“新時代”

“新時代”




五老星が鎮座するその場所は、表向き世界で最も高貴な場所である。

世界最高権力と評されるその立場と在り方故に、その場所は常に緊張を孕んでいる。

だが今、その場所は常とは別の重苦しい雰囲気が漂っていた。


「……あれから、一ヶ月か」


誰ともなく呟いた言葉。あれ、という言葉の意味を確認する必要はない。

上等兵による、白昼堂々の天竜人暗殺。ただでさえ混乱する世界を更なる混乱に導いたあの事件からもうそんな時間が経っていた。

それを長いと取るべきか、それとも短いと取るべきか。最早、彼らにもわからなくなっていた。


「この一ヶ月で、暗殺未遂が十四件。幸い、その全てが失敗に終わっている。……実行犯のその場での殺害も含めてな」

「幸い、幸いか。……そうだな、これのせいで出歩く天竜人が減ったことは幸いかもしれん」


自嘲する。そう、あの事件の後、僅か一ヶ月でそれだけの数の天竜人への襲撃が起こった。

その襲撃はどれも稚拙で、銃、ナイフ、刀、爆弾……それらを抱えて突撃するというだけのもの。暗殺事件より護衛の強化された天竜人には、一度もその刃が届かなかった。

事件の隠蔽をしようとしたが、あの新聞王モルガンズは完全にこちらのコントロールを外れてしまっている。この状況では、下手に情報操作をしようとする方がより混乱を招きかねない状態となっていた。


「昨日もあったようだが、危機感のない話だ。……あろうことか、護衛の海兵を解任すると言い出している。襲撃者を殺害したことが原因のようだ」

「罰を与えるから生かして捕らえろ、か。どこまでも愚かな」


言葉を交わすが、どこまでも白々しくなってしまう。彼らを神とし、そういう風になるようにしてきたのには五老星にも原因があるのだから。

今回の襲撃者は、たったの二人。それもまだ十代前半の少年たちだったという。彼らは、叫んでいた。


“お父さんを返せ”

“お母さんを返せ”


