とある雨の日
しとしと、ざあざあ。雨の降る音と雨粒が地面に当たって弾ける音。心地よい曲が流れる喫茶店と相まって気分が安らぐ。
「…野浦、ここはお気に召さなかった?」
小声で話しかけてくるのは私が所属する隊の隊長。どうやら窓を見続けていた自分がつまらなさそうに見えたらしい。
「もう、違いますよ。雨の音って好きだなって思ってたんです」
わたしがまた猫ちゃんにフラれ、落ち込んでいたところを見かねてここに連れてきてくれた人。
他人の機微には聡いのに、変なところで鈍感だ。それが少しおかしくて、思わず笑ってしまう。
「そうかい、それは良かった」
彼が安心したように口角を上げる。最初は見た目から悪そうな人って思っていたけれど、案外この人はお人好しだ。
「俺もね、雨の音は好きだよ。自然の音は自律神経を落ち着かせる効果があるらしいし。……あぁそうだ。何か追加で頼もうか」
メニュー表が差し出される。確かにここの喫茶店のケーキは美味しかったし、他のも食べたいなとは思っていた。でもこの人はなぜそれを分かったのだろう、と視線を向ける。
「そりゃあれだけ美味しそうに食べてたら誰だって分かるさ。ほら、どれにする?さっき頼んだのはショートケーキだったし、俺は季節のケーキをおすすめするよ。今の旬の果物は…ちょっと分からないけど。でもきっと美味しいはずさ」
……そんなに分かりやすかったんだろうか。誤魔化すように紅茶を一口啜ってメニューを見る。彼が指差したそれには『期間限定!季節の果物を使ったケーキです』と大々的に書かれていた。
「そうですね。それじゃそれを…」
言いかけて、ピタリと止めた。季節のケーキの横にあったチョコケーキに視線が思わず移る。果物の自然な甘さもいいが、暴力的なあの甘さも捨てがたい。2つ頼むべき?いやいや、ケーキ3つはカロリーが大きすぎる。ここは……
「あの、煙崎さん」
「すみません、季節のケーキとチョコケーキを一つ」
言い切るが早いか、目の前の人は店員さんを呼び止めて頼んでしまった。
「えっと、煙崎さん?」
「半分こにしようか。それも食べたいんだろ?」
「……なんだか、見透かされているみたいでちょっとムカってきました」
「なんでさ」
良かれと思ってやったことが裏目になったと思ったようで、分かりやすく狼狽えている。それを見て溜飲が下がって、また少し笑ってしまった。
「雨、止みませんね」
「そうだね。今日一日は降り続けるかもしれないかな」
二人して窓の外を見る。雨は今朝から降っている。天気予報では午後になれば止むなんて言っていたけれど、その気配はない。傘を差して歩いている人が水たまりを踏んで、水が弾む。その人たちと、喫茶店の中にいる私たちがどこか違う世界にいるみたい、と考えた後にボーダーとして戦う私たちは実際、違う世界にいるのかもしれないと思い返す。
「わたし、今楽しいですよ。メガネが似合う子がいっぱいいて目の保養になりますし。隊を纏めるのは大変でしょうけど、私も出来ることはしますから」
それでなんだか、伝えなきゃいけない気がした。誰かに気を遣っているあなたも、休めばいいのにという気持ちを込めて。
「……ありがとう。そんなに分かりやすかったかな」
「そりゃあれだけ疲れた顔してたら誰だって分かりますよ」
意趣返しは成功したらしい。きょとんとした顔の後、誤魔化すようにコーヒーを啜った彼は恥ずかしげだ。
「意地が悪いな、君は」
「それ、煙崎さんがいいます?」
「俺の戦い方なんでね、女王様はお嫌いかい?」
「いーえ、そっちの方がやりやすくて楽しいです」
「はは、じゃあ君も共犯だな」
「えぇ。せっかくですしカロリーも分け合いましょう?」
軽口を叩き合って、雨が窓を叩く。ケーキが乗った皿がテーブルに置かれる音も、流れる音楽も、全部が心地よくて。
今日は雨が止まなくてもいいな、なんてことを思った。