なんでも取って置くものだ
エロは無いです。
もし絶対王者の現役時代にラブホがあったら?からのこういった使われ方もしてそうifです。
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「悪ィ……ちょっと休ませてくれ……2時間寝たら直ぐ出てく……」
ふらふらと酔い始めたばかりかの様な脚取りで見慣れた顔の愚息が自動ドアを潜ってやって来る。間を開けて、色欲なんてものは無い、文字通り只の「休憩」をする為にこの場所を使いたいと言う奴は珍しい。
だが、理には適っている。
この場所にマスコミは来ないし、パパラッチだって入り組んだ立地故か撒きやすい。そして、大前提相手方の心理として「こんな場所にいる訳が無い」というものがある。
だからこそ愚息を含め、時の人となったこの場所を知っている奴らは時折こうして身体を休める為にやって来る。学校がある奴は学業にプラスして、トレーニングにレース、マスコミの対応を並行して行わなければいけないのは大変だからな。これが有名税ってやつなのかね?
「小さい部屋で良いよな?」
「寝られれば、何でも良い……」
「モーニングコールは?」
「2時間後に……頼む……この後、取材なんだ……」
鍵を渡せば、受付に貼り付けてある使用料よりも随分多い枚数で茶色い紙がトレーの上に置かれる。「釣りはいらない」とばかりにレジが開く音も待たずエレベーターの方へと向かっている背中を見て、有名人は大変だねぇと有り難くトレーに乗った物を頂戴する。
大方、少しの時間を見つけて気晴らしに散歩をしようとした所で変な人間に纏わりつかれて参ったって所か。
「ハァァァァァ……仕方ねェなァ」
手元にある電話の受話器を顎と肩に挟み、その昔形式として貰っていた愚息のトレーナーである男の名刺に書かれた番号へ繋ぐ。何コールか、知らない奴からの電話だったからか少し時間を置いて控えめな声が届く。
「あぁ、ええと。お宅と契約結んでるオジュウチョウサンって奴のオトーチャンなんだけど、今話良いか?」
俺の無愛想な声にも関わらず、電話から聞こえる声は俺を認識するや否や酷く慌てた様に分かり易く緊張する。何か問題を!?なんてガッコーでの素行がお察しな言葉を返されて思わず笑う。
「いやね、俺が言うのもアレだけど、俺の愚息って有名人じゃん?だから、ちょいと疲れている様でね……申し訳ないんですけど、今より少しトレーニングとレースだけに集中させられませんかね?」
こんな草臥れた場所にも届く、彼奴の輝き。
今の世の中にはそれ程の注目が無かった世界に突如現れたスターとそのライバル達。
鼻は高いが、一応親子という関係上少しは心配だってする。なんたって、性格とレースの強さは一丁前でもまだ成人すらしていないクソガキなのだから。
そんなオトーチャンからの不躾な心配に電話の向こうにいる男は一度謝った後、落ち着いた声で続ける。
「我々もその件に関しては把握しています。ですので、現在今後のマスコミの対応については彼の負担にならない様に調整しています」
「へぇ。愚息は今疲れたーって休んでんだけど、今日これから行われる取材ってのはもう調整に含まれてたりする?」
「はい。最近はレースとトレーニングでスケジュールが埋まっていましたから、今日から数日間は充分身体を休められる様にマスコミの対応は全て変更となりました。その点は、彼にもメールで伝えてあります」
成る程と、少し安心すると同時に疲れ過ぎてメールすら読めなくなっている愚息にお疲れ様だなと自分でも誠意の無い感想が湧き上がる。
「悪ィな。こんなクレーマーみたいな電話して」
「いえ!こちらこそ、我々が彼に背負わせ過ぎてしまってあるので……本当に申し訳ありません」
「良いんだよ。本当に嫌ならノーと堂々言うのが俺の子達だ。彼奴がノーと言わないなら、それだけ頑張ろうとしてるって事だよ」
「そう、ですか」
複雑そうな声色で男は軽く笑う。
それからお互い時間があるからと当たり障りのない会話を行い、円満に通話を終える。
客からは見えない受付の中、何十冊と並んだ雑誌。全て憎たらしい俺のガキ共が写った物だが、その中でも特に新しい雑誌は表紙にデカデカと「連勝止まらず!」の文字と、今はベッドの上でグースカ寝ているであろう息子の顔。
「……仕方ねぇなぁ」
どうせ平日昼間に来る様な客はいない。
今だって愚息を除いたら綺麗に全部屋開いているくらいなのだから、延長したって構わないだろう。
2時間コースから8時間コースへ。暗くなった窓の外を見て絶句する愚息の間抜けな顔をこの目に焼き付けてやろうな。