きっとそれは、悪意ですらなく 前編①
シャボンディ諸島。島と呼ばれているがその実態は『ヤルキマンマングローブ』と呼ばれる 木によって形成された島である。更にいえば“世界貴族”が住むマリージョアの近くでもあり、海軍本部マリンフォードの近くでもある。
そして何よりも重要なのはこの場所が偉大なる航路の前半、その終着点とも呼べる場所であるということだ。正規のルートであろうと魚人島を経由しようと、一度はここに立ち寄ることになる関係かこの場所は非常に人が多い。
今は大航海時代だ。特にその手の無法者が多く訪れているため普段の治安は決していいとは言えない。海軍本部のお膝元であるというのにだ。
しかしこの日──いやここ数日はそうではなかった。
普段数多く訪れる無法者たちは出来うる限り気配を消し、むしろ一般の庶民たちがこのシャボンディ諸島に集結している。中には王侯貴族まで混じっている有様だ。
どうしてそんなことになっているのか。その原因はとある二人なのだが──
「いいですか。絶対です。絶対に騒ぎは起こしてはいけません」
本来なら部下の立ち位置であるはずの女性海兵──オリンが自身の上官二人へと言い含めるように告げる。半分くらい無駄じゃないかと彼女自身は思っているのだが、言わないわけにはいかない。
ここはシャボンディ諸島。いつもとは少々事情が違うのだ。
「よしわかった。騒ぎを起こさなきゃいいんだな」
「うん、わかった。騒ぎを起こさなければいいんだね」
そして彼女の上官二人はうんうんと頷く。なんか似たような光景を何度も見たような、とオリンは内心で呟いた。
(デジャヴ?)
いや実際にあった出来事である。しかも何度も過去に同じやり取りをしている。
基本的にトラブルメーカーと思われている二人であるが、本質は少し違う。意外と本人発信のトラブルは少ないのだ。単純に第三者の『何か』を目撃し、手を出し、そして騒ぎが大きくなるというのがお約束である。
それは美徳ではあるのだ。そうして彼らに救われた人は大勢いる。だがそれはそれ。これはこれである。
「まあお二人は今日は半分オフですからね。あまり口うるさく言いたくはないんですが、明日のこともあります。お願いなので騒ぎは起こさないようにしてください」
この場の三人は小型の船──それでもそれなりにしっかりした船ではあるのだが──でマリンフォードからここシャボンディ諸島に来ていた。その目的としては明日行われるイベントの事前準備のためである。
だが二人が必要になるは今から数時間後であり、それまでは暇だ。そのため空き時間をオフにしたいという二人の希望もあって早めにシャボンディ諸島に来ている。
ちなみにオリンは仕事である。二人のお目付役とも言う。
「前にも言ったけど、オリンってお母さんみたい」
「前にも言いましたけど、せめて姉って言いません?」
二人のうち女性の方──ウタの言葉に対し、オリンはそう言葉を返す。まだ母という年齢ではない。この二人とは数歳差しかないのだから。
ちなみに今のウタの衣装は普段の『仕事着』とは全く違う格好だ。装飾の少ないブカブカの大きなパーカーを羽織り、短いスカートを着た楽な格好。オリンたち部隊の女性隊員でいくつか用意した普段着の一つだ。ウタ自身が選んだ私服は……うん、なんというか個性的なので。
更に今は髪型も普段とは違い三つ編みにしている。これはオフの時、彼女の隣にいる青年がやっていることだ。一つのお約束である。
「ダダンとはまた違う感じだよな、オリン」
「ダダンは肝っ玉母さんって感じだもん。オリンは何だろ、世話焼きお母さん?」
笑いながら言う青年に対し、顎に人差し指を当てつつ言うウタ。二人の言うダダンという人物については何度か聞いたことがある。この二人にとっては文字通り母親代わりというか、母親そのものであった人物とのことだ。
