なれそめ

なれそめ







もう何年も、意思を存在しないものと扱われている。


窓も家具もなく、やたらと豪華なベッドだけがある小さな部屋。

ちょうど一年ごとに、様々な屋敷の似通った部屋を転々としている。

ある家で抱かれては子を産み落とし、傷ついた肉体や骨格を回復させる。そしてまた次の男の子を孕まされるために別の屋敷へ向かう馬車に乗せられる。

そんな日々を続けている。


四肢と首には強力な封印効果を付与された枷。

副作用の強い妊娠促進魔法を用いてハイペースで孕み続けるために、健康状態には何よりも優先的に気を配られた。


その上で、うつくしく外見を整えられている。

肌も髪も、丁寧に丁寧に繊細な硝子細工を扱うぐらい念入りに手入れされ、磨き上げられているらしい。

服装やアクセサリーは上品で肌触りに優れている。どれも動きにくく脱がせやすいものばかり。あるいは脱がせずとも愛撫や挿入ができる隙間を付けられているか。

『旦那様』がドゥウムに向ける情欲を煽り、悦ばせるためのきめ細かな配慮をもって飾り付けられている。


……どれも子どもの頃に盲目になったドゥウムには、分からないことだが。






寵愛を受けている、のだろう。

ずっと昔、お父様のときと同じように。

その腕に抱かれ、揺さぶられ、胎の中に出される。これまでに産んできた子の能力を讃えられる。肌艶や髪、胸や尻や締まり具合を誉めそやされ舐め回される。


かつてと同じように、そこに『自分』はない。『旦那様』に覆い被さられては求められた通りに甘い声で鳴くだけだ。


『自分』───自主性だとか意思と呼ばれる類いのもの───が削られ、消えていく感覚。

自分を組み敷く男の許しがなければ、もうまともに動くことも他者と会話することもできなくなってしまった。


『お前にはなにも為せない。成そうとしてはならない。』


そんな声が頭蓋の中に響き続けているから。

枷さえ外せれば周囲の人間も容易く一掃できる。そんなこと頭では分かっている。

それなのに、幼い頃から躾けられてきた身体は、従順に教えを憶え込んで遵守している。






閉ざされた部屋でベッドに閉じ込められていると、いつの間にか時間の感覚は飛び飛びになっていた。

表情を変えずにずっと黙り込んで身を投げ出していると、『借り受けた家具』としてドゥウムを認識した使用人たちは饒舌になる。

どうやら自分は毎日のように、最低でも週に一度は、毎年変わる『旦那様』のモノを咥え込んでいるらしい。

『旦那様』の子を身籠ってからも、産んだ後も。

男を受け付けられる身体ではないときに抱かれていることも多いのだとか。

『旦那様』のご寵愛を受けているときの記憶は、あいにく全く思い出せないのだが。


姦しく喋りながらも仕事に励むメイドたちは、横たわるだけのドゥウムをよく哀れむ。

ベタついた身体をテキパキと拭う。丁寧に髪を梳く。艶やかな寝化粧を施す。与えるべき赤子を失い無意味に張る乳房を搾乳する。栄養バランスのよく考えられた食事を匙で掬って口に運ぶ。


……彼女たちは、自由だ。

胎と容姿以外に何ひとつ価値を持たないドゥウムとは違って。






なんだかんだ、『旦那様』の子を成すのは好きだ。

自尊心を根こそぎ失って茫洋とした頭で、膨れた腹を眺めながらほんの僅かに口角を上げた。

子を産み落とした後。ぐったりとした自分をよそに、毎回周囲は待ち望まれた『旦那様』の大切な赤子の誕生に沸く。

感情を心の奥底に仕舞い込むことに熟達しているはずの『旦那様』も、生まれたばかりの子を抱き上げて歓喜する。年によっては泣いて喜ぶことすらある。

その様子が心底喜ばしい。

実験のために使い潰されない子。実の親から愛される子。道具として使い捨てるためではなく一人で生きられるための教育を受けられる子。

生まれる前の調整から始まり、ドゥウムたち兄弟はどこまでも利用されるだけの存在だった。

心臓。戦力。そして今は胎と見目。

こんな自分とは根本から違う、実の親に慈しまれる我が子のなんと愛しいことか。


戦い、殺し、奪う。兄弟を虐げるお父様のために。

それしか知らない、できない自分にも、まだ他者のためにできることが残されていた。社会に貢献できる能力があった。そのことが堪らなく嬉しい。


嬉しい、はずだ。


生まれたばかりの赤子の魔力を、いつも強く強く頭に刻み込んでいる。

一度も抱くことなく、これから先もう二度と会うこともないのに。

魔力の質を覚える意味はどこにもないのに。


………ならば、何故覚えようとしているんだろう。


分からなかった。

数十年間自我を徹底的に押し潰され、耐えきれない現実を受け付けなくなったドゥウムには。

もう、分からなくなっていた。



覚えていないぐらい昔に実の父親に潰されて役に立たなくなった目から、なぜだか涙が止まらなかった。







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怒号や破壊音が遠くで響く中、何重ものセキュリティで厳重に閉ざされた扉を乱暴に破る。

レナトスは外界から隔離された小さな部屋で『それ』を見つけたとき、人形のようだ、と思った。

『それ』はドアを蹴破った侵入者が現れたというのに、一切反応なく豪奢な寝台に横たわっていた。


露出は決して少なくないにも関わらず、繊細でどこか上品なランジェリー姿。

丁寧に手入れされて長く長く伸びた真っ白な髪。

一切陽光に当たることを許されず、きめ細かな純白を保った滑らかな肌。

真っ白な中に浮かび上がる、精巧に編まれたレースの目隠しの黒と、淡く色づいた唇に目が吸い寄せられた。


美しく飾り付け、長く長く保つように管理し、思うままに貪るための存在。

彼らにとってはまさしく人形なのだろう。

可能な限り多くの男に抱かれ、孕み、子を成す。そのためだけに生かされている人形。



レースに覆われた見えていないはずの視線がゆっくりとこちらに向いて、静かに微笑む。

立ち竦んで愕然と目を見開いて冷や汗が止まらない自分と対照的に、どこまでも綺麗に純粋にただベッドの上に在る姿。

肉感的でありながら、性の香りが一切ない。

ただひたすらに美しく、それでいていやに婀娜っぽい。



数十年前、ヘカテリス監獄に収監されてすぐに死亡したはずの囚人。史上最悪の魔法使いイノセント・ゼロの長子ドゥウム。

鳥籠のような部屋に宝物のように仕舞い込まれていたのは、レナトスがまだ若かった頃に戦い、惨敗した女だった。




あまりにも美しく磨き上げられた───摩耗しきった───『道具』だった。







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いもーたるけいん

死ぬほど一途な男。数十年前からずーっと好きな人がいるので姉者をえっちな目では見ないし見られない。


あねじゃ

精神崩壊なう。えっちな目で見られた気配や記憶は認識できない。兄弟と我が子が大事って感情はわりかし生き残ってる模様。


もぶ

母胎は道具。えっちだなと思っている。大事に使うけど尊重はしない。

我が子は大切な部下。世襲の貴族としては正しい関係性。マッシュル世界の倫理観的にフツーに虐待やるし冷徹だが、本人的には常識の範囲内の躾だしちゃんと大事にしてるつもり。







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