『◾️◾️』に任せて
きもちわるい
「…ホシノ…さん?」
「あっヒフミじゃない!久しぶりですね、元気にしてたかな〜?」
「…っ!あ、あの…アビドスのことはお聞きしました…その、ホシノさんは…」
「…そっか、優しいねヒフミちゃん。見ての通りおじさんは大丈夫だよ〜?…それじゃあおじさんやることがまだ残ってるから、ヒフミちゃんも元気でね〜⭐︎」
「あっ………ホシノさん…」
◾️◾️◾️◾️◾️
きもちわるい
「貴方…小鳥遊ホシノ…よね?」
「ん?…ああ、便利屋の社長、久しぶり。元気にしてた?」
「ちょっと待って…その喋り方」
「うへ?何か変だったかな?おじさんわかんないや⭐︎」
「……いえ、なんでもないわ」
「そう?じゃあまたね」(スタスタ)
「…小鳥遊ホシノ…貴方…」
◾️◾️◾️◾️◾️
きもちがわるい
「小鳥遊ホシノ…先生やアビドスがこうなったのは貴方の責任じゃない…だからもうこれ以上は」
「ん、風紀委員長ちゃんは優しいですね〜⭐︎ ありがと。…でもおじさんはまだ大丈夫だよ?」
「…だったらどうしてそんな苦しそうなの?このままじゃ貴方は…」
「…大丈夫だよ。おじさんは大丈夫。大丈夫だからお願い
もうそれ以上は何も言わないで」
◾️◾️◾️◾️◾️
「ゔっ"!?お"ぇぇぇ!」
奥底から湧き上がるものを地面に撒き散らしながらうずくまる。
気持ちが悪い。自分の醜悪さと弱さに心が蝕まれていくような感覚。
「はぁ…はぁ…やっぱり先輩失格だな私」
…先輩失格。
守るべき大切な後輩を誰1人として救うことができず、信頼できた人も助けられず、1人生きながらえてしまった私は後輩達の真似をして心の中に留めておかないと自分を保つこともできなくなった。
あまりに醜悪で、まるでパッチワークのように心をアビドスのみんなでツギハギしなければ、動くことすら出来ないような今の自分がどうしてあの子達の先輩と言えようか。
「…無理だよもう」
もう無理だ。無理だよ。
これ以上はもう、ツギハギが解けてしまう。
「…先生」
ポケットから先生の持っていたボロボロの『大人のカード』を取り出す。
先生は、私を助けるために自らの全てを投げ出した。その瞬間の先生は笑顔で、
“◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️、『◾️◾️』◾️◾️◾️◾️”
と私を安心させるかのように言ったその言葉が頭から離れずにいた。
「先生。おじさんね、頑張ったんだよ?
シロコちゃんにノノミちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃん。みんな死んじゃって、助けられなくて。先生も私なんかのために犠牲になっちゃって、それでも1人で頑張ってしたんだ。みんなの分まで生きおうって、生きなきゃダメだって。生きるしかないんだって。でももう辛いよ、もう頑張れる気がしないよ。
…ヒフミちゃんも便利屋のみんなも風紀委員長ちゃんもみんな心配してくれたんだ。みんなも先生が死んじゃって辛いはずなのに。
そんな彼女達に対して、こんな姿しか見せられなかったんだ。こんな、アビドスのみんなのことを皮にして、冒涜するようなこんな姿しか。
どうして先生は、私のことを助けたの?先生を慕ってた生徒は沢山いたのに。先生が生きていれば助かる子達が沢山いたのに。
…ねえ、先生。どうしてみんなのところに逝かせてくれなかったの?もう、私みんなのとこにいきたいよ…」
一つ一つ、声を出すごとに心の中が溢れ出してきた。たった1人、取り繕う必要がなくなった心は止めることも出来ずに溢れかって、留めることが出来なくなる。
「ごめんね…シロコちゃん…ノノミちゃん…守れなくてごめんね…アヤネちゃん…あんな選択をさせてしまってごめんね…セリカちゃん…最後まで一緒についていてあげられなくてごめんね……先生、こんな駄目な生徒でごめんなさい…こんな、情けなくて弱い先輩でごめんね……ごめんなさい…ユメ先輩…私、ユメ先輩のような先輩になれなかったです…」