ちなみに青年──ルフィの格好も『仕事着』とは違うが、ウタほどの変化はない。赤いベストに青のズボン、そしてトレードマークの麦わら帽子。最近は『仕事着』としてスーツを着ることも増えた彼が昔からしていた格好だ。オリンにしてみると割と見慣れた格好である。
邪気のない笑顔のルフィとウタ。その二人を半目で見ながらオリンは言葉を紡ぐ。
「大佐まで……私は母親ではありません。お二人と違って予定がないので」
「いや私も予定はないよ!?」
ウタが即座に反論してくるがその顔はほんのり赤い。ルフィも少し視線を逸らしている。
大海賊“金獅子のシキ”──今や“伝説”と共に語られるその男が引き起こした大戦争。あの後にも色々と騒動はあったのだが、あの直後くらいから二人の雰囲気が変わったのをオリンは察している。
正直オリンにしてみるとようやくか、という想いはある。なんだかんだで数年近い付き合いなのだ。嬉しくもあるし、羨ましいとも思う。
「まあ照れ隠しは置いておいて」
「え、酷くない?」
「今更です。……何度でも言いますが、絶対に騒ぎは起こさないようにしてください。お二人にはこの後、シャボンディ諸島での前日挨拶もあるんですから」
言い切ると、オリンはまあ、と笑みを浮かべた。
「楽しんで来てください。遊園地もありますし、今は賑わってもいます。これからのお二人は忙しいでしょうし」
「それはお互い様でしょ。──オリン大尉」
微笑みと共に言うウタ。そうですね、とオリンも微笑んだ。
今の彼女は正義のコートを纏った『仕事着』だ。二人をここに送り届けた後、舟番をしながら色々と書類の確認をする予定がある。実質的に二人のマネージャーのような役目まで負わされている彼女は常に仕事が山積みだ。
だがそれを苦に思ったことはない。この二人は彼女にとって間違いなく“光”であるのだから。
「では楽しんできてください。──ウタ中将、ルフィ中将」
海軍式の敬礼で二人を送り出す。対し、二人も笑みと共に海軍式の敬礼を返した。
「ありがとう」
その笑顔に、オリンは見覚えがあった。
二人の部隊に所属することが決まって少しした頃。突発的な貧しい村でのウタのライブ。そこで半ば封印していた楽器の演奏をした彼女に対し、二人が向けてくれた笑顔。
(変わってない)
この二人は、あの日からずっと変わらないままに真っ直ぐで。
だからこそ、信じられる。
──未来を。
◇◇◇
未だ完全復興とはいかないが、マリンフォードはその機能を取り戻しつつある。特に明日のために海兵たちや多くの職人たちが働いており、今日も賑やかだ。
その海軍本部における最高責任者である海軍本部元帥、センゴク。彼の部屋には今日も今日とて凄まじい量の書類が集まり山積みとなっているのだが、今の彼は書類には目を通さずこの部屋の来客四人と相対していた。
そこにいたのは今の海軍における最高戦力たちだ。
海軍本部大将たる赤犬、青雉、黄猿の三人と。
海軍本部中将、“海軍の英雄”ガープ。
そこに“仏のセンゴク”と呼ばれる男を含めた五人が集まるなど尋常な事態ではない。場合によっては世界を揺るがす何かが起こっているのではないかと邪推するような状況であるが、この五人の雰囲気は和やかだ。
「──そうか、わかった」
こちらへと告げられた電伝虫の報告に対してそう頷くと、センゴクは受話器を置いた。連絡の相手は二人の部下であるオリンだ。本来なら大尉である彼女とセンゴクが直接連絡を取ることはないのだが、今回は別。あの二人のマネージャー役というかお目付役をセンゴク直々に命じられているためにこうして連絡を取っているのだ。
そのお目付役の報告によると、二人は無事にシャボンディ諸島に到着したらしい。
「二人は無事に73番GRに到着したようだ。……二人だけで出歩いているのは不安ではあるが、まあ大丈夫だろう」
「心配性ですねェ、センゴクさん。あの二人も流石にこの短時間で騒ぎは起こさんでしょう」
