ただ強くなる為に
「私を弟子にしてください」
アレクサンドリア襲来という大事件が起きた数日後の事だ。盗賊退治に明け暮れる白騎士の下に現れたのは1人の女。
「お前はシャドウガーデンの………」
「イプシロン。シャドウガーデンの最高幹部七陰の1人。貴方に用があって来たのだけど、時間いただけるかしら?」
「それは無駄な時間だ」
「っ!! そ、そこをなんとか………貴方にとっては無駄な時間かもしれないけど………」
ばっさり切り捨てた言葉に、イプシロンは僅かに込み上げた怒りを押しとどめて、再度願う。
ここで逃げられては自分の速度では到底追いつけない。だからこそ、下手に出たのだが、
「無駄な時間? 何を言ってる。話は聞くが?」
「………は?」
何故だかかなり乗り気だ。というか近くに槍を置いて木の株に腰掛けた。思ったより、本腰を入れて聞いてくれるらしい。
言葉と態度が一致していないが、好都合だと自分も姿勢を正して、正面に立つ。
「私を弟子にしてくください。貴方の技、黒球を覚えたいの」
七陰やシャドウガーデンが今の彼女を見たら絶句するだろう。あの誇り高い彼女がシャドウ以外に頭を下げているのだから。
「今のお前には無理だ」
「難しいのは分かってる! だけど、私なら必ずモノにする! だから、その極意を………!」
「………? 何を言ってる? 今の胸に魔力制御を回しているお前じゃ無理だと言っただけだ。通常のお前なら可能だろう」
肩透かしの発言に、再度イプシロンは脳内に疑問符を浮かべるが、短いやり取りで彼女はその片鱗に気づく。
(この男、見抜いて………じゃなくて、さっきからなんか噛み合わないと思っていたけど、まさか)
「ねえ、貴方………もしかして、言葉が足らないとかよく言われない?」
「む。お前もそう思うか。ベアトリクスにもよく言われるから気をつけるようにしているんだが」
「因みに確認だけど。私がスライムスーツに回してる胸………げふん、余分な魔力制御を切れば黒球は覚えられるし、その教える時間も割いてくれるのかしら?」
「? 最初からそう言っているが?」
確信を経て、肺の空気全てを吐き出すようなため息をついた。通りで話が噛み合わないと。
「ともかく………教えてもらえるなら、教えてください。私にはその力が必要なの。もう、シャドウ様に置いていかれたくないのだから」
(ここまで思われていて、あの馬鹿はそんな事気づいてすらいないと思うと些か可哀想に思えてくるな)
きっかけはあの襲撃なのは、ヒイロにも予想はついた。あの馬鹿は多分、イプシロンの献身にすら気づいてないと思うが、
「構わない。多くの人が救えるなら、それでいい」
自分の技術を広める事でより多くの人が救えるなら、それに越したことはない。
かくして、おかしな師弟関係がここに結ばれたのだった。