今調べさせているが、おそらく世界政府の闇の犠牲者だ。これまでに起こった件でもそうだった。

誰もが、口々に天竜人への憎悪を抱き、行動していた。


「しかし……例の上等兵は、そういう意味では見事だった」

「おい」


一人が発した言葉に、咎めるような声が飛ぶ。事実だろう、と禿頭の老人は言う。


「徹底的に護衛の状況や徘徊のルートを調べ、入念に準備を整えた。誰にも知られることなく、勘付かれることもなく。そうして、たった一度の襲撃を成功させた」


あの暗殺については、調べれば調べるほどそこに込められた狂気を感じることになった。

たった一度の襲撃を成功させるために、あの海兵はありとあらゆる努力と執念を注ぎ込んだのだ。

襲撃の場所も。

護衛の存在も。

時間も。

手段も。

足りぬ己の力を補うための、命を捨てる水さえも用意して。

生きて帰ることなき死兵として、あの場所にいたのだ。


「こんなことを言うべきではないのだろうが……せめて、あそこで死んだのが」

「よせ。……それは、口にするべきではない」


その名が出る前に止める。それはここにいる者にとっての共通事項であったが、それでも決して口にしてはならぬことだった。

何故ならば。

その選択をしなかったのが、あの時の五老星だ。


「しかし、皮肉なものだ」


流れかけた沈黙を打ち切るように、一人の五老星が口にする。


「例の海兵の狂気と執念。それを最も理解しているのが、奴を祭り上げる者たちではなく我々とはな」


あれ以来、一度も成功しない襲撃。その理由は単純だ。

誰もが、ナイフと自爆という手札だけでかの海兵がことを成したと思っている。故に、その表面だけを模倣し、失敗しているのだ。

あれほどの狂気と執念を持ってさえ、分の悪い博打であったことが読み取れる。だというのに、その本質を理解せぬまま上手くいくはずがないのだ。

だが、それでも襲撃は続くだろう。何故なら、彼は成功させた。

その過程がどうあれ、爆発でその遺体さえ残らなかった彼自身の結末がどうあれ。

それでも彼は、成功させたのだ。それは、絶望的な希望となってしまった。


「それは世の常だ。憧れは、理解から最も遠い感情であるという。味方よりも、敵の方がよく理解できることがある」

「まさしく、あの海兵のようだな」


また、自嘲するように笑う。

誰よりも憎い相手であるからこそ、あの海兵はあの結果を導いたのだ。


「……あの二人が海軍で問題を起こす度に、頭を抱えたものだが」


ポツリと、呟きが漏れる。


「どうして、こんなことに」


それは、この場にいる誰もが考えていて。

そして、どうにもできないことだった。




◇◇◇




「……何のつもりじゃァ?」


葉巻の煙を揺らしながら、赤犬が机を挟んだ向こう側の男を見る。そこに立つ男は、己が背負った正義のコートを丁寧に畳み、赤犬の机の上に差し出したのだ。


「襲撃の件については、むしろようやっちょる。護衛対象の安全が最優先じゃァ。ガタガタ抜かすようなら、わしが五老星に殴り込むけぇ」


とんでもない言い草だが、執務室のソファに座る黄猿はこれは本気だと感じた。元より、五老星とはぶつかることがあった赤犬だ。最近の情勢では、それがより顕著になっている。

