それはなだらかに
窓から月がこぼれていく時間の流れの中のほんの小さな夜の話である。この世に呉越同舟という言葉があるとして、確かに二人にとって間違いではないとも、正しくないとも。
答えが眠りの中にあるとも限らなかったが、眠りが答えであるということも考えられる。月がこぼれていく。本当に小さな、静かな夜の話だ。二人にとってこの時間が何の意味をもたらすのか、後から話をしてみても何の意味ももたらなさないだろう。
意味の無い時間が流れていく中、揺れ、ぶれていく。例えば、明くる日の朝を信じて倒れていった夜、2区8条で血を流して倒れた夜、最期の夜は幾つもあっただろう。その夜に手を差し伸べ朝日を共にすることが、本来在るべき姿だったのかもしれない。そんな迷いが未だ、何かの拍子に頭の中によぎることがあるらしいので、馬鹿馬鹿しい、と笑い飛ばされることでその内心を隠す手段が出来る、と、無意識の内ではそう扱っていたのかもしれない。
自覚が無い。知れば知るほど取るに足らない者で、同じ心根を持った者と思い話しかけてみればつまらないことばかり言う。本当に面白くなかったので、むしろだ。面白くしてやろう、と一挙一動をあれこれ理由をつけて嘲り罵ってやると、流石に機嫌を悪くしたのか、少し面白味のある反応に変わった。掌の上だ、丁度良い優越感に心が満たされる。そうした生き方が最上のものである。
碌でもない考え方だが、
「そうやって生きる」
「もう引き返せない」
「自分はそう在るべき」
「今更善人の顔は出来ない」
「目的のためなら割り切る」
「誰も信じない」
「遂行する」
「頼らない」
半端な覚悟、暴虐の正当化、目に映るその姿が鬱陶しい、と感じるところまでも同じだった。道を違えていたが、進み方は同じだった。
ドレークは知った。仮面とは、人の性を覆い隠してしまうものであるということを、花の都で知った。知らない何かを表現するがために、仮面を付け舞い踊る演者の動きは、最初から仮面が自らの顔であったかのようだった。その技巧に、なるほど面白いと腕を組んで見ていた。
ある日の夜、御座敷の一角で独り、火鉢に小さな竹の束のようなものを翳していたアプーと、目が合った。素通りしようとしたら、来い、と手招きをされ、その様子が珍しく神妙だったため、渋々だが来てやった。ドレークはそこで気づく。竹の束から鳴る音で、そういえばあの舞は音楽に乗せられていた、と。音楽は静かだが、少し不気味な音のぶつかり方が苦手だった。しかし、単体で音を聴くとそういった意識が薄れる。
名前は「ション」である、と教えてもらった。ある幻獣の鳥の姿と鳴き声を模したもの、と説明しつつ、吹き口が欲しい、音域が狭い、などとよくわからないことをぼやいている。改造を提案すると、不満な様子を尚強めて、ワノ国で生まれたとされるこの楽器の歴史を懇々と話してきた。興味の有無は関係なく、あまりの濃密さと意味の分からない言葉の連続に、内容が殆ど頭に入らなかったのだが、楽器に対する真摯な態度には少しばかり好感が持てた。
アプーは悔しそうに話す。間違いなく自分の故郷の楽器だ、しかし、多くのワノ国の人々が、起源は自国にあると言うので、変え難い、と。そして、記憶を探り探るように眼差しを傾け、ゆらり、と広げた両手の指を横並びに揃えた。すると、掌から何本もの突起が形状、色を変えながらぐっと上に伸びていった。生成されたのは、先ほどまで演奏していたものよりもいくらか大きな、恐らく楽器だろう。アプーは管のような形の金属に口を付けた。音が鳴り出した。自らの能力で楽器を生成しその音を鳴らす能力を無害な形で使えることに、少しばかり感動し、ドレークはその音を聴いた。違いは……音量?
