とある王国の使用人の夢

とある王国の使用人の夢


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 私はルーシー、ブルジョア王国の王族に仕えるメイド(見習い)だ。

「遅い!ルーシー何やってたの?!」

「ごめんなさい。キャベンディッシュ様のお召し物が見つからなくて」

「あの上着ならボタンがほつれていたから針子に直させたと言ったでしょ!!」

「あっ、そうでした。ごめんなさい」

「全く、あんたはほんとそそっかしいんだから」

 先輩にお目玉を食らって平謝りする。しかし、キャベンディッシュ様の鍛錬が終わったことを確認するとすぐさま開放された。わざとではないけど、今日はタイミングが良かった。ドジな私は何時間もお叱りを受けることなんて日常茶飯事で、この前1日に何回「ごめんなさい」と言ったか数えてみたが、100を越えてから数えるのを止めてしまったほどだ。

 まだ何か言いたそうな先輩を背に、タオルを手に取ってキャベンディッシュ様に近づく。

「キャベンディッシュ様、また腕を上げられましたね」

「ありがとうルーシー…さっきまでいなかったけどまた何かやらかしたのかい?」

「…申し訳ございません。探し物が見つからなくて…ですが、ちゃんと持ってきました!」

「うん。ちょっとは成長しているじゃないか。ルーシーはやればできる子だからね、焦らなくていいんだよ」

「勿体ないお言葉です」

 キャベンディッシュ様にお仕えして早半年、それまで領地でのんびりと過ごしていた私がいきなり王宮仕え、それも第一王子様の身の回りの世話をすることとなったと聞かされた時は小さな心臓が口から出てしまうくらいに驚いた。確かに私の父は王宮の大臣を務めていたけれど、穏やかな性格の父は良くも悪くも凡庸で、娘から見ても自分から地位を求める性格ではないので尚のこと。しかし詳しく聞けば、父より身分の高い大臣の子供たちや皇族の親戚筋がこぞって子供たちを差し出すも、ことごとく問題を起こして辞めさせられたらしい。

『ルーシー、お前に相談する前に決まってしまって誠にすまない。嫌になったらすぐに辞めてもいいが…いいか、決して失礼なことだけはするんじゃないぞ』

 お父様が心の底から私を心配するから、ただでさえ人と比べて優れたところのない私は不安な心持ちで王子様の住む御所に重い足を運んだ。

『初めまして、私は、ル、ルーシーと申します』

『君が新しい使用人だね。よろしく』

『は、はい!精一杯おつかえしゃせていただきまふ』

 思いっきり噛んでしまって一気に顔の熱が上がった。言葉遣いと礼儀作法は小さな脳みそにぎゅうぎゅうに詰め込んできたのだけど、偉い人に挨拶するなんて初めてだから思い切り失礼なことをしてしまった…。私の前に何人も辞めさせている王子様だから、これだけで機嫌を損ねて「即帰れ」と言われかねない。顔なんて上げられる訳もなく私がこれでもかと頭を下げたままでいると、優しい笑い声が私の頭を撫でた。

『ははっ、そんなに緊張しなくていいよ。歳の近い者同士、仲良くしよう』

『そ、そんな私なんて王子様に比べたらミジンコみたいなものです。恐れ多いです』

『ルーシーは面白い子だね。僕が仲良くしようと言っているんだ、文句あるかい?』

『い、いえ、そんなことありません!』

『なら早く顔を上げてくれ』

 言われて恐る恐る顔を上げれば、この世のものではないと思うほどの綺麗な人が私の前に立っていた。緩くウェーブの掛かった金髪、澄んだ青の瞳、整った目鼻立ち、細いけれど努力の跡が垣間見える均衡の取れた身体、私と同じ10代前半と聞いていたが、将来は女性だけでなく男性すら振り返るような美男子に成長するだろうと一目で確信できる美麗な男の子がそこにいた。どんな煌びやかな宝石すら霞んで見えるほどの美しさに息を呑むが、こんな麗人にあれほど慈悲深いお言葉を掛けていただいたと認識が追いついて、私は後ろで険しい表情を浮かべる使用人たちに気がつかなければ立ったまま失神するところだった。