これまでずっと自分の内で押さえつけてきた、捻れて渦巻いていた感情が止められない。
もう限界だよ。
ずっと苦しくて、息苦しくて、それでも頑張ろうとしたんだ。みんなが生かしてくれたこの命を投げ出したくなかったから。投げ出すことは許されないと思ったから。
でも、もう嫌だ。
(…ユメ先輩、先生。私は…私たちはどうしてここに存在したのかな)
───ピシッ
(──あっ)
突如、頭上で何かがひび割れる音が聞こえた気がする。
それが何か、直感で理解できた。
今、私を構成するための決定的な何かが壊れ始めたのだと。
(そっか…もう、苦しまなくて良いんだ)
私はその終わりを静かに受け入れる。
これで解放されるなら、これでみんなに…先輩に…先生にまた会えるならもう良いかな…。
もう1人のシロコちゃんも、同じ気持ちだったのかな。私達は苦しむために生まれてきたんだって、そう今の私と同じこと考えたのかな。
ごめんね、みんな。どうか許して。
私はその瞬間がやってくるの静かに待った。
そうして訪れるその終わりは。
「─────ゥ───」
不意に聞こえた、空気が一瞬揺れた程度の小さな小さな声によって中断された。
「……え」
最初、気のせいか何かだと思った。耳鳴りか何かと間違えるぐらいのあまりに小さな音だったから。
次に幻聴かとも思った。自分の弱さが聴かせる幻聴とも。
しかし。
「────ゥゥァァァ───!」
「これって…」
これは間違いなく誰かが泣いている声だったし、今まで聴いたこともない誰かの声だった。幻聴じゃない。
「なんで。だってもうアビドスには私以外…」
未だ混乱する頭で必死になって状況を考える。アビドスが崩壊してみんながいなくなってからもう何年にもなる。その期間に、アビドスからはあらゆる人が去った。カイザーもネフティスも、そして柴大将も。
だから、今このアビドスに人がいるとすれば、私と心配しにきてくれる私の知り合い。あとは時々やってくる空き巣とか。そして…
「…確認、しなきゃ」
なんとか身体に力を入れて、ふらふらと声がする方向へ歩き出す。
踏み出す足がすごく重くて、一歩前を歩くのに時間がかかってるような気がする。
それでも一歩、もう一歩。少しずつはっきりと聞こえてきた声の元へ歩いていく。
さっきまで終わりを求めていたのにどうしてまだ頑張るのか。わからない。けどどうしてもその声を無視することが出来なかった。
そうして何分も、もしかしたら何時間もかけながら、私はその場所へと辿り着いた。
そこには。
「───ひぐッ、うぐッ、うぅぅぅ…!」
中学生…もしかしたら小学生ぐらいに見える女の子が学校の駐輪場でうずくまって泣いている姿があった。
──いやぁ、ちょっと乱暴だったかなぁ…。お名前は?“
(……ぁ)
幻視する。その姿をこの場所で見てしまって、私はシロコちゃんと初めて会った時のことを思い出さずにはいられなかった。
(あの時は雪の日で、いきなりシロコちゃんが襲いかかってきたんだっけ。それで私がやっつけて落ち着かせたあとノノミちゃんと…そうあの時はノノミちゃんもいて一緒にシロコちゃんとお話ししたんだよね)
(シロコちゃんは記憶喪失で、格好も薄着でボロボロで鼻水も垂れてて寒そうだったから私のマフラーをあげて、校舎に連れて行ったんだよね。そうして色々あってシロコちゃんもノノミちゃんも私の後輩になってくれたんだ)
(……マフラー……あの時シロコちゃんにあげたのにな…どうして…今私が使ってるの…)
一度記憶の蓋が開くと、とめどなく思い返されてくる。そして、最後には必ず後悔が湧き上がってきてしまう。
(…駄目。今は考えるな)
後悔に苛まれながらも、開いた記憶の蓋を強引に閉める。今私が考えるべきことはこれじゃない。
私が目を向けると女の子と目が合って、それでわかった。
