とある日の中将の任務
目ぼしい特産品も無い小ぢんまりとした島だからと、油断したのがいけなかったのだろうか。
一人の荒くれが窓ガラスに弾を撃ち込んだのを皮切りに、島の其処彼処から怒号と悲鳴が響き渡る。
逃げたい。逃げなければ。
そうは思うけれど、どちらへ進んでも暴力の音と気配がする。
立ち竦んだ所へ、目敏い海賊のカトラスが閃く。咄嗟に目を瞑った。
何かがこちらを引き寄せて、体が浮く感覚がする。
二秒、三秒と過ぎても、刃の冷たさも熱い痛みも感じない。
恐る恐る目を開くと、白い蛇が胴に纏わりついていた。
ひ、と息を漏らしながらもう一度見ると、白蛇と思った物は煙で、その煙が一人の男に繋がっていることが分かった。
白髪を後ろに撫で付け、縫い傷が縦断する相貌は、島で暴れる海賊達の誰よりも威圧的だった。
煙る男は、身の丈ほどもある十手で受け止めていたカトラスを叩き落とし、こちらへ向いた。
「怪我は…無ェようだな。すぐにどこかへ隠れろと言いたい所だが、巻き込みかねねェ。もう少しだけ掴まってろ」
その声を合図にしたかのように、周囲の喧騒が強まる。海賊達と戦い、押さえ込む男達が見える。海賊同様の荒くれにしか見えない男達が海軍の格好をしていることに気付いて、思わず目を丸くした。
「すぐに片付く」
男の言葉に頷く。男の声と言葉は、海軍将校のコート以上に安心感があった。
「テメェらの船はもう押さえてある。誰一人ここから逃げられると思うな…!」
後退りした海賊を睨み付け、瞬く間に男の体が白く解ける。もう一度瞬いた後には、既に海賊を取り押さえていた。
男自身と十手の重みを一気に掛け、海賊の意識を奪う。鍛え上げた体がうねる光景に思わず見入った。
金属がかち合う音に振り向くと、海賊の残党が銃の引き金に指をかけていた。
こちらが叫ぶよりも早く、残党の顔面に拳がめり込む。煙から伸びた手が残党を引きずり、鉛玉は虚しく地面に撃ち込まれた。
浮いた体がそっと下ろされた。男が告げたとおりすぐに終わった筈だが、数十分ぶりに地を踏んだような気がする。
「あ、ありがとうございました」
「……あァ」
サングラス越しに視線を感じる。爪先まで見下ろした男が小さく頷くのを見て、改めて無傷かどうか確認されたのだと気付いた。
「あの、何も無い島ですが、何かお礼させてください」
「仕事でやってることだ、気にするな。こいつらをしょっぴかなきゃならねェしな。……その間部下を何人か置いていく。そいつらを迎えに来た時にでも、いい店を教えてくれ」
少しだけ雰囲気の和らいだ男からは、葉巻の苦くて仄かに甘い香りがした。