たぬき妻と魔法使い
「ん、ぅ……」
微かに日差しの差し込む部屋で、スレッタは吐息を漏らして目を覚ました。昨夜の名残りか、身体中に甘い倦怠感がある。
うっすらと目を開けて、たっぷり愛し合った番の姿を確かめようとして──その姿が見えないことに驚いて、スレッタはぴょんと飛び上がった。きょろきょろと周囲を見回しても姿は見えず、すんすんと匂いも嗅いで愛しい夫の気配を探るが、どうやら彼は外出してしまったらしい。部屋どころか、家の中にも彼の気配はなかった。
「ぁう、えらん、さん……」
名前を呼べば、じわりと瞳に涙が浮かんできてしまう。後朝に目覚めた時、近くに彼の気配を感じられないのは初めての経験で、スレッタはひどく心細くなってしまった。
くんくんと夫の匂いを辿っていると、一際匂いの濃いものを見つけ──それの正体を目にして、スレッタはかあっと赤くなった。
口をきゅっと結ばれて投げ捨てられていたそれは、使用済みの避妊具だった。
「あ、あう……」
これでもかというほど性の香りがするものを目の当たりにして、スレッタの全身が朱に染まる。それでも、夫の気配が色濃いそれから目が離せない。スレッタは数秒躊躇ってから、恐る恐るそれに手を伸ばした。
「ひゃ、あったかい、……」
ほか、と温かい熱を残したそれに、思わず手を離してしまいそうになって、慌てて両手で握るようにして持つ。その拍子にたぷん、と音がしてスレッタはまた赤くなった。こんなにたくさん出されたのかと改めて実感してしまい、ぞわぞわとした感覚が全身を駆け巡る。
つんつん、とその液体を突いていると、だんだんとスレッタは悔しい気持ちになってきた。
「ずるい、です。あなたばっかり、……こんなに、出してもらえて」
むっと唇を尖らせて、物言わぬ避妊具をじとりと睨んだ。たぷたぷになるまでエランの欲望を受け止めているそれに、むくむくと嫉妬心が湧き上がってくる。
だってスレッタはまだ一度も、エランに中に出してもらっていないのだ。どれだけねだってもエランは決して首を縦に振らず、必ず避妊具越しにしかスレッタを抱いてくれない。契りを交わした夫婦だというのに、スレッタはそれが不満だった。
それなのにこいつはたっぷりとその中に注いでもらっているのである。エランのお嫁さんとして、とても許せることではない。妻の意地というものがある。エランの子種は全てスレッタのものなのだ。たとえ相手がゴムであろうと、それを渡してなるものか。
スレッタはむむ、とゴムを睨みつけると、獣としての鋭い牙と爪を露わにし、かぷりとそれに噛みついた。がぷがぷと何度も噛んで引っ張り、爪を立ててかりかり引っ掻く。夢中になってそれを弄っていると、やがて耐えかねたようにゴムが破れ、中からエランのものがとろりと流れ出した。
「あっ…」
もったいない。
咄嗟に湧き上がったその感情のままに、スレッタは掌でそれを受け止めた。どろりとした白濁があっという間に掌の上に溜まっていくのを眺めて、ずくりと腰が甘く疼く。こくん、と喉を鳴らして、スレッタはそっと唇を近付けた。
「ん、んぅ、ん……」
ぺろぺろと舌で舐め取り、こくこくと飲み込む。初めて口にしたそれは、独特の苦味を持っていた。決して美味ではないはずのそれが、エランのものなのだと思うと愛おしくなってしまう。
ほんのりと熱いそれが、口から喉を通って体内に入っていく感覚に眩暈がしそうだ。じゅくり、と蜜壺が濡れてしまうのを感じて、スレッタは赤くなった。
「あ、はぅ……」
掌に残った白いものをじいと眺め、スレッタは恐る恐るその手を胸元に運んだ。むにゅ、とやわく揉めば、昨夜エランに愛されたばかりの身体は途端に蕩けていってしまう。エランのものを塗り込むように手を動かして、スレッタは夢中になって自身の胸を揉みしだいた。
「あっ、あぁっ、えらんしゃ、あぅ……っ!」
この手が、エランのものだったら。
エランが、その精液をスレッタの身体に塗り込ませるように──避妊具をつけず、生の昂りで自分を犯すことを想像して、スレッタはぴんと尖った胸の先端をきゅっと摘んだ。頭の中が真っ白く染まり、ちかちかと瞼の奥で火花が散る。