言ったのは黄猿だ。その彼に対し、いや、と反応するのは赤犬である。
「ボルサリーノ、わかっちょらんのう。……あいつらは目を離せば何をしでかすかわからん。わしらの想定の斜め上を行きよる」
「あれで問題起こすつもりはないってんだからどうなってんだか」
呆れた様子で言うのは青雉だ。その視線は茶を飲んでいる“英雄”に向けられている。だがその人物は意に介した様子がない。
そんな空気の中、センゴクが言葉を紡ぐ。
「ウタの方はまだ大丈夫だ。一人ならそう問題は起こさん。ルフィと一緒だと……まあ、あれだが、ストッパーになってくれることはある」
「じゃあ問題はあの子ですねェ?」
麦わら帽子の“新時代の英雄”の姿が同時に映る。齢17にして既に比類なき功績を打ち立てた青年であるが、同時に海軍史上においても有数の問題児でもあるのだ。この場の全員が──一名怪しいが──何かしらの後始末の役目を負わされたことがある。
悪いことをしているわけではないし、するつもりもないからこそ厄介なのだ。やりたいこともやろうとしていることもわかるし、それは確かに市民を救う行為である。しかし手段がおかしいことがあまりにも多過ぎる。
大体彼に対する説教はその手段が原因なのはそれが理由だ。
「ルフィも17じゃ。そろそろ落ち着くと思うんじゃがのう」
他人事のように言うガープ。その言葉に全員の心が一つになる。
「「「いやあんたが言うな」」」
三大将、見事なハモリであった。ガープがセンゴクへと視線を向けるが、ふん、とセンゴクは鼻を鳴らす。
「貴様に一番迷惑をかけられたのは誰だと思っている?」
味方がいないことに気付き、ガープは煎餅を黙して齧り始めた。そんな彼を何とも言えない表情で見ていたセンゴクは気を取り直すように咳を一つすると、今回の本題に入った。
「話がかなり逸れたが、本題に入ろう。まずは今日この後の前日挨拶だが、60番GRの準備はほぼ完了だ。映像通信のテストが終われば後は時間通りにやるだけだな」
そう──今日はシャボンディ諸島で明日のイベント、その前日挨拶が行われるのだ。その準備などでずっと休みもなかった二人を数時間だけでもと自由にさせたのはセンゴクの判断である。
大海賊“金獅子のシキ”と海軍の間で起こった戦争より数ヶ月。その戦の功労者たちは既に勲章を授与されたり昇格したりとその功績を讃えられていた。だがこの戦争において最大の戦功を挙げた二人は勲章の授与こそあれ、昇格は公式では発表されていない。
これについては一時物議を醸したか今は収まっている。理由は単純だ。その件について一つの噂が流れているからである。
「今日の前日挨拶はモモンガ中将が現場責任者だ。多少の混乱はあるだろうが彼なら問題はないだろう。問題は明日だ。このマリンフォードでのイベント──それもあの二人を中心としたものである以上、想定内には収まらん。イベントは明日だというのに既に来ている者も大勢いるしな」
腕を組んで言うセンゴク。そう、今日と明日はあの英雄二人が再び世界に対してその姿を見せるイベントの開催が予定されていた。
主なイベントはウタのライブだ。彼女の戦争を終わらせた歌声はシャボンディ諸島にも映像と共に届いており、戦争の終結の後彼女のライブを希望する声は非常に多かった。だがウタ自身が重症であったしマリンフォードの被害も大きくすぐにはできなかった。
だがウタの傷も癒え、マリンフォードの復興にも目処がついた頃。世界に英雄が健在であること、マリンフォードが──海軍本部の“正義”が屹立していることを示すべきだという意見が内部から出始めた。そこで計画されたのが今回のイベントだ。
準備にも相応の時間がかかったが、幸い全体的にモチベーションも高く順調に行っている。
「事前の噂という形でのリークはしているが。……あの二人は中将へ昇進する」