だが、赤犬の前に立つ人物は首を横に振る。


「あんな奴らのことはどうでもいいんです」


この場に他の者がいたら、ギョッとしただろうか。あんな奴ら、という言い回しは、決して許されるものではない。


「……その言葉は聞かんかったことにしちゃる。その上で、これは何じゃ」

「自分は、自分の“正義”を裏切りました」


真っ直ぐに、男は……少佐の肩書きを持つ男は言う。


「自分の正義は、“守る正義”です。私は、守れなかった」

「何を言うちょる。任務は」

「自分はこの手で、子供を二人殺しました」


赤犬が、言葉を止める。


「守るべき市民を手にかけた海兵など、最早海兵ではありません」


その言葉に込められていた感情は、一体、どれほどの。

どれだけの絶望と、悲嘆と……屈辱が、あったのか。


「失礼します」


そして、少佐が立ち去っていく。

その背を制止する事さえ、今の赤犬にはできない。

そうするだけの理由が、見つけられなかった。


「……これで何人目だい、サカズキィ〜?」

「ふん、もう数えとりゃせんわ」


黄猿の言葉に、吐き捨てるように赤犬が答える。

そして、机の上に置かれた正義のコートを見つめる。そして、呟くように言葉を漏らした。


「……優秀な海兵じゃった。だから、あの小僧の下に異動させた。真面目な男じゃァ、あの小僧も影響されて多少は落ち着くと思っちょったんじゃがの」


逆効果じゃ、と赤犬は呟く。


「少佐の方が、小僧に影響されちょった。……人として、立派に」


それ以上、赤犬は何も言わなくなった。


「どうして、こんなことになったんだろうね〜?」


呟くような黄猿の言葉にも、赤犬は答えない。

答えなんて、分かりきっていた。



◇◇◇



はあ、というため息が漏れた。もう何度目かもわからない。向かい側に座る同僚が、まただね、と疲れた表情で言った。


「そんなにため息をついてちゃ、怒れるよ?」

「ああ、そうだな。……大佐は、怒るな」


苦笑する。もういない上官。あの日、世界を敵に回した二人を思い浮かべる。

あの二人なら、こんな風に落ち込んでいたら何と言っただろうか。


「准将も、多分ね」


向かい合う同僚も、そう言って苦笑する。

海軍の歌姫と、英雄の後継者。その二人が指揮する部隊にいたのはほんの少し前のはずなのに、今や遠い昔のように感じる。

あの日々は、本当に騒がしくて、無茶苦茶で、けれど、輝いていた。

なのに。

それなのに。


「どうしてだよ」


か細く呟くその声は。

誰に向けられたものか。


「……どうしてだろうな」


不意に、そんな声が聞こえた。顔を上げると、自分たちの上官がいる。

だが、おかしい。彼がいつも背負っている正義のコートがない。


「少佐!」

「ああ、いいいい。座っててくれ。おれはもう、少佐じゃない」


立ち上がって挨拶をしようとする自分達を制止し、そんなことを少佐は言う。えっ、という言葉を漏らす自分達に構わず、少佐が椅子に腰掛ける。


「任務でな。……子供を二人、殺してしまった」


だからもう、無理だ。

そう、少佐は告げた。

先日にあった襲撃事件。人手不足の中、少佐が天竜人の護衛に派遣された中で起こったことは知っていた。

そして、その結末も。


「あの二人によ。顔向けが、できねぇ」


声は震えていた。騒がしい食堂であることが、幸いだった。


「なあ、本当に、さ。楽し、かったよな」

「……はい」

「あの二人さ、いっつも無茶苦茶でよ。おれ、何回巻き添えで始末書出したか覚えてねぇよ」

「少佐も、船壊したことあるじゃないですか」


声は、震えていた。少佐の声も、こちらも声も。

湿ったものが、混じっている。


「あんなもん、あの二人に比べりゃ誤差だろ」

「確かに。でも少佐、楽しかったですよ。空島なんて、行けると思いませんでした」

「大佐がロマンを追う連中と意気投合してな。あいつら海賊なのに、何でか協力してよ」

「准将も、最初は渋ってたのに……最後は、一番ノリノリでしたよね」

「後で聞いたら、あの海流で上がるのは正規ルートじゃねぇらしいぞ」

「そんな無茶をさせられたんですか私たち?」

「まあ無茶はいつものことですけど」


鼻をすする音と、涙を拭う音。


「アラバスタも凄かった。大佐がやられたって聞いて……今だから言うけどな。おれ、心折れかけたよ」

「僕らもですよ。でも、准将が」

「『ルフィが負けるわけない』って」

「そんで、あの王宮前でよ」

「あんな大規模な戦闘の中で、確かに聞こえました。……聞こえたん、です。本当に、夢を見てるのかって」

「准将の歌で反乱を鎮めるきっかけを作って」

「私たちで、そんな准将を必死で守って。……大佐が、『クロコダイルはぶっ飛ばすからここは任せた』って」

「アラバスタ国王の演説は痺れたよ。……あいつの、故郷だったな」


そして、言葉が切れる。

向かい側の同僚の瞳からは、最早滝のような涙が流れていた。

なあ、と。

戦友であり、上官であり。

同じ光に導かれ、そして、正義さえも失った人が言う。


「どうして、こんなことになっちまったんだろうな」


その答えを口にすることは。

最後まで、できなかった。


そして今日。

また一人、あの人たちと共に歩んだ海兵が……立ち去った。



◇◇◇



とある島の、とある放棄されたボロボロの家。

本来なら人気のないその場所に、複数の人間がいた。


「しつけぇぞお前」

「そう邪険にしないでくれよ旦那ぁ、今日もこうして食糧と情報を持ってきてるじゃねぇか」

「食料は貰う。けど、協力はしねぇ。……ウタ、食べられそうか?」

「……うん」


相変わらずどうやってかこちらの居場所を掴んでくるモルガンズに対処しながら、ウタを抱き上げ、モルガンズの食糧を渡す。

ウタの調子は、あの日から随分と悪くなってきている。かつての部下がしたこと。そして、そこに続く無謀な襲撃と失敗。己が引き起こしたことなのだと、彼女は自分を責め続けている。


「いやぁ、美しい! 逃避行の絵として素晴らしい! できれば一面にして特集記事を組みたい!」

「……ぶっ飛ばされてぇのか?」

「いやいや冗談だ、冗談」


睨みつけるが、このアホウドリは両手を振って距離を取る。食えない鳥である。この男に助けられている部分もあるため、こちらが完全に拒絶できないことをわかっているのだ。

だがそれはそれとして、ムカつくので本気で一回ぶっ飛ばしてもいいのではないかと思い始めている。


「ウタ、無理すんなよ」

「うん、大丈夫」


自身の腕の中で、ゆっくりと食事をとるウタ。その弱々しい姿に、知らず、抱きしめる腕に力がこもった。


「それで、今日は何だよ。ここのところは天竜人の襲撃で忙しいんじゃなかったのか?」

「そうそう、それだよ旦那。まあ、これを見てくれ。これから出す新聞なんだが」


モルガンズが差し出してきた新聞を手にとる。そこには、また、と言ってもいい襲撃の記事が載っていた。

何度目だよ、と思いつつ新聞を見る。だが、そこに書かれている事実にルフィは目を見開いた。


「……ルフィ?」


異変を感じたウタが、彼を呼ぶ。ルフィはその体を抱き寄せながら、モルガンズを睨み付ける。


「これは事実か?」

「事実だとも」


何が面白いのか、モルガンズは両手を広げて演説する。


「旦那のかつての部下が天竜人の襲撃の護衛をし、襲撃者であった子供二人を殺害! それを苦にして海軍を去った! ああ、悲劇だ! 再び海軍の信頼が揺らぐだろう!」


大声で笑い続けるモルガンズ。ルフィの拳に力がこもる。ウタもまた、目を見開いて驚愕している。


「しかし、そこには隠された真実があった! 罰を与えるから生かして引き渡せと、天竜人はこの海兵に命じていた! もし生きて捕まれば、何が起こるかなど幼児でもわかる! だからこれは慈悲だ! 旦那の部下は、死という慈悲を与えたんだ!」