シロコちゃんの時と違ってこの子はすごく警戒してるって。目に涙を浮かべながら、突然現れた私のことを図ろうとしてるように見えたんだ。
(事情を聞くにしても、まずは警戒を解かなきゃ)
事情を聞いて保護するにしろ、安全なところまで連れていくにしろ、まずは落ち着いてもらわないと。
そう思っていたのに。
「うへ、どうしたんですか?ん、話なら聞きますよ⭐︎」
「ヒッ!!」
やってしまった。
間違えた。
今のは流石に私でもわかる。私の今の言葉は歪で混ざっていて怖がらせるだけだって。
…どうしよう。
女の子を見ると明らかに私のことを恐怖の目で見ていて今にも泣いて逃げ出しそう。でもそうなったら誰もいないアビドスではすぐに遭難してそのまま…
───ごめんね、ホシノちゃん。またコンパス忘れちゃった。
ッ!ダメ、それは駄目だ。やっぱりこのままこの子を放っておくことはできない。
…だけど、自分の言葉で話すのも、怖い。
自分が今までどうやって話していたか、もうわからなくなって、ちゃんと話せる気がしない。
いや、そもそもちゃんと話せたとしても、もう間違えるのが怖いよ。
(…やっぱり)
やっぱり、無理なのかな。私にはもうなにもできないのかな……また、この手からすり抜けていっちゃうのかな…
とっくの前に壊れていた心に、追い討ちの如く自分の無力感をぶつけられて折れそうになる。否とっくの前に折れている。
そんな私をもう一度立たせたのは。
“ホシノ”
かつて一度、私のことを救ってくれた人が、私に言ってくれたの言葉だった。
“あなたの責任じゃないよ、ホシノ”
“責任は私が取るからね”
これは今度こそ間違いなく幻聴だ。だってこれは、先生が最後に私に言ってくれたことだったから。
私たちの未来には無限の可能性があるって。だからどうか生きてほしいって。
こんなことになってごめんって。辛く苦しい思いをさせてしまってごめんって。
寄り添えなくてごめんって。手を差し伸べきれなくてごめんって。
そして最後に。
“◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️、『◾️◾️』◾️◾️◾️◾️”
って言い残して。
(…ねぇ、先生。先生なら、この子にも寄り添って助けてあげることが出来るよね?)
いつか先生が言っていたっけ。
子供が笑えば一緒に笑って
悲しんでいるならそばに寄り添って
悩んでいるなら手を差し伸べる
『大人の責任』と『義務』
きっと先生なら、この子の不安も取り除いてあげられて寄り添って助けることが出来るはず。
そう、先生なら──────
(────あ、そっか。先生なら…)
その瞬間、この子を助ける方法がわかった気がした。わかってしまった。
…きっとその方法は間違っているものだと思う。決して許されないことだと。先生への酷い冒涜だ。先生もきっとこんな形で望んでいないはずだ。
先生やみんなの想いをまた履き違えてしまっていると思う。
でも、それでも私は、みんながくれたこの命を無駄にしたくないから。だから…!
“…うへ〜さっきは驚かせちゃったね。怖がらせちゃってごめんね“
“どうか逃げないで、落ち着いて聞いてほしいな”
しっかりと、しゃがんで女の子の目線に合わせて話しかける。ゆっくりとそれでいて相手を思いやるように。
あの人が私達にしてくれてたように。
“安心して、私は君を傷つけたりしないから“
“だから”
『小鳥遊ホシノ』では誰一人守ることも助けることもできなかった。大切なものは全てこぼれ落ちてしまって無くなってしまった。
だけど、『先生』ならきっと。だから。
“もう大丈夫だよ。『先生』に任せて”
どんなに醜くても、どんなに折れそうでも。もう自分から終わりを求めたりはしない。
先生のように誰かに寄り添って導けるようになるまで。
『大人』の『責任』、『先生』の『義務』…今の私にはまだわからないけど、それがわかるようになるまで頑張ってみるから。
「だから先生…みんな、私のことをどうか、最期まで見届けてね」