なぜ俺がこんな目に

なぜ俺がこんな目に



『人の恐れ、人の迷い。トットムジカの名のもとに。怯えよ、逃げよ。』


 いつかも忘れたほど遠い昔、名前すら覚えていない誰かが作った楽譜。そこに込められた、「寂しい」「認められたい」「誰かに見つけてほしい」。歌を愛する者の負の想いが集まったもの。それが俺、『トットムジカ』。


 12年前、久方ぶりに相応しい者に恵まれ、現実に蘇った。“歌い手”の体力が許す限り好きに壊し、殺し、暴れた。実に愉快だった。そして今“歌い手”は再び俺を呼び、また好きに暴れられると思った。


 が、そうはならなかった。いつかも忘れた昔のように2つの世界から攻撃を受け、滅ぼされた。死ぬはずだった“歌い手”も救い出され、まさにハッピーエンド。



 そして俺はそのまま消えて無くなる。と思ったのだが…


ウタ「ベック〜!ルウが食事できたからみんなを呼んでって〜!」


ベックマン「はいよ」


ヤソップ「おれたちは先に食うとしようぜ」


 ……俺はこの前から何を見せられているんだ。なぜ“歌い手”、いやウタの中から日常など見せられなければならないのだ?ひたすら不快でむず痒い。俺の好きな恐れ・迷い・怯え、そのどれもが一切無い光景しか目に映らない。


シャンクス「そうだ!ウタがこの前新曲を作ったと言ってたからこの後聴こうじゃないか」


ルウ「お!来たか新曲!」


パンチ「アレだな!伴奏やるぜ!」


モンスター「😁」


ロックスター「歌姫の歌をこんな間近で聴けるなんて凄ェ話だ」


ウタ「じゃあいくよ!」

「____________♪♪」


 シャンクスの船に乗ってから、ウタは随分幸せそうだ。虫唾が走る。もし神様とやらがいるのなら俺は相当嫌われてるらしいな。こんなもの見るぐらいなら今すぐにでも消えてやりたい。それかここで暴れてやろうか。……まあ何も出来ないから見るしか無いのだが。


ウタ「〜〜♪〜〜♪」


 ウタは暇が出来るといつも曲を作り始める。セルフカバーの時もあるが大抵は新曲だ。よくもまあこんなに思いつくものだ。流石は俺、もとい“ウタウタの実”に選ばれるだけのことはある。


ウタ「よし、続きはまた後で」


 最近の曲は楽しさや希望に満ちていてつまらん。エレジアにいた頃は葛藤や悲痛さを表現した良い曲が多かったというのに。12年見守った身としては方向性の違いが苦しいものだ。


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ウタ「ルウ!料理手伝うよ!」


ルウ「お!助かるぜ!じゃあこれやっといてくれ」


ウタ「は〜い!」


 料理か。エレジアでやっていた覚えは無いが出来るのか?


ウタ「う〜〜んと…」ザクッ...ザクッ...


 あ、迷ってるな。無理そうだ。


ウタ「ぃ!」


ルウ「ありゃりゃ、指切っちまったか。まあそういうこともあるさ!」


ウタ「うん…」


 やれやれ。せめてやり方ぐらい聞いたらどうなんだ。こっちまで指が痛い気がする。


ウタ「え?」クルッ


ルウ「どうした?」


ウタ「今誰か私に喋ってなかった?」


ルウ「いや、何も聞こえなかったが」


ウタ「そう?」


 ん?今俺の声が聞こえたのか?



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 シャンクスたちは港へ降りた。もちろんウタも同行する。俺にとっては初めてのエレジア以外の地ということか。地を踏む足など今は無いが。


ウタ「あの店パンケーキあるって!ホイップ増やせないかな?」


シャンクス「それじゃあ行ってみるか!」


ロックスター「ではおれたちは買い出しを済ませてくるんで、ウタはお頭と町を楽しんでてくだせェ」


 なるほど、物資の調達か。海賊と言えどずっと海の上とはいかないか。しかし、略奪でもするのかと思ったら普通に買うのか。とことん面白くならないな。


???「間違いねェ。あの歌姫だ」




ウタ「おいし〜〜〜!!」


シャンクス「ははは!それは良かった!」


ウタ「そうだ!シャンクス、あ〜んして!」


シャンクス「ああ良いとも!」


 なんだこの2人は。本当に12年疎遠だったのか?ただでさえ今食べてるホイップましましパンケーキが甘すぎるのにそれよりも甘ったるい光景なんざ見せるんじゃない!


