とある月夜のお話
「おう、今日は随分ご機嫌だな?っていうか、なんだそりゃ?提灯か?」ウソップがゾロに声をかけた。
停泊中の島で酒の買い出しに行って案の定迷子になり、ロビンに確保されて帰ってきたゾロは実にいい笑顔をしていた。
手元には鮮やかな色合いの鬼灯が1つ。しかしよく知る鬼灯と異なり、ウソップが提灯と思っても無理はないと思わせる程には大きかった。具体的には人の頭くらいのサイズだ。
「ああ、こいつは鬼灯の甘露と言ってな。おれも故郷にいた頃に村のジジーに1度聞いたっきりだったが、まさかこんな所で出会えるとは思ってもみなかったぜ。」
「あ、本当だ中に液体が入ってら。…いやいやどうやってだよ!?鬼灯をこのサイズまでデカくするのも、漏れ出さないように液体を入れるのも、普通は出来ねぇぞ!?」
「知らねェ。なんかそういうモンなんだろ。」
「そういうモンって…まァいいけどよ。それより何処で買ったんだコレ。」
「買ったんじゃねェよ。貰いもんだ。でけェ樹に変なモヤみてェなモンがまとわりついてたから斬ったらエラく感謝されてな、お礼だと。」
ロビンの方に目をやると、首を振られる。ゾロを回収した場所に大樹など無かったらしい。
まあ、この男に限っては良くあることだと頭を切り替える。
「とりあえずいい酒が手に入ったんだからいいだろ、おあつらえ向きに今日は満月だしな。」
「お、今日もやるのか酒盛り。なぁなぁまたあのぐい呑み見せてくれよ。」
「あら、なにか特別な物なのかしら?」
「貰いもんだが、丈夫でな。月見で1杯やるには誂え向きだ。」
そう言ってゾロが取り出したのは、青白い光沢を放つ月長石を削って作ったような半透明の器だった。
「あら綺麗。見たことがない器だけど、普段は使ってないわよね?」
「あぁ、そいつは月見酒用だからな。」
「ロビンは見たこと無かったっけか。これに透明な酒を入れて底から月を眺めるとスゲェ綺麗なんだぜ!月光が虹色に散ってキラキラするんだ。」
「素敵ね。私も見ていいかしら?」
「…まぁ好きにしたら良いんじゃねェか。」
ウソップとロビンは顔を見合わせ、笑いあった。今夜は月見だ。
夕食後、展望室に3人で集まった。ここはいつでも綺麗な空気で満たされている。
明かりを消すと、満月の光が部屋に満ちる。
ゾロが早速手にした1合徳利からぐい呑みに透明な液体を注ぎ、月に一献傾けるように腕を伸ばす。
すると、ぐい呑みを中心として月虹のような輝きが部屋中に散りばめられた。
その1部はゾロの耳を飾る3連の金に反射し、更に複雑な模様を壁に投射する。
そんな美しい光景を目で楽しみながら、ゾロは幾度も盃を空にする。ウソップとロビンも相伴にあずかるので、かなり早いペースで酒が消費されているにもかかわらず、徳利の中身が尽きる様子は無い。
「そのセットお気に入りだよなァ。」
「まあ良い酒が好きなだけ飲めるってんだから使わねェ理由は無ェからな。良い月の夜に飲むなら目にも楽しみながら飲みてェし、こういうのはきちんと使ってナンボだろ。」
「ふふ、そうよね。ゾロのそういう考え方、私は良いと思うわ。」
とりとめのない話と満月を肴に、酒宴は静かに続く。
いつしか月光が展望室を柔らかく満たしていた。