たまらねぇな、とモルガンズは言う。これは記事が飛ぶように売れると。


「黙れ!」


ルフィはウタから手を離し、モルガンズの胸ぐらを掴む。


「何がしてぇんだ、お前は!」

「決まってる! おれは新聞王モルガンズ! 時には嘘で人を踊らせる活字のDJ! だが今は! 真実が人を踊らせる! その邪魔は旦那にもできねぇぞ!」

「お前ぇっ!」


思わず拳が出かけるルフィ。しかし、その手はモルガンズには向かうことはなかった。ウタが、その手を掴んだのだ。

かつて競い合っていた頃とは比べ物にならないくらいに弱い力。その事実に、ルフィは強く、強く拳を握り締める。

どうしてだ。

どうして、こんなことに。


「ダメよ、ルフィ。こいつを殴っても、状況はよくならない」

「けど! あいつらは!」


その先の、言葉が出ない。


「おれの、おれたちの、仲間は……!」


何もかも、あの日の出来事が。

己の行動に、後悔はなくても。

それでも、その結果としてそれで傷つく人がいる。


「……重い……!」


最早この背にはかかっていない、“正義”の文字が。

あまりにも、重かった。


「なあ、旦那。一つ、教えてくれ」


服を整えながら、モルガンズは言う。


「そういえば、聞いたことがなかった。旦那の背負った“正義”は、何だったんだ?」


純粋な興味であるということが、何となく伝わってきた。気分のいいものではないが、それなりに付き合いが続いている相手だ。こちらを煽る時とそうでない時の違いがわかるようになってしまった。


「海軍時代を調べたが、見当たらねぇ。どうだ?」

「……海軍にいた時は、わからなかった」


知らず、ウタを抱く手に力がこもる。


「ほう、そりゃ珍しい。正義を持たねぇ海兵はいくらでも見てきたが、定まってねぇとは」

「それでどうにかなってたからな。……けど、あの日。正義のコートを捨てた日に、おれの“正義”は形になった」


それは、とモルガンズが問う。

ルフィは一度、ウタを見て。



「“大切な人が、笑える正義”」



ウタが息を呑み。

モルガンズは、口笛を鳴らした。


「なるほど……なるほどなるほどなるほどぉ〜! ようやく、ようやくだぜ旦那! あんたの信念が見えてきた! こりゃビッグニュースだ! たった一人のために世界を敵に回した英雄の信念! それがこんなにも美しく、悲劇的とは! おおっと邪魔するなよ旦那! こればっかりは記事にさせてもらうぜ!」