 その後キャベンディッシュ様は家庭教師に呼ばれたため何事もなく。私は先輩メイド達に広すぎる御所の案内やらメイドの仕事やらを教わって1日目は平和に終わった。


『ルーシー、次の予定は?』

『ええと……そのぅ…申し訳ありません。確認してきます』

『すぐに頼むよ』

『は、はいっ!』


『ルーシー、これは狩の練習用の上着だ。音楽レッスンにこんなの着ていけないよ』

『あ!申し訳ございません!!すぐにレッスン用のものを取ってきます』

『そうしてくれ。全く、ルーシーはそそっかしいね』

『次からは気をつけます。許してください』

『ああ、期待しているよ』


『きゃっ…ああ!キャベンディッシュ様、お怪我はありませんでしたか?!』

『僕は鍛えているからこれくらい訳はない。それよりルーシー、大丈夫か?靴の紐が切れているよ』

『あっ!みっともないところを見せてしまって申し訳ございません。すぐに履き替えてきます』

『それより、擦りむいたところを医者に診てもらうのが先だ』

『ですが、次の授業は時間に厳しい数学の教師です。先にキャベンディッシュ様をお送りしなければ…』

『女の子一人助けていただけで叱るような教師は辞めてもらうよ。僕が習うのに相応しくないからね』

『…申し訳ございません』

『ルーシー、こういう時はありがとうと言うんだ』

『あ、ありがとうございます』

 

 仕えてすぐにわかったことだが、キャベンディッシュ様は見た目だけでなく心まで世界一美しい方だった。何をやっても最初は上手くいかず、やらかしたことはメモに取って毎晩見返しているのだけど身体が覚えるまでには普通の人の倍掛かる私を、それでも見放さずに励まして一緒に成長しようと背中を押してくれる。…こんな素敵な王子様なのになぜ10人以上も使用人を辞めさせたのだろう?と生まれた疑問を折を見てキャベンディッシュ様の乳母に尋ねた。

「どうして私はこんなにダメダメなのに、キャベンディッシュ様はおそばに置いてくださるのでしょう?」

「ルーシーちゃんはダメな子なんかじゃないよ。あの子が選んでそばに置いているんだ。胸を張りなさい」

「あ、ありがとうございます。でも…私なんかよりもっとキャベンディッシュ様に相応しいメイドなんていくらでもいるのに…」

「あの子はね、人一倍努力家で優しいけれど、人の悪意はよく見ているの。自分に取り入ってよからぬことをしようと企む人間はすぐに見抜くんだ」

「王子様に対してそんな人がいるんですか?!」

「ふふ、ルーシーちゃんは素直だから分からないかもしれないね。そういう人ほど自分をよく見せるもんだから」

「そ、そうなんですね」

「ルーシーちゃん、君はちゃんと努力することを知っている。それに何より、あの子に変に媚を売ったりしないだろう?あの子はそれが嬉しいんだよ」

「私はただキャベンディッシュ様を尊敬しております。媚を売るだなんて、そんな恐れ多い…」

「ルーシーちゃんはそれでいいのさ。でも、やっかむ人には気をつけなさい。これからもあの子の使用人としてファンとしてあの子を支えておくれ」

「もちろんです!」

 仕事が少しずつできるようになって、私に向けられるあからさまな嫉妬の視線に気づけるようになった。隣国から来た王女様や、公爵家の令嬢がキャベンディッシュ様の美貌を過剰に褒め称える時に、彼女らの見えないところで辟易しているキャベンディッシュ様に気づくようになった。

 もちろん、私もキャベンディッシュ様は間違って地上に降り立ってしまった天使ではないかと疑うほど美しいお方だと思っているけれど、彼が剣や芸術の才能にも溢れ何よりも人間として、王としていずれ国を背負って立つお方としてどれだけ偉大な人かみんなが知らないことを寂しく思った。

 もっとみんなにキャベンディッシュ様の内面を知ってもらいたい。そして正しくファンになってもらいたい。いつからか密かにそんな夢を抱いていた。



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