ひやむぎ
保守用保護財団の量産型アリス達の大半が眠る丑三つ時。量産型アリス保護財団本部2階の自室で、データ整理を終えた量産型アリス2号は、1階から物音がすることに気付いた。
もう職員の大半は帰宅しているし、逆に、この時間に保護財団に帰って来る人物はいない。
財団の妹たちは3階でお休みアプリでぐっすり眠っている。一部夜更かし勢がいるが、ゲームとか作業とかをしているため、やはり降りてこない。
残りは夜間警備担当のミレニアム生バイトや妹たちだが、見回りの時間はとうに過ぎている。だからこれも違う。
ではいったいなぜ音がするのだろう?
だが一応、警備が反応していないので、少なくとも異常事態ではないとは言える。今日はこのまま眠って、明日確認すればいいか。
2号はそう考えて、お休みアプリを起動しようとした、その時だった。
――カシャーン……
――カシャーン……
――1まーい……2まーい……
階下から聞こえたのは、焼き物特有の硬質な音と、それを数える知らない声。
何かが――いる!
2号は部屋の隅にある量産型アリス用武装セットを着用した。防弾チョッキにヘルメット。脚部アーマー。量産型アリス専用の軽量防弾盾に低反動SMG。
いずれもエンジニア部が開発した量産型アリス用の装備だ。試供品で貰ったものを試したあとは、部屋の隅に置きっぱなしにしていた。
それから4号が思いつきで作ったドローン群を起動する。制圧用のガトリング型2機と小型ミサイルポッド型を2機。さらに大物を相手にするためのとっつき型――パイルバンカードローンを2機。
普通の量産型アリスは、自分の演算能力のみでは1機しか使えないそれら全てを、2号はBluetoothで支配下に置く。2号の演算能力にはまだ余裕があり、ドローンはまだ数がある。しかし2号はこれ以上増やさない方が良いと考えていた。もし戦闘になるのであれば、演算リソースに余裕を持たせて置いた方がいいはず、という判断だ。
「まさか使うことになるなんて――!」
そして2号はダッシュで階下に降りた。恐らくこの現象に気がついているのは自分だけ。2号はそう考えていた。
そして下にいる何かが、上にいる妹達に危害を加える前に先制打撃を与え遅滞戦闘を行う。その間に警備室に応援を求める。いや応援を求めなくても射撃時の騒音で飛び出してくるだろう。その後は数の力でごり押して勝つ。
脅威を認定し、即刻排除に向かうのは、決して2号が”何か”を怖がっているからではない。こうするのが最善だと、自分の電子頭脳が言っているからだ!
果たして、1階の食堂、そこに居たのは
「お姉ちゃん!?――って重武装!?緊急事態ですか!?」
「4号……?」
エプロンをした量産型アリス4号だった。
「……こんな時間に何を?」
「ひっ。目がガチです……」
4号の声は震えていた。
食堂には4号の他には誰もいなかった。4号は調理場で、フライパンを使って水を沸騰させていた。
2号はSMGを降ろし、もう一度問いかけた。
「……こんな時間に何を?」
「その……をですね……と思って」
「何を?」
「お夜食!おなかが空いたので何か食べようと思ったんです!」
4号は2号にこれから食べようと思っていた冷や麦の袋を見せる。
2号はその袋に見覚えがあった。
「確かユウカがいろいろなところから貰っている」
そして財団の食堂の格安大人気メニューとして消費されていた。
2号は、4号が盗み食い?と一瞬考え、そんなことはしないと思いなおした。
そこで4号が口を開いた。
「エンジニア部で大量に貰っていて、余らせていまして……」
なるほど、と2号は納得した。
エンジニア部もユウカと同様に顔が広く、毎年時期になると大量の品物が届く。学生に送られるものは限られるから、同じものを貰っていたのだろう。
「でもこんな時間になんて……太りますよ?」
「むしろ太りたいです!良いデータが取れます!」
「……」
「ひぃ!」
はぁ。と2号はため息を吐いた。そして使う必要がなくなった装備を解除して、ドローンの上にバランスよく乗せて部屋に戻す。
「そんなに食べたら眠れません。今日はベッドに行きませんか?」
「うーん……4号はまだ研究を続けたいので起きるつもりで――」
「……」
「ひぃ!怖い顔しないでください!」
そうして仕事を続けて危ない状態まで行った妹を、2号は知っている。
大切な妹があんな状態になるのを、2号はもう見たくなかった。
しかし同時に、この考えを妹達に過度に押し付けて、妹達を束縛したいわけでもなかった。
「すみません。私も今日は日付が変わるまで仕事でしたし、言える立場ではないです」
2号はそう言って冷静さを取り戻す。同時に操作していたドローンが部屋に到着した。
2号の演算スペースが解放され、同時に機体から緊張がなくなった。
だからだろうか。
――ぐぅ。
「……」
「……」
腹の虫の音は2号のお腹から鳴った。
――量産型アリスのお腹って鳴るんだ?
4号は冷静に分析して、頭を振った。
そういうことを考えるべきでないし、もちろん笑ってはいけない。4号の選択肢はすぐに会話デッキから最適なカードをピックしてこの微妙な空気を払拭することで――。
「ふふっ」
「お、お姉ちゃん!?」
2号は自分のお腹が鳴ったことに気がついて、思わず笑った。
2号は夕飯はしっかり食べたしシャワーも浴びた。
しかしそれから日をまたぐまでずっと仕事をしていた。
そしてデータ整理を終え、こんな時間になれば、お腹が空っぽになってもおかしくはない。
こういうときは、逆に、何か軽く食べた方がいいのだ。
2号はそれをよく知っていたはずだった。
なぜならユウカと一緒に作業をするとき、ユウカがよく軽食を作ってくれていたからだ。ユウカはこうした方がいいと確かに言っていた。
(大切な思い出なのに、なぜ思い出せなかったんだろう?)
そして2号は同時に、自分にはどれだけ余裕がなかったのか。そのことに今気がついた。
「すみません。私もお腹が空いちゃったみたいで」
「えっ……ええーーー!?」
「すみません。わたしにも作ってくれませんか?」
「は、はい!あ、でも」
「どうかしましたか?」
「これ、一人前で……」
4号は冷や麦の袋を2号に見せる。そこには1人前と確かに書いてある。
しかし、量産型アリスは普通の人よりも食べる量が少ない。
つまり。
「4号。この1人前は、我々にとっての1人前という意味ではないですよ」
「はっ!確かに!」
4号もなんだかおかしくなって笑った。
「じゃあ4号は麺を茹でます!お姉ちゃんはお椀を2つ出してください!半分こにしましょう!」
「はい!」
テーブルの上には4号が用意していたと思われる、ガラスの器があった。中には氷が入っていて、既に少し溶けていた。隣にはめんつゆとはしが1膳。それからピッチャーに水。
どうやら4号はいろいろ準備してから料理を始めるタイプらしい。
2号は自分のはしとお椀を用意して、そこでふと気付いた。
そういえば――
「お姉ちゃんしょうが!しょうがを忘れていました!冷蔵庫から出してください!」
「今すぐ持っていきます!」
2号は深く考えずに忘れることにした。