「好きにしろよ。誰に知られても関係ねぇ。俺はウタが笑えるように戦うだけだ」

「……ルフィ……」


ウタの瞳から、涙が溢れる。それを拭って、ルフィは笑った。


「泣くなよ。泣き虫だな」

「違う、もん」


一瞬だけ、意地を張ったウタ。しかし、すぐに膝を折り、泣き崩れる。

そんな彼女を、ルフィは優しく抱きしめる。


「美しい! いやぁ素晴らしい! 名残惜しいがここから先は次回だな! あばよ旦那! また来るぜ!」

「いや来るんじゃねぇよ!」


大笑いするモルガンズ。だが、去り際に彼は一つ、言葉を残した。


「でもよ、旦那。旦那にとっての大切な人ってのは……歌姫だけなのか?」


答える前に、モルガンズは飛び去った。ルフィは強く握り締めていた拳を解き、呟いた。


「……わかってる」


わかっているのだ。

後は、そう。

覚悟、だけで。



◇◇◇



雨音が、響いている。

隙間風が吹き込む小屋の中で、二人は肩を寄せ合っている。

互いの存在を確かめるように。その手を握り、決して離さぬように。

モルガンズが帰ってから、二人は言葉を交わさなかった。言葉なんてなくても、大丈夫だった。


「なあ、ウタ」

「何、ルフィ」


だから、言葉にするのは。

最後の覚悟を、決めるため。


「このままじゃ、駄目だ」

「……うん」

「このままじゃ、もっと酷いことになる」

「……うん」


だから、とルフィは言った。

大切な人の。

ウタの笑顔を、もう一度取り戻すために。



「“ワンピース”を、手に入れる」



ウタが息を呑んだ。周囲の温度が、下がった感覚。

それは、と、震える声でウタが言う。


「海賊に、なるってこと?」

「海賊にはならねぇ。海賊にならなくても、“ワンピース”を探すことはできるだろ?」

「でも! でも、許可のない航海は、違法で……」

「元からお尋ね者だろ、俺たち。……海賊王は、確かに言ったんだ。一度は憧れたから覚えてる。ウタは、処刑台でゴールド・ロジャーが言ったことを知ってるか?」


言う。


「“この世の全てを、そこに置いてきた”」


かの海賊王は、確かにそう言った。だから。


「世界をひっくり返そう。だから、ウタ」


ルフィが立ち上がり、手を差し伸べる。


「一緒に、戦おう」


ウタは、一度目を閉じて。

そして、何かを振り切るように。


「世界を、変えよう!」


彼の手を、握り締めた。

そして、二人は口にする。

かつて掲げた、二人だけのあの誓いを。



「「“新時代”を!」」



その時、ルフィは。

ようやく。

ようやく、己の掲げた“正義”の終着点が見えた気がした。

今はから元気でもいい、痩せ我慢でもいい。

この大切な人の笑顔を、今度こそ。

何の憂いもない中で、見るために。



◇◇◇



「旦那ぁ、昨日ぶり!」


性懲りもなくやってきたモルガンズ。その姿に呆れながら、ルフィとウタは苦笑する。だが、いつもとは違うその様子に、モルガンズは首を傾げた。


「何か、昨日と雰囲気が違うようだが」

「ああ。色々あったからな」

「ええ。ねぇ、モルガンズ。とっておきの情報をあげる。だから今後、私たちを全面的に援助して」


昨日までの弱々しい姿はどこへやら。かつての歌姫の時のように堂々とウタが告げる。ただならぬ様子に、顎に手を当ててモルガンズは真剣な表情を浮かべた。


「情報次第だ」


一気に雰囲気が変わった。こういうところは、流石というべきか。

ルフィとウタは一度目を合わせると、互いの手を握った。どちらかが言い出すまでもなく、自然とそうしていたのだ。

そして、ルフィは告げる。


「俺たちは、ワンピースを手に入れる」


その言葉に、顎が外れるのではないかというくらいに口を開けるモルガンズ。


「………………………………………………は?」


新聞王のこんな表情を見た二人は、悪戯が成功した子供のように笑顔を浮かべた。


「いや、旦那。冗談、だろう?」

「冗談なんかじゃねぇよ。ああ、海賊にはならねぇぞ」

「いやいやいやいやいやいやいやいや! 待て待て待て待て待て待て待て待て! 意味がわからねぇ! 何でそうなる!? 言ってる意味がわかってんのか!?」

「わかってる。でも、この状況を変えるにはもう、世界を変えるしかないの」


天竜人という絶対的な存在がいる以上、逃亡生活が続いてしまう。ならば、世界を変える何かが必要だ。


「どっかの“四皇”を頼るなり革命軍を頼ればいいんじゃねぇのか!?」

「海賊にはならねぇ」

「言ってる場合かよ!?」


あのモルガンズが振り回されまくっているというこの状況。社員が見れば驚愕するに違いない。


「革命軍もそう。私たちは海兵だもの」

「ええー……賞金首なのに……」

「だからそれをひっくり返すんじゃねぇか」


最早ツッコミマシーンと化したモルガンズ。面白いネタを提供してくれると期待していたが、流石の彼でもこれは予想外である。


「いやさァ、そのうちやらかすと思ってたけどさァ。……こんなん予想外じゃん」


ええー、と何故かゲンナリしているモルガンズ。そんな彼に、ルフィが言う。


「喜べよ。お前の言うビッグニュースだろ」

「ビッグ過ぎて胃もたれするわァ!」


再びのツッコミ。だがまあ、とモルガンズは笑った。


「旦那の言う通り、こりゃ間違いなくビッグニュースだ。だが、いいのか? これをニュースにするってことは、旦那たちは世界に宣戦布告するのと同義だぜ?」

「既に敵じゃねぇか。今更だろ」


即答だった。ハッ、そうだなとモルガンズは言う。


「いいだろう。このモルガンズ、あんたたちを全面的に支援するぜ。ただあんたらがヤバい時は容赦なく切り捨てるぞ?」

「それはお互い様。私たちも、いざとなればあなたを売るから」


ウタのその言葉に、モルガンズは大笑いする。


「いいぜ! 最高だ! 見出しはどうするか……『海軍の英雄復活』か!? いやありきたりだ! 『世界を変える』! いや駄目だ、インパクトに欠ける!」


楽しそうに笑うモルガンズ。その彼に、二人は一つの提案をする。


「なあ、モルガンズ。記事のタイトルは」





数日後、世界に激震が走る。

あの日、天竜人を殴り、逃亡生活を続けていたかつての英雄と歌姫。その二人の、一つの宣言。


『“ワンピース“を、手に入れる』


それは、世界への宣戦布告。

ありとあらゆる勢力から逃げるのではなく、立ち向かうという宣言だった。

飛ぶように売れた新聞の一面には、並び立つ二人の姿と。

“新時代”の文字が、描かれていた。




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