改めて、といった調子で言うセンゴク。既にその事実はこの場の全員に伝えられている。小さく笑うのはガープだ。
「わしと同階級か。……早いのう」
「早過ぎる」
ガープの言う早いとは別の意味で早いと断じたのは赤犬だ。その彼に対し、センゴクは肩を竦める。
「そうだな。私もそう思う。だがあの二人の功績と影響力を考えるとここが妥協点だ。……世界政府の中には大将に推す者もいるくらいだぞ」
「そいつは更に早過ぎる。重過ぎる責任はあいつらを潰すだけでしょう」
言うのは青雉だ。そうだねェ、と黄猿が頷く。
「ただ上の方針もわからんでもないのが苦しいねェ、センゴクさん」
「……この大海賊時代には象徴が必要だ。“正義”の象徴が。それを十代の若者に背負わせるというのは酷ではあるがな」
一度センゴクは息を吐く。そして、だが、と彼は言葉を続けた。
「それほどまでに……世界は病んでいるのかもしれん」
二十年も生きていないような若者たちに、世界の“正義”と“希望”を背負わせなければならないほどに。
この世界はもう、どうしようもなく病んでいるのかもしれなかった。
沈黙が降りる。その中で言葉を紡いだのは青雉だ。
「それだけじゃないでしょう? あの二人に背負わせるのは」
「そうだな。私もまた業が深い。……ガープ、いいな」
「いいも何もありはせんわい」
煎餅を食べる手を止め、ガープは言う。その表情には強い決意のようなものが宿っていた。
「あやつらがそれでいいと言ったのであれば。わしはそれを受け入れるだけじゃ」
強い言葉だった。そこに込められていたのは、純粋な家族への想い。
大切な二人への、確かな気持ち。
センゴクはそんな彼に頷きを返す。そして一度目を閉じると、決意と共に言葉を紡いだ。
「二人の出自について。明日のイベントが終わり次第世界中に公表する手筈になっている」
それは既にこの場の全員には内々で伝わっていた話であった。だが全員がそれぞれにあの二人に対する情を抱いている。はいそうですかと飲み込める話ではなかった。
だが今は何も言わない。センゴクの言葉を待っている。
「“海軍の英雄”ガープの孫。……だが同時にそれは“世界最悪の犯罪者”ドラゴンの息子であるということでもある」
何という数奇な人生を歩む一族であるのかとセンゴクは思う。モンキー・D・ルフィという存在は一種の奇跡だ。その人生の歩み方、価値観によって彼はどちら側にも転び得た。
今の彼は海兵だが、海賊でも革命軍でもそのどちらでもない無法者になることもあり得たのだ。その未来を考えると肝が冷える。あれだけの影響力と才能を持つ者が秩序の敵となった時、何が起こるのか。想像もできなかった。
「そして“四皇”の──“赤髪のシャンクス”の娘であるという事実。共に大犯罪者の子供であるというその事実が世界へと発信される」
室内に重い空気が漂う。それは事実の羅列だ。あの二人は生まれた時からそれほどの業を背負ってきている。
「あの二人は希望になる。海賊になるしかなかった者、罪を犯すしかなかった者、生きる上で“悪”となるしかなかった者たちにとっての。──そうではないと。こういう生き方もできるのだと。“そうするしかなかった”などということはないのだと」
綺麗事だ。おそらく多くの非難があるだろう。掌を返すように二人の出自を責める者もいるかもしれない。
だがそれでも。
出自によって“悪”にならなければならないなどということはないのだと。
少しでも、そう伝われば。
「あの二人は今以上に多くの世界の声に晒される。……すまないが、支えて欲しい」
「……可愛い後輩だ。当たり前でしょ」
そう言ったのは青雉だ。彼は同僚の二人へも同意の視線を送る。
「当たり前じゃァ」
「そうだねェ〜」
二人がそれを既に了承していることもこの場の全員が知っている。本人たちが覚悟を決めているのであれば、他の者がどうこう言う資格はないのだ。
