ねえパウリー、賭博やめなよ

ねえパウリー、賭博やめなよ


日も傾き、星が天に輝き始める時間帯。酒場を中心とした街の一部こそ賑やかになれど、パウリーの家がある住宅街は至って静かで、聞こえるのは水路の流れる音だけ。水音というものはウォーターセブンが故郷の人間にとっては子守唄のように心安らぐ音楽である。

今日も疲れたと伸びをして、ドアノブに手を伸ばす。鍵はかかっていないらしい、最近迎え入れた居候はもう既に帰ってきているようだ。

何の気なくガチャリと扉を開けて、思わず肩を揺らした。

「……ヒョウ太?」

件の居候───服部ヒョウ太が、玄関に仁王立ちしていたのである。

「ようやく帰ってきたね、パウリーさん」

容姿だけ見れば青年に思える大人びた少年は、いつもと変わらずにこにこと笑っている。

笑っている、のだが、なんというか。そこはかとなく圧を感じるのである。具体的に言うと目が笑っていない。

少なくとも190cmオーバーの人間がするべき表情ではなかった。幼い子どもが見れば間違いなく泣き出すほどにはホラー。パウリーの率直な感想であった。

「パウリーさん」

「ハイ」

思わず背筋を伸ばして敬語で返答する。一回り近く年下であるヒョウ太に気圧されているのは情けない話だが、仕方がない。なんてったってめちゃくちゃ恐い。普段温厚なやつが怒ると恐いとはよく聞くが、その話はマジだったらしいと肌で感じる。

「ぼくがなんで怒ってるのか、わかる?」

にこ、と笑いかけられる。笑顔の背後に般若とか牙剥き出しにした豹とかが見えてくる気がしてきた。クソ怖ェ。

「わ、ワカリマセン……」

最早片言である。正直に答えると、「そっかァ」とまた微笑まれる。怖い。超怖い。

「正座」

「えっ」

有無を言わさぬ声。思わず聞き返すと、ヒョウ太の顔からスッと笑みが消えた。悲鳴の一つも上げなかったことを是非とも讃えて欲しい。

「正座」

「こ、ここ玄関」

悪手だろうと思いながらも一抹だけ残った反骨心で抵抗してみる。

「靴脱いでいいから、正座」

「…………ハイ…………」

無駄だった。

先程よりもワントーン低い声で言われた通りに靴を脱ぎ、渋々床に座り込む。目は合わせられない、というか顔を上げられない。叱られる前の子どものようだ、なんて客観視は現実逃避から来るものだろうか。……しかし、本当に心当たりがない。今日も昨日も特に変わった行動をした覚えなどないのだが。



「今日、ぼくが留守番している間に借金取りが来ました」



あったわ。全然理由あったわ。

どっと冷や汗の流れる顔を上げれば仁王立ちしたまま見下ろしてくるヒョウ太の姿が視界に入る。口元は薄らと弧を描いてはいるが、彼の目はやはり笑ってはいない。むしろ据わっている。

「額も、大体の用途も聞きました。……賭博だってね」

「ハイ、ソウデス……」

びっくりするほど言い訳の余地が欠片もない。パウリーだって悪癖であることは多少なりとも自覚はしているのだ、止める気がさらさらないだけであって。

はぁ、とため息が頭上で聞こえる。反射的にビクつく身体を止められなかった。

「別に、その趣味にはどうこう言うつもりはないよ?というかぼくが口を出せることじゃない」

問題はそこじゃなくてね、と諭すような口調で続ける。

「いくらなんでも限度ってものはあるでしょ?借金してまで続けるって」

「うぐッ」

「ガレーラカンパニーの副社長ともあろうものが」

「ぐうッ」

「子どものぼくに借金取りが回ってきてるのもどうかと思う」

「ぐはッ」

スリーヒット、綺麗なK.O。

全く以て仰る通り、ぐうの音も出ないとはこのことだ。いや出たが。呻いていると、ぽん、と両肩にヒョウ太の手が置かれる。

「だからさ」

にっこりと、それはもう爽やかな笑みを浮かべた少年は言った。

「ここにいる間はぼくがお金の管理させてもらうわ」

「……ハイ?」

思わず聞き返せば、聞こえなかった?と首を傾げられた。

「大丈夫、こう見えてもぼく、経理くらいなら出来るんだよ」

そういう問題ではない、ないのだが。ツッコミを入れようにも、少年の瞳の奥が一切笑っていないのを見てしまえば何も言えなかった。


ああ、微かな水音が聞こえる。どうか寝かせてくれ、というか夢であってくれと願えど、現実は非情であるのだった。



ヒョウ太の内心↓

(まさかとは思うが……あっちのパウリーも大人になればこっちと同じようなギャンブル狂になるんじゃねェだろうな……今のうちに矯正の練習させてもらうか……?)

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