ウタ「おいしかった〜」


シャンクス「次来たらまた寄りたいな」


ウタ「あ、シャンクス!あそこの服見てっていい?」


シャンクス「ああ!集まる時は呼ぶからな!」


 服屋か。見覚えのないものばかりだが、ウタは何を選ぶんだか。


???「よォし、赤髪の目が離れた」



ウタ「う〜んこれはちょっと違うな〜…」


 その服は雰囲気に合ってると思うが、どこが気に入らないんだ?


ウタ「ん?」クルッ


 後ろには誰もいないぞ?


ウタ(誰かが話しかけてる気がするんだよな〜)


ウタ「あ、この服かわいい!これも良いかも❤️」


 ……妙なセンスをしているな。ウタと合わないのばかり選んでいる。逆にライブの日に着た服は誰が選んだのだ?ゴードンか?


???「おい嬢ちゃん」


ウタ「え?」


シャッ!


ウタ「っ!!」


 誰だ?それにいきなり剣を向けるとは何のつもりだ?


ウタ「……何のつもり?」


セマカ「怪我したくなきゃあこのセマカ海賊団の人質になるんだな」


 なるほど海賊か。そういうのの方がらしいな。


ウタ「くッ」タッ


コザ「どこへ行くのかな?」


ウタ「!」


セマカ「もちろん、オレだけじゃない」


ケマ「逃げられると思うなよ?」


 おやおや、いつの間に囲まれていたか。


ウタ「……」スゥウウウウ---....


セマカ「おっと!」ドンッ


ウタ「うあッ!」ガン!


 痛いだろうが貴様!……俺が痛い?


セマカ「歌ってもムダだぜ。お前の歌を聴くと眠っちまうことはもう知ってるんだ」


ウタ「っ……!」キッ


セマカ「おお怖い怖い。そう睨むなって。身代金貰ったらすぐ返してやるからよ」


 シャンクスに喧嘩を売ろうとは、相応に強いのかバカなのか。まあ金は確かにあるから目の付け所は悪くない。


ウタ「……」


セマカ「そうそう、そうやって大人しくしてれば」

ウタ「んッ!」

バサッ

セマカ「うわッ!急に何しや…」

ガンッ!!

セマカ「うげッ!」ズシャア!


ダッ!!


コザ「おい!てめェ船長に向かって!」ドガッ!


ウタ「あァ!」


ケマ「生意気なマネしやがって!」ギリギリ...


ウタ「う…!!」


 ウタが打ち付けられたところ、抑えつけられてるところ、その全てが俺も痛む!まさか今、俺はまずいのか!?


セマカ「あの女ァ…!赤髪の船に乗ってるからってみくびりやがって!」


ウタ「…!」キョロキョロ


 おい!今視線を移すんじゃない!


セマカ「このオレの前で余所見だとォ!消えない傷を付けてやらァ!!!」


ウタ(船まで逃げなきゃ!シャンクスのところに!)


 だいぶ気が立っている。勢い余って殺してもおかしくはない!今までの様子だとウタが死んだら下手すれば俺も死ぬ!俺は魔王だぞ!魔王たる俺がこんなカスに殺されるなど!


セマカ「赤髪の悲しむツラを拝むのが楽しみだぜェ!!!」ブンッ!!!


ガキンッ!!!


私に剣が振り降ろされた瞬間、何かが剣を受け止めた。


セマカ「な、なんだてめェは!!!」


振り返ると、男が1人立っていた。


??????「…」


その男は黒いハットとマント、胸にはドクロを装っていた。受け止めた腕にはピアノの鍵盤のような模様があり、身体は上半身と下半身がそれぞれ燻んだ赤と青という不思議な配色。


セマカ「誰だと言ってんだ!!」


海賊は大声で喚く。謎の男は答えず、代わりに指を突き出し

ビュンッ!!!


