ただいま
チャイムとほぼ同時に電話がかかってきた。嫌な予感がした為、起き出してきたパワーにドアを開けないように言うと、デンジは受話器を取った。
彼女は今まで連絡がつかなかった事を詫び、秋田県側に現れた銃の悪魔のオリジナルを倒し損ねたと告げた。そして現在、銃の魔人が早川家のチャイムを鳴らしていると。
情報に圧倒されたデンジは、終始マキマのペースで受話器を置くことになった。パワーに、デンジに何故ドアを開けてはならないのか尋ねる。マキマからの通話内容をパワーに伝えるが、彼女は信じない。
「ウヌは馬鹿じゃのお。まだチョンマゲが帰ってきてないじゃろ。早く開けんか」
デンジは静まり返った玄関に目をやり、パワーに奥へ引っ込んでいるように言う。いつまでもドアを閉ざしておくわけにはいかない。銃の魔人にせよ、アキにせよ、誰かはいるのだ。
「マキマの冗談だよな…なあ、アキ」
意を決したデンジは玄関に向かうと、ドアを開けた。玄関前には公安の制服姿の男が立っており、その顔をデンジは正面から見た。
「ああ…マジか」
アキの顔から、銃身が突き出ている。目元は窺えない。彼の身に何が起きたのか一目で悟ったデンジは、苦渋に顔を歪める。
「デンジ……」
「…どいてくれないか?前が見づらくてな…歩きにくいんだ」
「はあ…?アキ…なのか?」
元気のない様子だが、アキの受け答えにおかしな点はない。家に上がったアキはまず己の職場に連絡をとった。アキが電話口で話し込んでいると、パワーがやってきた。
「お!帰ってきたのう、アキ…」
「待て!パワー…!」
「なんじゃ?」
職場への連絡を済ませたアキが振り返る。その顔から銃身が突き出ているのを見て、パワーも驚いたようだが、デンジより感覚で生きているからか、彼女はすぐに落ち着いた。
「なんでこんな事になったんだよ」
「どっから話したもんかな…」
アキは、にかほ市沖合に現れた銃の悪魔との決戦に参加した。多種多様な契約悪魔が入り乱れ、銃の悪魔の巨体に襲いかかる黙示録のような光景。アキはその中で命を落とした…と思った。
「夢の中みたいな感じでな…雪玉ぶつけられまくってる感じで、家まで逃げて…東京戻ったあたりで意識がはっきりして…帰ってくる途中に窓に顔が映った。こういう事かって納得したよ」
「銃の悪魔は…?」
存在は感じる、とアキは言う。彼の奥底に引っ込んだきり、呼びかけても出てこないそうだ。
「アキの匂いしかせんがのう…」
「そうか…なんだって?」
「当面、自宅待機だ」
パワーは顔を近づけて銃の悪魔の気配を探るが、闇の悪魔たる彼女に察知できない程深く隠れているらしい。公安に連絡を入れると応対した職員がマキマに繋げた。マキマは相当驚いていた、とアキは言った。
「なんか言ってた?」
「明日、様子を見に来るそうだ。公安の施設で検査を受けてもらうだろうって言ってた」
「か…解剖か!?アキ、解剖されてしまうのか〜!?」
「はぁ〜!?変なコト言うなよ、パワー!」
パワーの不安も分かる。デンジも魔人となりながら、乗っ取られた人間側の意識が主体となっているなど聞いた覚えがない。
(ひょっとして…デンジもいるのかな?)
約束ゆえにデンジの体を乗っ取ってしまったけれど、その意志が僅かでもこの体に残っていたらいいな。ポチタは現在のアキを見てそう感じた。
翌日、マキマが様子を見に早川家へやってきた。アキを観察した後、簡単な質問をいくつかした彼女は、やはり詳しい検査が必要になると淡々と話した。
「マキマ…やっぱり解剖か?アキは解剖されるのか…?」
「解剖はしないよ、パワーちゃん。今のアキ君はレゼちゃんのような悪魔の心臓を得た人間以上に希少な存在と言ってもいい」
状態は安定している、マキマは私見を述べた。下手に刺激して、アキの意識が弱まる事態になれば銃の悪魔が身体の主導権を握りかねない。
「迎えの職員を寄越すから、5日後の…4時ごろに出てきてもらえる?頭を隠すものを忘れないで」
「わかりました」
マキマは検査の予定を決めると早川家を後にした。
次の出勤日の夕刻。デンジは執務室のドアをノックする。中から入室を許可する声が、デンジの元まで届いた。ドアを開けるとマキマがいつものように座って、入室してきた者の顔を控えめな微笑で見ている。
デンジは無遠慮な足取りで彼女の元に近づくと、勢いよく右頬へ平手打ちを浴びせた。
「なぜ打たれたのでしょうか?」
「アキが魔人になっちまったからなあ…。マキマさんよお、俺はアンタが公安の職員を何人犠牲にしようが、悪魔を殺しまくろうが文句はねえ。けど俺の友達に手ェ出すんなら…」
デンジは言葉を継げなかった。デンジには結んだ約束があり、公安以外に行く当てはない。後先考えてこの場にやってきたのではなく、一歩足を向けたら止まらなくなってしまったのだ。
銃の悪魔が相手でも、一緒ならアキを守れたはず。アキとして帰ってきてくれたから、デンジは平手で済ます事が出来る。
「…至らない点が多々あった事は、自分でも承知しています」
「あっそ、聞きたくねえな〜」
彼女と口論する気はない。デンジは踵を返して入ってきたドアへ向かう。その背中に声がかかる。
「気に入らないのでしたら、いつでも消していただいて構いませんよ」
「…わかってて言ってるよな〜?」
デンジはマキマに振り返ることなく、執務室を出ていった。