だからおれは見たんだよ!
夜こっそりと散歩にでも出掛けようとしたおれは竹林に迷い込んじまって、月明かりこそあれど四方八方同じ竹に囲まれちまってるもんだから出口なんて分かるわけもねえさ。
ああどうしよう、おれはこのまま獣に食い殺されるか飢えて死ぬか、どちらにせよ死ぬしかねえのかってワンワン泣いちまってる時に、聞こえてきたんだ、竹笛の音が。
音の根っこに誰かがいる。そう思っておれは、その方向に必死に走った。
すると竹林が少しだけ分かれて、満月がはっきりと綺麗に見える場所に来てさ、そこで見たんだ。
月夜の下に竹笛を吹く、うつくしいひとだった。
顔は白くて、瞳は金。長い亜麻の髪が風に揺れて。白い着物と黒い羽織のひと。
そしておれは思った。
ああ、これがかぐや姫というものなのか、ってさ!
あまりにも麗しいものだからおれは幻覚でも見てるんじゃないかとおれ自身を疑ったけど、どうやらそうじゃなかったらしい。
竹笛を吹くお姫様をずーっと惚けたように見てたらふと音が終わって、そのお姫様がおれに話し掛けたんだ。
「迷子か?」って、男の声で。
お姫様は男だった!
おれは混乱しつつも目の前のお姫様が美しいことには変わりないから顔を真っ赤にしちまって、「はい」と力ない声で答えることしか出来なかった。
するとお姫様は「そうか。ならば帰ろう。出口なら知っているから」とおれの手を掴んだ。
おれはこくりと頷いて、お姫様の体温を肌で感じながら家まで一緒に歩いた。
お姫様がこの世のものでなかったとしたらお姫様の体温は冷たいんだろうけど、案外温かかった。
家の前について、「ではな」と微笑みおれに手を振ったお姫様は、気づけばどこかへ消えていた。
おれはあの夜を忘れられない。
満月と、竹と、笛と、お姫様があった、あの夜を。
◇
「そう云えばアーチャー、昨晩屋敷を抜け出していただろう。何があった?」
「そうだな……おまえには云っていなかったか。赤坂近くの竹林、その奥へ行くと月のよく見える場所があるんだ。昨日は月が美しいものだったから、たまにはそこで竹笛でも吹いてみるかと、日中万屋の主人に貰った着物や羽織を身に着けて竹林へ向かった」
「月の下、静謐とした竹林の中に、竹笛の音色を生まれさせるおまえ……それはさぞ美しいことだろう。出来るならば、俺も共にありたかったな」
「はは、すまない。ああ……そうだな、あと一つ。その時、私の元へある少年がやってきたんだ。どうやら迷い子であったようで、しかし私が云うのもなんだが私に見蕩れたようでもあったから、竹笛を吹き終えた後に問い掛けたよ。『迷い子か?』と。やはり迷い子だったらしく、その後は無事親御の元へと送り届けておいた」
「そうか、それはよかった。それで?その少年の幼気な心を乱したご感想をお聞きしたいものだな」
「望月を見れば、彼は私のことを思い出すのだろう。まあ……子の初心な恋を奪う、というのも悪くはないな、ふふ」