをしなくては雪の重みで屋根が悲鳴を上げるに違いない。
「相変わらずすげェ雪だ」
「お帰り、カイドウ。お婆さんの様子はどうだった?」
「メシを食う元気はあるようだ。そうそうくたばりそうにねェな」
「そうだな、元気が何よりだ。頼みを聞いてくれてありがとう」
隣町の昔よくお世話になったお婆さんが体調を崩していると聞いて、滋養強壮にいいとされる薬草をカイドウに届けてもらっていた。ワポル王の命令でイッシー20の他はまともに医者のいないこの国では、医者と同じように薬も万年不足している。少しの体調不良が命取りになりかねないと気を揉んでいたが、思ったよりは大事でなくて良かったと胸を撫で下ろす。
お使いを頼んだ時は「そのくらいで死ぬ弱い奴を助けてなんになる?」とカイドウは不思議そうな顔をしたが、「私が同じように苦しんでいたらどう思う?」と尋ねれば無言で薬草を私の手から受け取った。
数ヶ月前からこの家に居着いた巨大な龍は意外にも繊細なところがあるようだ。
「別に……手伝うか?」
「いいや、もう少しで終わるから大丈夫だ。雪かきが終わったら昼食にしよう」
「ああ。今日は魚はねェのか?」
「魚がいいならお隣さんからもらったワカサギにしようか」
「なんでもいい。お前のメシはなんでも美味い」
「それは買い被りすぎだよ」
私の料理など人並みだが、いつも美味い美味いと言って食べてくれるカイドウが優しいのだと思う。私以外には冷徹なところもあるが、彼とうまくやっていけるのは彼が案外素直さを持ち合わせているからだろう。さて、カイドウの優しさに応えるべく私も多少の努力はしようか。
重くなったスコップを持ち直して付け合わせのおかずを考えながら、残りの屋根を綺麗にしていく。
「こんなものかな」
「終わったか?」
カイドウも隣街まで行って冷えただろうからと、豚汁も作ろうと決めたところで最後の区画の雪を落とし終えた。
「今日はもう終わりなのか?」
「この雪だからな…しばらくしたらまた下さないとだ」
「次はおれも手伝う」
「ありがとう。頼もしいな」
屋根の上だといつもよりずっとカイドウの顔が近い。少しだけ照れた表情が、彼を拾って食事をさせた時の笑顔を思い出させた。さて、そこらの料理人には負けるが腕を振るおうと梯子のところまで戻ろうとする。
「乗れ」
「おい、私は土足だぞ?」
「手ならメシの前に洗うだろ」
「それもそうか…好意に甘えよう」
屋根の上に手を差し出したカイドウに甘えて下ろしてもらう。ちょうどその時吹雪が吹いて、彼の長い髪が私の頬に当たる。雪にまみれて風にさらされていたというのに、黒く艶やかなそれは思いの外柔らかい。秋の終わりにサッと降る初雪を思わせた。
「待たせてしまったな。だいぶ冷えたのでは?」
「ウォロロロ、このくらいで風邪ひくほどヤワじゃねェが……酒が飲みてェな」
「昼間からお酒は容認できないな。お茶で我慢してくれ」
「仕方ねェ」
この前カイドウが欲しがるからと酒を飲ませたら、林の一角が消し炭になっていた。珍しく「しばらく禁酒だ」と本気で怒ったっけ、誰もを威圧するような見た目をしている割に私なんかに怒られて本気で反省していたカイドウを思い出してくすりと笑みが溢れる。
さて、酒乱な龍の機嫌を損ねぬうちにお茶と昼食の用意をしようか。