「ありがとう。そしてもう一つだが。……あの二人に限らず、そろそろ世代交代を考えなければならないと思ってな」
その言葉に三大将が眉を跳ね上げた。センゴクは微笑を浮かべ、言葉を続ける。
「“正義”とは価値観だ。世代は超えられない。……私とガープは引退の準備を進めている」
「シキも倒れた今、古い時代はもう終わろうとしておる。丁度いい頃合いじゃ」
海軍を常に引っ張り続けてきた二人の引退。それは世界中にとてつもない衝撃をもたらすだろう。この二人は存在するだけで抑止力となるだけの力を持っている。
いや──だからこそか、とこの場の大将たちは理解した。
最早自分達の時代は終わったのだと。その次に来る者たちの姿がこの二人には見えているのだ。
「……“新時代”か」
呟くのは赤犬だ。それには応じることなく、センゴクは立ち上がる。
「私の後任については完全に白紙の状態だ。故にこれはただの老兵の宣言だと思ってくれ」
その時のセンゴクの表情は晴れやかだった。まるでようやく……本当にようやく、背負っていた重い荷物を降ろしたかのような。
「酷いねェ〜、センゴクさん」
そんなセンゴクに対し、黄猿が笑みと共に言う。
「わっしらにあの子たちの世話を任せようってんでしょう?」
「はは、そうだな。あの二人は中将になるんだ。二人の面倒を見るのは元帥の仕事になる」
大変だぞ、と笑うセンゴク。その言葉に顔を見合わせる三大将。その中で最初に声を上げたのは黄猿であった。
「キミがやりなよォ、サカズキィ〜」
「ボルサリーノ……わしに面倒を押し付けようとしちょらんか?」
「あの二人に一番もの言えるのはお前だろうしな」
「一番関係が良好なのはお前じゃろうがクザン」
「つまり二人のどっちかということでどうかねェ」
「一番あの二人に対して中立って意味ならそっちだろ。逃げんな」
海軍本部最高位の押し付け合い──というより問題児二人の世話役を押し付け合う海軍本部最高戦力たち。そのやりとりを笑って見ていたセンゴクだが、彼は安心しろ、と言葉を紡いだ。その指でガープを示しつつ。
「この男に比べれば遥かにマシだ」
「む、聞き捨てならんのうセンゴク。いつわしが世話をかけた」
「ほぼ毎日だな」
「そりゃお互い様じゃ」
「それこそ聞き捨てならんが?」
同期二人の言い合いが始まる。その光景を見る三人は呆れるか笑うか我関せずか。
だがこの時、確かに“未来”はあったのだ。
「大体貴様はな! 入隊初日から騒動を──」
「お前こそ最初の訓練で──」
時代を築いた英雄たちが去ることを決めた。ならば残された者たちの役目は一つ。
引き継ぐこと。この世界に“正義”があることを示し続けること。
差し当たっては。
間違いなく忙しい今日と明日を乗り切ることだ。
◇◇◇
「んー! 美味しかった!」
満面の笑顔を浮かべ、満足そうに言うのは紅白の髪の女性──ウタだ。最初は被っていた大きなフードも外し、ご満悦の様子である。
「いやー! 食った食った!」
その隣の青年──ルフィも笑顔だ。つい先程まで二人は明日と今日のイベントを控えていくつも開かれている出店で食べ歩きをしており、お腹いっぱいの状態だった。
ウタは主に甘いものを中心に食べており、つい先程にはソフトクリームを食べていた。ルフィはそれこそ手当たり次第といった様子であるが、特に肉類に関しての食いつきがいい。
有名人である二人だ。最初は正体を隠していたのだがそのうち気にしなくなっていた。最悪騒ぎになっても『後で謝ればいいや』の精神である。彼らの上官たちの苦労が偲ばれる。
だが実際、二人に気を払っている者は少なかった。皆数時間後に行われるイベントの方に意識が向いているし、普段なら目立つトレードマークの麦わら帽子とヘッドフォンも着けていない者がいないくらいには誰もが身につけているせいで目立たない。
