どうしてあの色を選んだんですかデイビットさん

どうしてあの色を選んだんですかデイビットさん



「よぉ、デイビット。準備は出来てるか?」

「レイシフトの予定は無かったはずだが」

「仕事の話じゃあ無い、ダンパだ、ダ・ン・パ!」

「……?」

「オイオイ、知らないのか? お前は娯楽に対してのアンテナが低すぎる。端末のカルデアニュースに流れてきていただろう、フランスの王妃サマが企画をしたっていう。マクイルショチトルであれば大歓喜の祭だ」

「オレが出席する必要のない会合だ、足を運ぶ必要性を感じないが」

「あのお嬢がめかし込んで参加すると言っても?」

「——っ、それは、」

「本当にこの手の話だけは分かりやすいな。これでどうしてお嬢には伝わっていないんだか。で、どうする? 参加するだろ」

「……彼女に、挨拶をするだけなら」

「よし、そうと決まれば衣装だ。ドレスコードがある。デザインはベーシックなカジュアルスーツで問題ないだろうが、問題は差し色だな。希望は?」

「色と言われても、希望なんてものは」

「それでも好きな色くらいはあるだろう」

「好きな色……しいていうなら、オレンジ色が」

「ーーハハッ、お前、マジかよ!」

「おい、笑うなテスカトリポカ。彼女の陽だまりのような瞳の色が、髪の色が好きだ、なにか問題でもあるか? 好きな色を聞いてきたのはそちらだろう」

「あ゛ー、ハイハイ、惚気はもう腹いっぱいだ、オレは要望通り衣装チームに依頼をしてくる。お前はちゃんとお嬢をダンスに誘っておけよ」

「待て、オレは踊るとは一言も——、テスカトリポカ!」

ひらひらと手を振りながら去っていくテスカトリポカの背中を見ながら、ため息を吐くしかなかった。


「依頼の品だ、デイビット」

「オレの記憶では今は何も頼んでいないはずだが」

黒のスリーピーススーツとオレンジ色のカラーシャツをオレに押し付けたテスカトリポカは「記憶から抜けてるのか? 今日はお前も楽しみにしていた日だろう」と楽しげだ。そんな記憶は自分には残っていないのだが、テスカトリポカの中には記録されているらしい。

「コレに着替える必要が?」

「当たり前だろう。お嬢をエスコートするのにその服装で行くつもりか?」

エスコート? オレが、彼女を?

「オイオイ、そんな宇宙を背にした猫みたいな顔をするな。お嬢に声をかけたんじゃないのか——いや、声をかけていたらお前は今日のイベントを覚えているか。まあ、細かい事はいい」

パーティはもう始まるぞと急かされながら渡されたスーツに袖を通してふと思う。

「そういえば、好きな色を聞いてきた事があったが、これの為だったのか」

「オレが何もなく好きな色を知りたがると思うか? ——待て、ピンポイントに自分がお嬢の名前を口にしたところだけを覚えているのはどうかと思うぜ、兄弟」

「……」

「そう睨むな。……ああ、見立て通り似合っている」



結局、テスカトリポカに連れられパーティ会場に来たはいいものの、テスカトリポカは他のサーヴァント達と約束があったのか、どこかにいってしまった。あのお喋り好きの神はいつのまに交友関係を広げていたのか。

ひとりになってしまったオレは壁際からぼんやりと会場を眺めて、好ましいあのオレンジ色を探す。ドレスコードがあると聞いていたとおり、女性は皆煌びやかなドレスを纏っている。 きっと、藤丸も彼女をより輝かせるような——……勝手に彼女の姿を想像しようとして、これは善くないような気がしてやめた。


アマデウス・モーツァルトの演奏が数曲続いた頃、ふと探していた人の気配を感じてそちらへ目をやると、彼女もこちらを見ていたのか視線が重なった。藤丸がこちらに手を大きく振りながらかけ寄ってくる。その姿が、想像していた彼女よりも、キラキラと輝いているように見えた。


「デイビット! ホントに来てくれてたんだ!皆がデイビット居たよって報告してくれるから探してたんだ」

「アイツがどうしてもと言うから」

「あはは、テスカトリポカに向こうで会ったけどすっごく楽しそうにしてたよ。ドレスもね、褒めてもらっちゃった。自分で選んだのはアクセサリーくらいだけど、お洒落なひとに褒められると嬉しいね! ……って、自分のことばっかり話しちゃった。デイビットはどう?楽しんでる?」


 テスカトリポカはどんな言葉で彼女の姿を褒めたのだろう。嬉しそうにしている藤丸を見るにいつもよりも優しく甘い言葉だったんだろうと推測する。

それはなんというか……嫌だな。オレがアイツよりも先に彼女の姿を褒めてあげたかった。

「……そのドレスも、アクセサリーも」

「うん?」

「とても君に似合っている、綺麗だ」

「あ、わ、……は、恥ずかしいな。でも、ありがとう、デイビットもかっこいいよ。オレンジ色も似合っちゃうんだ」

「似合っているか? 自分では分からなかったが、君の色だ、そう言われると嬉しく思う」

「ひぇ……」

オレンジ色の彼女の髪を掬い上げながら、思った事をそのまま口にしてしまっていた。どうやらオレはこの場に浮ついているらしい。


「それと楽しんでいるか、という質問だが。本当は、君に一言挨拶をしたら部屋へ戻ろうかと思っていた」

「そうなの?」

「ああ。だが、今日の君はオレの想像よりも数倍魅力的だった。このまま、ここでお別れというのは、少し惜しく思う。——だから藤丸。明日へこの記憶を持ち越せないような男でもよければ、今日はオレが君の隣にいる事をどうか許して欲しい」

「デイビット、」

「すまない、おかしな事を言った。嫌だったら忘れてくれ」

「私も、デイビットと一緒に居たいなって……思って……」


 顔を赤くして俯きながらドレスをぎゅうと握りしめる藤丸を、思わず抱きしめた。音楽の切り替わる、少しの静寂。どくどくとオレにだけ聞こえる彼女の心臓の音が心地よい。


「今までダンスの経験は無いが、オレと踊ってくれるだろうか」

 以前彼女が好きだと言っていたアニメーション映画のダンスシーンで流れる音楽のなかで、ヒュウ、と口笛がひとつ聞こえた気がした。


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