ふほうとうき
おそらくif私の耳に、急に人の死が飛び込んだ。
「母上が死んだ......?」
「なんで?」
「死ぬわけ無いじゃん」
「嘘だ。」
「嘘つき。通報しないと」
否定したかった。見て見ぬふりしたかった。鼻につく気持ち悪い香水と、ぐちゃぐちゃとした血のような匂いが嫌でも頭に入ってくる。
「嘘つき。嘘だ。嘘つき。どろぼう。」
こいつが母を奪った訳では無い。この香水の臭いしかしない人間はきっと嘘をついていない。そう、頭のどこかではきちんとわかっている。でも、それでも、否定したかった。嘘つきと、嘘吐きの泥棒野郎と。でも、香水臭い人はずっと話す。私の反応など気に留めず。そして、木の箱に手をかけるのだ。
「そしてこちらが死体です。」
「この業界で死体がこんな状態で残るなんて大分珍しいですよ。」
にこにこと、何故そんな笑顔で話せるのかがわからない。その、意味のわからない顔が怖くなり、ふいと顔を背けたら、玄関前に飾られた、綺麗な鏡に私の顔が映った。
「は、」
思わず、声が洩れる。何故私の顔は、ちゃんと悲しんでいると思えないような顔なんだろう。何故私の口角は上がったままなんだろう。自分のことなのにわからない。自分のことだからこそ、人のことよりもおぞましい。目を瞑る、鏡から顔を背けて箱を開ける人の瞳を見る。箱を開ける手を見る。箱が開いて母の瞳がこちらを見つめた。その瞬間に、私の口は言葉を紡いだ。
「死んでるって、嘘じゃん。」
「目、開いてて、こんなに綺麗。」
「いえ、嘘ではありませんよ。心拍を
「うるさい!!......生きてるから、帰って。」
「ですが、こちらにも都合というものが有りましてね」
と話しだす香水臭い嘘つきを横目に見て、私は母の体をぎゅっと抱く。
「母上、おかえりなさいませ」
「何故箱なんかに詰められていたのですか?」
「あぁ成程、ふふ......お茶目ですね母上は」
くすくすと口元に手を当て、母の髪を撫ぜる。嘘吐きのことは見ずに、きちんと突き飛ばす。箱を引きずり家に入れ、戸をピシャリと閉める。完全に閉め切る少し前に、嘘吐きの泥棒に一言言うのも忘れない。
「嘘を吐く方は嫌いです。さようなら。」
それに対して顔に青筋を立て、がばりと起き上がる大人。がっと手に土を持ち、私へと投げる。醜いが過ぎる。その土は、私には当たらず扉に当たって、外へと帰った。
「えっと、母上......じゃあ、箱から出しますね」
「そういえば、何故あの方に運ばれて?」
「へぇ......それは、最悪ですね。」
「ふふ......そうだ、最近料理を作ったんです。一緒に食べましょう!」
母を箱から出して、いやに豪華な和服を整える。そこから座布団まで手を引いて、座らせてからパタパタと部屋の外に走って行く。
「ね、ね、美味しいですか?」
母の口元にご飯を運び、食べさせる。いや、食べさせたつもりになる。
その食事は机の上、母の膝の上にぼとぼと落ちているのに、食べさせていると思い込んでいるんだ。
母の訃報を知らないふりして、生きているんだと思い込む。きっと明日には腐臭はもっと酷くなるのだろう。
だが、それでもずっと、知らないふりを。
母の訃報を、投棄して。