ぴんと身体を震わせて、一瞬遅れてベッドに倒れ込む。白いシーツをきゅうと握りながら、弛緩した身体に力が戻るのを待って、スレッタは再び動き出した。
すんすん、と鼻を動かして夫の匂いを追い、次の獲物──使用済みの避妊具を探り出す。やはりたぷたぷになっているそれを見つけると、スレッタは嫉妬を込めてがぶりと噛み付いた。あなたなんかにあの人の子種を奪われてなるものか、と対抗心が激しく燃え上がる。びり、と引き裂かれたそれから溢れたものを、スレッタは愛おしげに手で包みとった。
ちゅうと一口含んで飲み込んでから、そっとその手を秘部に伸ばす。既にどろどろに溶けたそこにエランの子種を塗りつけるように手を動かせば、ひくひくと浅ましく反応してしまう。
「ひぅ…っ!あ、ンぅ…え、らんさ、あぁ……っ!」
つぷりと差し入れた指はすぐに物足りなくなって、その本数を増していく。ぐちぐちといやらしい水音が響いているのが逆に虚しくなってしまって、スレッタはぽろぽろと泣き出してしまった。
「ふぇ、えらんさん…!えらんさん……!」
どうしていなくなってしまったの。私はあなたのお嫁さんじゃないの。なんで側にいてくれないの。
発情期のせいで碌に働かなくなった理性を軽く吹き飛ばして、寂しさと切なさが暴れ回る。こんな指なんかじゃなくて、あなたに愛してほしいのに。あなたになら何をされたっていいのに。寂しくて寂しくてたまらなくて、スレッタは泣きながらエランの名前を呼んだ。
「えらん、さん…!すき、だいすき……っ!」
「僕もだよ」
「……えっ?」
不意にかけられた声に、スレッタの耳がぴくりと反応する。この、声は。
ばっと顔を上げて扉の方向を見ると、そこには愛しい夫──エランが立っていた。
「ひょえっ…!エッエッエランさん!?」
ひっくり返った声を出して、スレッタは飛び上がった。いつの間に帰ってきていたのだ。全く気が付かなかった。ちゃんとおかえりなさいと言いたかったのに──そこまで考えて、スレッタは今の自分の姿を思い出して真っ青になった。
「エエエエランさん!いっいつから!?」
「君がゴムに手を伸ばしたあたりから」
「最初からじゃないですかぁ!!」
エランの言葉にスレッタは半泣きで叫んだ。羞恥で全身が真っ赤になる。慌ててシーツに包まって身を隠すが、効果は期待できなかった。
(み、見られちゃってた……!)
使用済みの避妊具を使って自慰をしているところを見られてしまったのだ。スレッタはもう絶望的な気持ちになった。なんてはしたない、淫らな女なのだと幻滅されたのではないか。こんな女はもう離婚だと言われてしまったらどうしよう。エランに軽蔑されたら。嫌われたら。
どんどん思考が悪い方に向かっていって、スレッタはぼろぼろと泣き出してしまった。
「っ、スレッタ!?」
「ひっ、ひっく、ご、ごめんなさ、うわああぁあん!ごめんなさい!えっ、えっちなことして、ひっく、ごめんなさいぃ!うわああん!」
自分でも驚くくらい涙が出てきてしまって、スレッタはわんわん声を上げてないた。発情期は時々、こんな風に感情のコントロールがとれなくなる。泣き止まないと迷惑なのに、と思えば思うほど涙が溢れてしまって、シーツにぐるぐるに包まって隠れるスレッタを、静かに近付いたエランがぎゅっと抱きしめた。
「泣かないで、スレッタ」
「う、うぅ……!あ、あの、ごめんなさい、わたし、私……!」
「どうして謝るの。君は何も悪いことなんてしてないよ」
「ふ、ふえぇぇ……」
涙でぐっしょりと濡れたシーツからそっと顔を上げさせて、その雫を優しく拭う。その指先の温度を感じて、スレッタは徐々に落ち着きを取り戻していった。すんすんと鼻を鳴らして、スレッタはきゅうとエランに擦り付いた。
「お、怒ってない、ですか……?」
「怒ってないよ」
「幻滅、してないですか……?」
「そんなことありえない」
「う、でも私、は、はしたないことを……」
「……むしろ僕は嬉しかったけど」
ぼそりと呟くように言われた言葉に、え、と顔を上げる。見上げたエランの顔は僅かに上気していて、その瞳の緑はぎらりと色を濃くしていた。この瞳は、と考えた瞬間、エランがスレッタの手を取って──昂り熱を持ったものをなぞらせた。
