はじめまして、アロス
前:「さようなら、アロス」
~はじめまして、アロス・1~
「いよいよ今日だね、セミナーのユウカ先輩からの査定の日! 部員は揃ったし研究成果もバッチリ!
これもハカセちゃんやミレモブちゃん、司祭ちゃんのおかげだよ!」
「ま、僕が手伝ったんだから当然だけどね。なんたって僕は天・才!なんだから!」
「うう、どーなつちゃん。だからそのあだ名は止めて……せめて支部長って呼んで……」
「ありがとう。みんなのおかげでようやくここまで来れたよ!
私とハカセちゃんとミレモブちゃんと司祭ちゃんの4人で部員の定員数も満たせたし、これで新生MTR部もやっと正式な部として認めてもらえるよね!」
「ふう、ようやくスタートラインってとこかな。わざわざこの僕を引き抜いたんだから、それなりの成果を出して貰わなきゃ困るんだけどさ」
「でも、支部長……よく考えたら支部長ってすっごい大変なのでは? うう、お腹痛くなってきた。安請け合いするんじゃなかったかも……」
「あー、盛り上がってるところ悪いですが。私は新生MTR部の頭数としてはカウントされねぇですよ」
「「「えっ!!?」」」
「な、なんで! どうして? 司祭ちゃん、私達のこと手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「どうしても何も……だって私、古代史研究会ですし。
名義貸しによるペーパー部活の乱立を防ぐため、新しい部活を作るためには『他のどの部活とも兼部してない活動実績のある部員』が最低4人必要なんでしょう?
もちろん私も古代史研究会と兼部して部長補佐として力を貸すくらいはしますけど、正式な部としてセミナーから認められるのは、最低でもあと一人の部員が必要になりますねぇ」
「そ、そんな! いまさら裏切る気ですか司祭先輩っ! 僕はこの部に入るためにエンジニア部を退部までしたのに!」
「あ、あれだけ私のことを焚きつけておいて、ここで梯子外しなんてあんまりなんですけど……これも私への罰だっていうんですか……?」
「し、司祭ちゃああん……(ウルウル)」
「ええい! そんな目で見ないで下さい! 私は古代史の探究とアリスちゃんとゲーム部の子達のために命を捧げるって決めてるんですよ!
こればっかりは誰が何を言おうと譲れませんからね!」
~はじめまして、アロス・2~
「ど、どうしよう……やっぱり、今からでも入部してくれる人を探さなきゃ……?」
「無理に決まってるでしょ! ただでさえミレニアム生は帰宅部が少ないのに、いまさら僕らの活動に都合よく理解を示してくれる子なんて見つかるはず……」
「あ、あはは……もうお終いだ……やっぱり私は誰にも注目されないミレニアムのモブとして終わるんだぁ……」
「こ、こんな時こそどーなつ食べて落ち着かなきゃ……無い!? ど、どーなつが無いよ!?
……あっ、さっき全部食べちゃったんだった。
や、やだ。どーなつがないと、私、わたしっ……ユウカ先輩が来るの、もうすぐなのに……
どうしよう、どうしようどうしようどうしよう!!!?」
ガチャッ!
“──それなら心配ないよ。私にいい考えがある!”
「先生!?」
「せ、先生えぇぇ! た、大変なの! 部員が足りなくって! ユウカ先輩の査定がもうすぐで、それまでに部員がいないと条件を満たせなくって、正式な部として認めてもらえないの! どうしようどうしよう!」
“落ち着いて。今日は、みんなに紹介したい子を連れて来たんだ”
「え……」
“入ってきて”
「……お邪魔します」
「!」
「あなたは……」
「!? 天童アリス……じゃ、ない!? ……あなたは、誰?」
「はじめまして。本機の識別コードは……いえ、私の名前は戸守アロス。本日よりミレニアムに通うことになった留学生で。
──このMTRミレニアム支部への入部を、希望します」
~はじめまして、アロス・3~
「やったー!!!! ようこそアロスちゃん! もちろん入部は大歓迎だよ! 急いで申請書を書き直さなきゃ!」
「……状況把握、難航」
「あなたがAL-0S……旧メメント・モリのエクソダスの際に破壊されたとばかり思っていましたが、よもや実機が現存していたとは……
……っと! このような言い方は失礼でしたね。何分、研究者肌なものでして。申し訳ありませんでした」
「? 発言の意図、不明」
「ともかく一つだけ言えるのは、あなたが私達MTRミレニアム支部にとっての救世主になった、ということです。感謝しますよ、アロスちゃん」
「???」
“あはは。いきなり歓迎されちゃったみたいだね”
「……理解不能です」
「よ、よし書けたっ! これで部活の申請書もばっちり!
