ちょっとしか無い

ちょっとしか無い



 その男の一日は二本の葉巻に火をつけることから始まった。


 水平線が朝と夜の間を迎える頃、いつも通り男は起き上がる。起きる、と言うには随分早い時間であるが、長年叩き込まれていたルーティンというものは早々変化するようなものではない。

 起きたかと思えば、男はベットのサイドに置かれていた葉巻を手に取り、慣れた手つきで火を着ける。一本ならまだしも二本同時に吸うというのは人体に対して非常に冒涜的であった。医者に怒られた回数は、手足の指の数を超えてから数えていない。窓辺に寄りかかりながら葉巻を燻らす。

 昇る日が、男を照らす。バターを溶かしたような柔らかい光が、色素の薄い肌や髪を彩る。しかし彼は水平線の遥か彼方か、または虚空をぼんやりとした赤銅色の瞳で眺めていた。

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