セマカ「……カッ!!」


ドサッ


次の瞬間、海賊は倒れた。


??????「ふぅ、危ない危ない」


一切取り乱した様子も無く、男は呟く。


セマカ「ウ...」


??????「ほう、まだ息があるな。そのうち死ぬからどうでもいいが」


まだ死んでない。けど凄く血が出ている。


ケマ「てめェ!!よくも船長を!!!」


??????「とっととせんちょー拾って帰った方が良いんじゃないか?今なら助かるかもしれんぞ」


コザ「なんだと…!?こんな侮辱をされて生きて帰すと思ってんのか!!みんな来い!!!」


店の外で人が集まってくる。みんなあの海賊の仲間らしい。


??????「ほう、随分と大勢いるな」


ケマ「船長をやられて!!おめおめと逃げてられるかよ!!!」


??????「逃げるつもりは無いのか。怯えているならそれに従えば良いものを」


海賊たちは歯や身体が震えていたり、顔を引き攣らせていたりと様々で、その仕草にはいずれも恐れや迷いがあった。



ウタ「何で…」


??????「お前が死ぬと俺が困るんでな。多分」


ウタ「早くこの人を手当てしなきゃ…!」


今は布を充てて出血を抑えることしか出来ていない。助けが要る。


??????「放っておけ。どうせこっちを殺す気だったんだ」


謎の男は怪我人を意に介さない。


ウタ「でもこのままじゃ死んじゃう!」


少し間を置いてから、男は笑みを浮かべながら答えた。


??????「コイツだって海賊だ。海賊なんて戦いの中で死ぬもの。普通の最期を迎えるだけだ」


ウタ「え…?」


??????「よく見ておけウタ」


セマカ海賊団「うおおおおおお!!!!」


??????「これが、『海賊』だ」ビィイイ----ッ.....


_________


嫌な胸騒ぎを感じたから、ウタの行った服屋へ向かっていたら赤い光線が飛ぶのが見えた。ウタにそんな能力は無い。誰がやったんだ?


シャンクス「これは…!」


シャンクスが目にしたのは炎の中で倒れた大量の海賊。服屋にはウタと、倒れた海賊。


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 最初に撃った海賊はまだ息があったから病院に送られたようだ。ウタが手当てして時間を稼いだから。人の死どころか血にも慣れていないとは、シャンクスは何を見せていたんだ。


シャンクス「潜んでた海賊に襲われたか。目を離してすまなかった」


ウタ「良いよ謝らなくて。シャンクスは悪くないよ」


ベックマン「とにかく、ウタが無事で良かった。とりあえずそこを喜ぼうぜお頭」


 シャンクスもかなり落ち込んでるな。まあこういう日もある。気にするな。と俺が言えたとしても構わず落ち込むんだろうなこの親子は。


ウタ「……」グスン


これが『海賊』だ?海賊ってあんな残酷な殺し合いをするものなの?じゃあシャンクスたちも…?あんなことを…?こんなこと考えたくないのに、やめられない。


 本気で悩んでいるのだな。ちょっと刺激的過ぎたかな?


配信してる時、そういう海賊の被害とかよく聞いたな。シャンクスたちはあんな悪い海賊のようなことはしないって思ってた。いや今も思ってる。


 よっぽど大切にされていたのだな。この甘ったるいじゃ


そうだ、シャンクスに相談しよう。1人で考えたってわからないから


 言い表せない性格もそれなら納得


ウタ「ん?」


??????「?」


目が合った。

 目が合った。


ウタ「え!?誰!!?」


??????「見えてるのか?」


部屋を出ようと振り向いたら、いつのまにか人がいたことに驚く。いや、よく見たら…


ウタ「あんた…この前の…」


 怒りと怯えの混じった顔色を向ける。良い顔するじゃないか。


??????「覚えていたか。そいつは嬉しいな」


ウタ「町で海賊たちを…殺した奴…!」


??????「おいおい人聞きの悪い。俺はお前を守ってやったのだぞ?おかげで目立った怪我も無かったじゃないか」


格好はあの時と同じだった。よく見たら、十字の左眼に黒い翼という見覚えのある特徴があった。


ウタ「……トットムジカ?」


トットムジカ「ご名答」


身の毛がよだった。12年前に起きた悲劇。エレジアの国民がゴードンを残して全滅した大事件。……私が『それ』を口にしたがために目覚めた、少し前に倒されたはずの“魔王”が目の前にいる。