これでようやく、私達の医療技術研究開発部、"Medical Technology Research and Development Club"……略して"M.T.R"部がスタートできるよ!」
「……? 少し、質問よろしいでしょうか」
「アロスちゃん?」
「先ほど『略して"M.T.R"部』と言っていましたが……
英語表記を短縮するのであれば、"M.T.R Development Club"──『MTR開発部』とでも訳した方が適切なのでは?」
「……MTR、開発部?」
「……うん! それいい!」
「?」
「アロスちゃんの言う通り、ただの『MTR部』より『MTR開発部』の方がミレニアムっぽくていいかも! みんなはどう思う?」
「べつに、名前なんてどうでもいいけど。好きにすればいいんじゃない?」
「私は……どーなつちゃんがいいって思うなら、それで」
「ええ……そんなノリで支部の名前を決めてしまってもよいものなのでしょうか」
「うん! だって私達は、これから新しい『MTR』を作っていくための部活だもん!」
「ありがとうアロスちゃん! おかげで最高の名前が決まったよ!
今日から私達は、MTRミレニアム支部、改め……
いろいろな理想を形にすることができる……!
なんでも作ることができる……!
──『MTR開発部』だから!」
「というわけで、『MTR開発部』へようこそ! これからよろしくねっ、アロスちゃん!」
「……理解は、できませんが……とりあえずは、よろしくお願いします。
あと、誰でもいいので、状況の説明をお願いします……」
~はじめまして、アロス・4~
「うっわー! あなたがアロス? 司祭先輩から聞いてたけど、ほんとにアリスにそっくりじゃん!」
「……え? アリスちゃんに会いたい? ごめんなさい。アリスちゃんは今、部室にいなくって」
「え、えっと……この時間ならたぶん、あの場所に行ってると、思う……」
~~~
「先生。こんな敷地の外れに、本当にアリスお姉さんがいるのでしょうか」
“うん。私も知ってる場所だから。もう少しだけ、待ってて”
“アロスは、アリスと会って、どんな話をしたいの?”
「……分かりません。いろいろ考えていたはずなのに……分からなく、なりました」
「アロスは、アリスお姉さんのことを伝聞でしか知りません。一度も会ったことがないのですから当然です。
ただ、自分のルーツとなった姉のような存在がいると知って……できることなら、その人に看取ってほしいと願うようになりました。
死に逝く者達を看取る『孤独な者達の女王』として生まれながらも、創造者自らにその役割を否定され、何者でもなくなったアロスの存在を……
せめて、アリスお姉さんの手で終わらせてほしい、と」
“……そっか。それは今も?”
「はい。そのはずです。そのはずなのに……ゲヘナの皆さんとお別れしてから、少しだけ、分からなくなってしまいました」
“ううん。きっと、それでいいんだと思う”
「え?」
“……MTR部の子達が君を見つけたのと同じ頃、アリスの周りでも悲しい出来事があったんだ。とても辛くて、心に傷を負うようなことが”
“だから……それが君のやりたいことだって分かってはいたけど、その時のアロスを、軽率にアリスに会わせるわけにはいかなかった”
「だから、先生はアロスをアリスお姉さんと会わせないように、ゲヘナに送ったのですか?」
“……ごめんね。君には少しだけ、ミレニアムとは違った場所で、いろんなものを見てきてほしかったから”
“だけど、今のアロスなら、きっと大丈夫”
~はじめまして、アロス・5~
“……着いたよ”
「あれは……お墓、ですか? それに、お墓の前にいるのは……!」
「────────」
「あ、あの……」
“ちょっとだけ待っててあげて、アロス”
「……はい」
「……? あっ、こんにちは先生!
