とある神の憂鬱
「そうだ、クラウドファンディングしよう」
XX世紀、天上の神々は衰退の時代を迎えていた。
というのも昨今の目覚ましい科学の発展により、多くの秘跡伝承は与太話と結論付けられたためである。
結果として人々の信仰心を力の源泉とする神々は大幅に弱体化。かつては海を割り、空を覆した権能ももはや見る影もない。
とは言え人類に知恵を与えた時点で、この結末を迎えることは約束されていたのだ。文明の開拓とは即ち、幻想を現実に変える儀式でもある。
よって神たちは日々下界の営みを慈しみながら、身を削るような喪失感に健気に耐え続けていたのだった。
しかし、いつの世も停滞した秩序を打ち破る狂言回し《トリックスター》が現れるもので。
都合、幾千回目にもなる主神同士の集いにおいて、その道化師は意気軒高と冒頭の一言を発したのである。
曰く、下界で流行中の動画配信とやらから着想を得たのだと言う。
即ち、神としての威光をインターネットを介して人々に見せつけることで崇拝者を獲得。彼らを利用して失われた信仰心を今一度集めようという算段であった。
「それ採用」
娯楽に飢えた各神話の主神たちは満場一致でそう叫んだのだとか。
かくして神話に埃が被せられた情報化社会を舞台に、神々の神々による神々のための一大プロジェクトが幕を開けたのであった。
◇◇◇
『は~い♡信者のみんな、今日も配信見てくれてありがとっ♡来週もこの時間によろしくね!次は君の街の暗雲を払いにいっちゃうぞっ★』
画面の向こう側で、見目麗しい少女があざとくウィンクを決める。
刹那、彼女の背景に渦を巻く雷雲が一気に吹き飛び、突き抜けるような青天が広がった。もちろん突発的な強風でスカートが危ういラインにまで捲れ上がる演出も忘れない。
コメント欄が熱狂に包まれる中、『ゆぴたー雷霆ちゃんねる』は大盛況のうちに幕を閉じた。
それをノートPC越しに見届けた彼は一言。
「え、キモ」
と、余りにも無情な感想を呟くのであった。
「え、俺もしかして疲れてる?いや確かにちょっと体の調子悪くて下界に降りてくるの遅かったけどさ。まさか弟が美少女やってるとは思わないじゃん」
彼は頭を抱えた。
髪も衣服も、全てが漆黒の青年である。それでいて肌は病的に白いものだから、死人めいた不吉な印象を漂わせていた。
「……いやでもあいつ昔から変身癖あったからなぁ……数字もめちゃくちゃ伸びてるみたいだし」
動画のエンドカードに表示されたURLにアクセスし、青年は悩まし気に表情を曇らせる。
先程の配信を機に、画面内に表示された数値は爆発的な増加を果たしていた。「古今東西、男も女も美少女が好き」とは弟――今は妹と呼ぶべきか――の言である。
「対して俺は泣かず飛ばずか」
ページを切り替えて青年は自嘲気味に笑う。
ディスプレイ上に踊る数値は先程目にしたものより遥かに低い。
地上に降りてきて間もないということもある。だがそれでも弟たちのような商売ができるかと問われれば、答えは否だった。
何故なら自分は冥府の神。
現存する数多の物語において、頻繁に悪役として描かれる存在なのだから。
「ヘルメスに相談してみようかなぁ……。アイツぷろでゅーさー?としてあちこち駆けずり回ってるらしいし」
青年は徐に立ち上がると、傍らにあったゴミ袋をひっ掴んだ。
辛気臭い四畳一間の部屋を出る。先程まで稲妻が迸り大雨を降らしていた空は、輝くばかりの青を映していた。
彼の名はハデス。
恐るべき地下の国の王にして、死せる魂の統率者。
そして伸びない信者数に頭を悩ます、無名の神格であった。