ウタ「何で…?私『それ』は歌ってない…」


トットムジカ「ああ。歌われた覚えは無い。何故俺が消えていないのか、俺にもわからない。ただ」


ウタ「ただ?」


トットムジカ「あの時も、今も、お前は恐れや迷いを強く抱いた」


 まだはっきりとはわからんが、どうやら俺自身がウタの負の想いの化身になってしまったらしい。


ウタ「…何で私を守ったの?」


トットムジカ「言っただろう。お前が死ぬと俺が困るんだ。多分な」


 ウタに負の感情が無いと俺は姿が見えないほど弱くなり、逆に強いとこうして形を成せるほどの力を得る。


ウタ「あそこまでしなくて良かったじゃん!」


トットムジカ「じゃあどうした?耳栓をしていて文字通り聞く耳の無い連中に、話し合いが出来たと?」


ウタ「それは…」


 本当に殺しがしたくないのだな。海賊の船にいるとは思えん。シャンクスたちはどうやって隠していたのやら。


トットムジカ「それにしても驚いたぞ。人の死どころか血にすら慣れていないとは」


ウタ「シャンクスはそんなところ見せないから」


トットムジカ「どうやったんだ?海賊なら戦いは避けられぬだろう」


ウタ「みんなが戦う時はいっつも船番してた」


トットムジカ「……ほう」


 目に映らないように敵が近づく前に終わらせていたと?…連中の強さなら出来そうだな。


ウタ「だから…まだ戦いを見たことはないの」


トットムジカ「お前は余程愛されているんだな。…俺と違って」


トットムジカの声から、どこからか寂しさが聞こえた。



トットムジカ「シャンクスも、ゴードンも、みんなお前の宝石のような歌声と心に惹かれたから、汚く血生臭いことなど知らないでいてほしいと、そう願ったのだろうな」


私は過去を思い返す。きっとこういうことだったのだろう。

シャンクスたちは決まって私には船番をさせていた。私の心に白くいてほしかったから。

ゴードンはいつも熱心に私を元気付けようとしてくれた。私の心に笑ってほしかったから。

そして2人は、真実を言わなかった。私の心に傷を付けたくなかったから。


トットムジカ「もっとも、その2人のおかげで俺は蘇ったのだからむしろ感謝してるがな」


私から、戦いや血を遠ざけようとしていた。私のために、私を想って…。みんなにとって私は宝。それは凄く嬉しい。…けど、段々と納得出来ない気持ちが芽生えた。


ウタ「私、ちゃんと赤髪海賊団の“仲間”になりたい」


トットムジカ「そうだな。まあ手が汚れてなくはないとはいえ、シャンクスたちがお前を大事なのは確か。これからは海賊を良くも悪くも見過ぎず互いの絆と強みを噛み締めて」

ウタ「守られるだけじゃなくて、守れるように強くなりたい!」


トットムジカ「…何?」


ウタ「仲間はお互いに助け合うもの!助けられてばかりじゃ仲間とは呼べない!私は身体も心も赤髪海賊団のみんなに助けられてばかりじゃない!」


トットムジカ「待て。俺はお前に戦えなどとは」

ウタ「私もみんなと肩を並べて戦えるようになってやる!」


ウタ「あれ?いなくなってる」


 負の想いが和らいだか。また姿を出せなくなったらしい。ところで、ウタが戦うつもりならば俺はウタが死なないように守らなければならないのか。これではまるで俺が子守りみたいじゃないか。……なぜ俺がこんな目に!!



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