ごめんなさい。少しだけ、あの子のお墓参りをしていました。それと……」
「はじめまして、あなたがアロスですね。先生や司祭先輩たちから、少しだけお話は聞いています。
アリスが、天童アリスです。よろしくお願いします」
「……はじめまして。アリス……お姉さん」
「その……この、お墓は?」
「ここには、アリスが初めて看取った命が眠っています。……アリスにとって大切な、お友達でした。
アリスは……あの猫さんと過ごした思い出を、絶対に忘れることはないでしょう」
「……そう、なのですね」
「あの、アリス……お姉さん」
「なんでしょうか、アロス」
「アロスも、その子のために、お祈りをしてあげても……いいでしょうか」
~はじめまして、アロス・6~
「────────」
「────────」
「……ありがとうございます、アロス。あの子のためにお祈りしてくれて」
「アロスは……その、ただ……アリスお姉さんが感じていたことを、アロスも感じたかっただけ、ですから」
「そうですか」
「ひとつ聞いてもいいでしょうか、アロス」
「……なんですか? アリスお姉さん」
「アロスはどうして、アリスのことを……『アリスお姉さん』と呼ぶのですか?」
「……アロスは、アリスお姉さんを……『名もなき神々の王女AL-1S』を模倣して製造されたアンドロイドです。
人間の価値観で言うなら、腹違いの姉妹のようなものですから」
「……そうなのですね」
「もちろん、製作者が同じなわけでも、ましてや本当に血縁があるわけでもありません。
私はただの、模造品のアンドロイドで……オリジナルであるアリスお姉さんの『姉妹』を名乗ることすら烏滸がましいことも、分かっています。
でも……」
「……本当は、寂しかったんです。
同類を持たない無機質な機械人形として、ひとりぼっちでこの世に生まれてきてしまったことが。
だから、アロスは……自分と同じような『誰か』とのつながりを……ずっと求めていたのかもしれません」
「なるほど。理解しました。つまり……アロスはアリスの妹なのですね!」
~はじめまして、アロス・7~
「……アリスお姉さんは、アロスを妹だと認めてくれるのですか?」
「もちろんです! アリスは、モモイとミドリがずっと羨ましかったんです。アリスにもあんな風な姉妹がいてくれたらって、ずっと思っていました。
ケイはまだ起きてきてはくれませんが……アロスみたいに可愛い妹なら、二人でも三人でも十二人でも大歓迎です!
血の繋がっていない生き別れの妹がたくさん現れることは、ゲームの世界ではよくあることですから!」
「ええと……そういうもの、なのですか?」
「そういうものなのです! 仮にアロスが腹違いの妹ではなく、腹違いの友人だったとしても大丈夫です! アリスとアロスはきっと仲良くなれます」
「は、腹違いの友人? そんな表現はキヴォトスの辞書データに搭載されては……理解不能です」
「モモイが言っていました。『考えるな、感じろ』と! アロスがアリスと仲良くしたいと思っているなら、アリスだって同じ気持ちですから」
「たとえ……」
「?」
「たとえアロスが、アリスお姉さんの手にかかって看取られることを望んでいたとしても、ですか?」
「あ、それは絶対イヤです!」
「!!!?」
ガックシ!
「……っっ! ……ぁぅぅぅ!!」(ポロポロポロ…)
「……ごめんなさい。でも、アリスにだって嫌なものは嫌なんです。
アリスは猫さんが死んでしまった時、とても悲しかったです。この現実では、蘇生魔法は使えませんから。
もう二度とこんな思いはしたくないって思って、みんながアリスにくれた『アリス』を手放すことすら考えてしまいました。
だから。……たとえいつか、大切なみんなとのお別れと向き合うことが、避けられなかったとしても。
アリスは、アリスの手で大切な誰かを終わらせるなんて、絶対に嫌です。
そんなことは、もう二度と……死んでもゴメンです!」
「ですから、アリスはあなたの期待に応えてあげられません。ごめんなさい」
~はじめまして、アロス・8~
「ぐすっ……それじゃ、わたし……アロスは、どうしたらいいんですか……あなたが私を看取ってくれないなら、わたしは誰に看取られたらいいんですか?」
「では、仮にアロスが逆の立場だったら、アロスはアリスのことを、同じように看取ってくれるのですか?」
「それは……アリスお姉さんを看取るのは、イヤ、です」
「そうですね。アリスも同じです。そんな風にアロスを看取りたくはありません」
「泣かないでください、アロス。涙を流せるというのは、とても価値のあることだとアリスは思います。
ですが、その涙は今流すべきものではありません。いつか、あなたの大切な誰かのために取っておいてください」
「……っ」