「話には聞いてたけど、凄いねー」
ルフィの左側を歩くウタが周囲を見てそう言葉を紡ぐ。麦わら帽子とヘッドフォン。それが市民の間で大流行しているとは聞いていたが、まさかここまでとは。
「アラバスタでも似たようなことになってたな」
いつの間に手に入れてきたのかたこ焼きを食べながら言うルフィ。彼の言う通り、アラバスタ王国でも事件の後は麦わら帽子とヘッドフォンがヒーローの証として流行していた。事件後にライブのために訪れた際は照れ臭く思ったものだ。
「あ、ルフィ。いつの間にたこ焼きなんて」
「お前も食うか?」
「うん。あー」
「ほい」
口を開けるとルフィがたこ焼きを一つ放り込んでくる。熱々でとても美味しい。
それを食べ終えると、ウタはルフィの口元にソースがついていることに気付いた。ウタはハンカチを取り出し、手を伸ばす。
「ちょっとじっとしててルフィ」
「ん、おう」
こういう時は素直だなと思いつつ、その口元を拭う。ルフィはされるがままだ。
周りから見るとバカップルと言ってもいいような光景なのだが本人たちにその自覚がない。これが当たり前だと思っているためだ。
……彼らの周囲の者たちの苦労が偲ばれる。
「次どこ行こっか?」
「そりゃ遊園地だろ!」
腹ごしらえも済んだし、というところで二人は次の目的地について話し始める。目を輝かせてルフィが言う遊園地とは『シャボンディパーク』のことだ。
ここシャボンディ諸島には有名な観光地でもある。偉大なる航路を前半と後半に分ける“赤い土の大陸”の前半側にあるこの島から正規のルートで後半の海である“新世界”へと行く場合、新たな船を購入して大陸を横断するという方法が取られる。そのためというべきかここには多くのホテルがあるし娯楽がある。近くに海軍本部マリンフォードがあることも大きいだろう。そこに住む海兵の家族が訪れることも多いのだ。
人が集まる場所には金が集まる。金が集まるということは物資が集まり、更に様々なサービスが増えていく。世の真理であった。
そしてその上で最上位の娯楽施設。それがシャボンディパークである。
「遊園地か……よし、行こう!」
「ししし、楽しみだなァ!」
ルフィの提案に即答で応じるウタ。実を言うとこの二人はシャボンディ諸島を訪れたことがほとんどない。訪れても僅かな時間だけであり、今日のように自由に動き回ることは少なかったのだ。
なんだかんだで忙しい二人である。仕方ないことなのかもしれなかった。
「ええと、シャボンディパークはどっちだっけ」
「あっちの方だろ」
「うんつまりそっちじゃないね」
ルフィが凄い顔をしていた。その頭を軽く撫でるようにして二、三度叩き、やはりルフィが言った方とは逆方向をウタは示す。
「こっちだね」
「……いやわかってたぞ?」
「出た、負け惜しみィ」
両手を頭の近くに上げてのいつものポーズ。ぐぬぬ、とルフィが唸る。そして彼はすぐに答えた。
「よしじゃあ勝負だウタ!」
「いいよ。内容は?」
「どっちが先に遊園地に着くかだ!」
「却下」
いつもならウタはルフィの勝負にすぐ乗るのだが、今回ばかりは却下した。それは勝負にならない。
「なんでだよ!」
「ルフィ一人で無事に辿り着けるわけないでしょ」
「そんなことねぇよ!」
「さっき間違えてたじゃん」
ウタのその言葉に言葉に詰まるルフィ。そんな彼に対し、はい、とウタは右手を差し出した。
「勝負は遊園地でしよ? 今は一緒に歩きたいし」
「……まあ、いいけどよ」
差し出された手を当然のように左手で握るルフィ。そうして二人は並んで歩き出す。
そうしてから、当たり前のように言葉を交わすのだ。
幸せだった。
間違いなく、幸せだった。
こんな日々が、いつまでも続くと思っていた。
それを疑うことさえしていなかった。
するはずが、なかったのだ。
あんなことが起こる可能性など。
──誰一人、想像さえもしていなかった。