ドレークは座り込んだ。音楽そのものが嫌いというわけでもなく、じっとしていることが苦でもなく、ただ音を聴いて、アプーの様子も度々見ていた。ドレークは自らの目に、相手の深層の意識までを映す力があると信じてはいなかった。しかしながら、そんな自分にさえも、アプーの姿は、ひとつひとつ楽器から出て行く音を追いかけるように、つまり寂しげに見えていた。それが気のせいでないか疑っている内に、心はだんだんと乱れていく。
実のところだが、アプーは焦っていた。ドレークは気づいていなさそうだが、演奏はがたがただ。指が震えて出すべき音を間違え続けている。一度や二度では気に留めなかったが、繰り返せば苛立ち、失態を責めるようにもなる。確かにそれは、音を追いかけるということであり、つまり変えようのない過去に執着するというものだった。ミスの理由は既に自覚していたが、対策は分からない、袋小路である。途中で演奏を止めることも自らが許さなかった。
音楽は、耳に入れば後は聴衆のものだ。しかし、楽器を弾く、吹く、叩くなど、そうして出てくるたった一音、これにさえ、出す側しか知らない沢山の決まり事がある。その上で成り立つ自由を享受している内は、演奏者も自らの音を聴衆として聴く余裕すら持てるのだが、決まり事に気取られている演奏者とは、正しく雁字搦めなのである。
目の前の自縄自縛に聴衆の多くは気づかない。余韻を待たずに、ドレークは駆け寄って理由を知りたがった。アプーはこの演奏の余韻を聴かなくて良いことに安心しながら、元の形に戻った両手で顔を覆い、咽び泣いていた。ドレークはその感情の理由を知りたがっている。
悔しさの後押しが多すぎた。故郷の楽器、大好きだった故郷の楽器、大好きだった故郷との離別、孤独、普段から、孤独に言い訳をすることはなかった。避けられない孤独への不安は理由も根拠も持たずに自然発生してくるが、もとより有り得ないものと一蹴してきた。かき消されていった。だからこそ、迷うことが嫌いだった。迷っている人間を見るのも嫌いだった、自然発生する感情に振り回される人間も嫌いだった。アプーは、ドレークに嫌悪を抱いた。無いものにすればいい、割り切ればいい、そんな簡単なことが出来ない人間を見ていると苛立つ。
正面から迷いと戦おうとする無謀さが、馬鹿らしくて仕方がないと思っていたのだ。
『孤独から逃げる弱さを自覚したくないから』
心の底の叫びが溢れてしまわないように蓋をすると、雫が、月が、こぼれていく。偶然が重なった挙句、液化した時間は流れていった。なだらかに流れていった。
耳に届く、
「帰りたい」
切実な、
「音楽だけやっていたい」
幼い子供の我儘に似た、
「母ちゃんに会いたい」
その言葉達に、ドレークは苛立ち、
「そんなことを言ったって今更、どうしようもないだろう」
それだけは言ってはいけない、そんな気はしていたが、吐き気を催す程の都合の良さが不愉快で、突き離した……背中を撫でながら。
「うん」
両手が、仮面が外される。見えた顔はぐずぐずだ。しかしながら、微笑んでいる。眼鏡を外し、少し袖で拭いた後、なおも涙で潤い続ける目を細めて頷くのを見たドレークは、どきりとした。
「ありがとう」
湿った、掠れたその声が発した言葉の意味合いの多さ……文句ひとつ言わず最後まで聴いてくれたことだろうか、自分の弱さに向き合ってくれたことだろうか、言った本人すらあまりよく分かっていない。ドレークはいたたまれなくなって、落ちていく涙を指で拭った。アプーは、哀れみを持ったドレークの目がじっと自分を見据えていることに怯え、少し俯いて、拭った指の上に手を重ねた。その手は、大きくも小さくもあった。その手で、アプーにも血が通っているのだ、そういった実感を初めて抱き、ドレークは心に沁みる罪悪感の痛みに顔を歪めて、後、どこか感慨深くさえなってくるのだ。一時間にも満たない小さな夜は過ぎていった。
日が経ったある日、
「ん、じゃなくて、う、ですね。笙、それがこの楽器の名前でございます」
仕方なく連れて来られた宴の間に、見知った楽器があったので訊いたまでだ。それで分かったことだが「ション」という楽器はどうやら、ワノ国には存在しないようだ。ただ、ドレークはそれで、なんとなくではあるが、アプーが以前に自分を呼び「笙」を吹いた後に涙した理由の断片を、掴めたような気がした。相変わらずどれがどんな旋律を吹いているのか分からないが、その楽器だけは判別できるようになった、そう思い込んでいるだけで自分の耳が捉えているのは別の楽器の音かもしれないが。
ただ、恐らくそのものと思われる音を聴きながらドレークは思ったのだ……音量が物足りない、と。
余談
「Sheng」の読み方は「アジアの楽器図鑑」というサイトを参考にしています。読み方が違うのではないか、と感じた方は把握をお願いします。
「Sheng」の音色につきましては「アジアの楽器図鑑」サイト内の動画、またはYouTubeにて大阪七絃琴館さんの中国笙の動画(曲名はG線上のアリアで中国の曲ではありませんが)を各自で見ていただければと思います。