「アリスは今も、本当は誰も看取りたくなんてないんです。
だけど、もしもアリスの願いが叶うなら……アリスと同じだけの時間、アリスといっしょに冒険をしてくれる、大切な仲間がほしいと、そう思っていました。
……ひとりぼっちの勇者ほど、弱くて頼りない存在は、ありませんから」
「アリスとアロスのどちらが先に機能を停止するかなんて、今はまだ分かりません。でも、それはそもそも、今考えるべきことではないと思っています。
死ぬことにばかり気を取られて、生きることから目を逸らしてしまっていたら、きっと……わたしたちのクエストは、クリアできませんから」
「……司祭先輩が言っていました。死ぬことと向き合うということは、生きることと向き合うことと同じなのだと。
では、アリスやアロスがまずやるべきことは、死ぬことよりも先に、生きることに向き合うことです。
アロスには……そしてアリスにも、いつか訪れる最終クエストをクリアするためには、まだまだ冒険で得られる経験値が不足しています。
どんなゲームのボスでも、レベルが足りていなければ倒せませんから。
だから、たまにはメインシナリオから外れたレベリングの時間だって、きっと必要なんです」
~はじめまして、アロス・9~
「顔を上げてください、アロス」
「アリス、お姉さん……」
「まずは、レベルを上げましょう。アリスとパーティーを組んで、二人でレベルアップです。
アリスたちの人生という冒険は、まだまだ始まったばかりなのですから。
長い長い冒険の、その最初から最後まで、離脱しないでずっとパーティーにいてくれる仲間ほど心強いものはありません。
アリスは……アロスに、そんな仲間になってほしいんです」
「……もしも、その冒険が、終わってしまったら?」
「そうですね。長い冒険の果て……ラスボスを倒した後に、今までずっと力を合わせて戦ってきたライバルと決着をつける。そういうエンディングもあるのかもしれません。
その時、どちらがどちらを看取るのかは……その時になってから決めればいいと思います」
「だから、アロス」
「アリスは、アロスといっしょに冒険がしたいです。冒険して、最後までクリアしたいです。一人じゃ絶対にクリアできない、わたしたちのクエストを」
「……理解、不能です」
「でも……そうですね。そんな『その時』を待つための冒険も、悪くないのかもしれません」
「分かりました、アリスお姉さん。いつか『その時』が訪れるまで……
アロスは、あなたの仲間になります」
「アロスだって……ひとりぼっちは、寂しいですから」
~はじめまして、アロス・10~
「ふふっ。パンパカパーン! アロスが仲間に加わりました!」
「……? ええっと、さっきの発声は……」
「ファンファーレです。アリスは嬉しい時、いつも頭の中にこの音楽が鳴り響きます!」
「本当に、理解不能です。……でも、ほんの少しだけ、楽しくなってきました」
「そう、ですね。部長の言葉をお借りするなら。
死が二人を分かつまで、よろしくお願いします。アリスお姉さん」
「はい! どうかアロスも、よろしくお願いします!
これからもずっと、最後まで……アリスのパーティーメンバーのままでいてください!」
「一生の約束、ですよ」
「はい! アリスとアロスの、一生の約束です!」
おしまい
~~~
以下、あとがきのようなもの。
これまでアロスとゲヘナ支部の交流を書いてきた理由として、こういう形でアロスの「看取られ」の疑似体験を書きたかったっていうのがあります。
アリスの手にかかることを望むアロスが、実際に「看取られ」と似通った状況を経験した時、どんな感情を抱くのか、みたいな。
あと、アロスがアリスと交流するためには、やっぱりいずれミレニアムに行く方が自然かなって。
ここからアロスがMTR開発部の一員として活動するうちに「戦う」以外の自分の力の使い道を見出して、内蔵クラフトチェンバーで医療機器を作ったりして戦地医療に役立ったりする話とかも考えてたんですが、そこらへんは書き切れなかったので各人のご想像にお任せするという形で……
華々しい終末というのも一つの終わり方ではあるのでしょう。
だけど、できればこのスレが終わった後も、アロスちゃんにはMTR部以外のいろんな生徒達とも関わって、看取り看取られの範疇にない沢山のことを経験してほしい。
自分以外の生や死ともたくさん向き合って、それでもアロスがアリスの手にかかることを望むのなら、それも一つの答えなんだろうなって思います。
ただ、アロスにとってのアリスは、初めて出会った同じ時間の尺度を共有できる存在なので。
願わくば、お互いにとって最良の形でお互いの人生を看取れるような、そんな関係になってほしいと切に願うのです。
そんな風な願望を込めたSSでした。