「ひゃわ…っ!」
「君が、……一人でしているのを見て、すごく興奮した。僕の子種が欲しいって啼いているのを聞いて、とても嬉しかった」
「あ、あぅ……♡」
低く囁かれる言葉に、身体の力が抜けていく。スレッタはもうほとんどエランにしなだれかかるようになっていて、その首に腕を回してなんとかしがみついているような有様だ。ふるふると睫毛を震わせるスレッタの瞼に口付けを落として、エランはその薄い腹をつつと撫でた。
「新しい魔法を覚えてきたんだ」
「新しい、魔法……?」
「うん。……避妊魔法」
「ひにっ…!?」
「つまり、どれだけ中に出してもだいじょ」
「わー!わーー!!」
エランの言葉に、スレッタは裏返った声を上げてその口を手で覆った。なんという魔法だろうか。そんなえっちな魔法があるなんて。あわあわと目を白黒させていると、エランに手のひらをぺろりと舐められてまた飛び上がる。驚きと衝撃で固まるスレッタの額にこつんと自分のそれをくっつけて、エランは懇願するように言った。
「君を傷付けるようなことはしないって約束する、だから……避妊具無しで、抱かせてほしい」
「ひょわ……♡」
お願い、と頬を擦り付けられて、スレッタは甘く悲鳴を上げた。自分だけでなく、エランもまた同じように求めてくれていたのだと分かって、全身が震えるような嬉しさと悦びに包まれる。エランの身体をぐいと引き寄せ、スレッタは飛びつくようにその唇に口付けた。
「もちろん、です…大好きです、あなた……♡」
「……嬉しい。僕も、だよ」
♦︎♦︎♦︎
「ん、ふぁ、んぅ……♡」
「ん、んん…」
ぐちゅぐちゅと淫らな水音を響かせながら、二人はその身体を絡ませ合って口付けを交わしていた。たらりと零れた唾液が胸元を濡らす感覚にすら感じてしまって、スレッタはその尻尾をふるふると震わせる。
そのふわふわの尻尾をやわく揉むようにエランの手が伸びて、スレッタは堪らなくなってエランの胸板にしがみついた。
「きゅう!あっ、らめ、♡しっぽ、らめれす……♡」
「気持ちいい、でしょ」
「あぅ、はい…♡きもち、いいれす……♡」
大きな男の手が尻尾を撫で、むにゅりと揉む。それだけでスレッタはもう屈服するように身体を開いてしまう。
エランはすっかり身体の力が抜けてされるがままになっているスレッタをころりと転がして仰向けにさせると、その腹をぐっと押さえた。
「ひう…っ♡あ、なに…?♡」
「今から、魔法をかけるからね」
魔法──避妊魔法。スレッタの身を守りつつ、お互いの獣欲を満たすための淫らな魔法。
そんなものをエランが習得してきたのだと思うだけで、スレッタの胸はとくとくと高鳴る。じいっとその手を見つめていると、エランは小さく呪文を呟きながらその指でスレッタの腹をなぞっていった。
「あ、あぁ……♡」
エランの指がなぞった箇所を辿るように、へその下──ちょうど子宮の上あたりに、妖しいピンク色に光る紋様が浮き上がっていく。可愛らしいハート形をしたそれは、同時にひどくいやらしくてらてらと淫靡に薄ぼんやりと光っている。それを見ているだけで子宮がきゅんきゅんと収縮するような気がして、スレッタは甘えた声を出した。
「あ、やぁ…♡らめ、えっちれす……♡」
「えっちなことをするんだから、それでいいんだよ」
思わず逃げるように身を捩れば、咎めるように押さえ付けられてしまって、それにすら興奮してしまう。いつも優しいエランがたまに見せる強引さにくらくらして、蜜壺がとろりと泣いて蜜を零した。もどかしい思いで太腿を擦り合わせるとくちゅりと濡れた音がして、スレッタは真っ赤になる。
そんなスレッタの姿をじいっと見つめて、エランはごくりと喉を鳴らした。自分の雌が発情しきっている様子に、既に硬く張り詰めたものが先走りを零す。最後の呪文を言い終わり、魔法が完成したことを確かめると、エランは限界まで昂った自身のものを露わにした。途端にスレッタの纏う色香が一段と濃くなり、雄を誘惑する気配が部屋を満たしていく。
「あっ…♡えらん、さんの……♡♡ほ、ほしい、です……♡♡♡」
「っ、……!」