「「それはきっと、あり得た未来」」

「「それはきっと、あり得た未来」」


「……んあ?」

何処だここ?私は寝ていたのか?

身体を起こしながら目を擦る。広がる光景は、見慣れた道場だ。


「私、何してたんだっけ…?」

直前の記憶が無い、なんで私は道場の床で寝てんだ?あいつに気絶でもさせられて…いや、それは無いよな。昔はともかく、あいつが今の私を気絶するまで打ち込む理由はない。まさかあいつが力加減をミスるなんて事もないだろうし…。


「…そもそも人の気配もしないし、なんか雰囲気が、うわっ!?」

後ろを振り向くと、人間大ぐらいの「穴」があった。先の見えない黒々とした穴が、空間そのものに空いて蠢いている。


「何だこれ、私ここから出てきたりした?そんな覚えないぞ…」

状況から考えてその可能性が一番高そうだが、流石に何も分からない状況でこんな穴に入るのは気が引ける。


「…とにかく外にでも出てみるか」

奇妙な穴に背を向けて私…花園ゆりねは、外へと足を踏み出した。




(何だこれ、何がどうなってるんだ?)

街の風景は、全く見慣れたものだった。私が暮らす街、生まれてからずっと見続けた「ありふれた普通の街」。ただ、何処にも人がいないという事を除けば、だが。

あと、空がなんだか赤黒い。夕焼けとも違う、不気味な空模様だ。


(そもそもこの状況は何、私は夢でも見てるのか?…何も分からない)

無音の街を歩きながら考える。夢にしては現実味があるような感覚。そうなると疑わしいのは、魔法の関与だが…それも考えづらい。あのリーマンの影響は綺麗サッパリ世界から排除されたって話だったはずだ。


(…ん?)

疑問を浮かべてあてもなく歩いていると、微かに音が聞こえることに気づいた。甲高い音、鈍い音、それは発信源が遠いだけで、とても大きな音のようだと思った。


(行ってみるか)

何も分からない状況である以上、何かしらの手がかりは欲しい。とりあえず音のする方に行ってみることにした。


(…これは)

音に近づくと、それに既視感があることに気づく。

(これは、この音は)

自然と歩みが早まる。甲高い音は、金属がぶつかる音だ。鈍い音は、肉体がぶつかる音だ。戦う音だ。


途中から聞こえ始めた水音は、水銀の音だ。


気づけば走り出していた。何も分からない不安の中に、一つの確信を得ながら、音の方へと走る。




かくして、音の発生源にたどり着いた時、戦いは終わっていた。倒壊した家々、あちこちが金属と化した歪な光景が、水銀で彩られている。

その中心にいるズダボロの「人型」は、銀色の手足をしていた。


それは、「魔法少女ガーゼット」だった。


「ア?ナニ、あんタ?」

「…っ!」

視線が合う。遠目でも分かるほどにソレの全身は傷だらけで、それは顔も変わらなかった。鼻っ面が殴り抜かれたように歪み、頬は切り傷だらけで、右目は縦に切り裂かれている。首に打撃でも食らったのか、声にゴロゴロと異音が混ざっているのが分かる。


(『ガーゼット』がここまで傷つくとか、一体どんな…)

「マあいいや。」

「ッ!?」

地面が銀色に変わる。目の前から人影が消える。

「とりあエず死ね。」


「…オオ?」

「ぐっ、あぁっ!」

ほぼ無意識だった。咄嗟に前へ全力で飛び出し、地面に思い切り倒れ込む。

地面に薄く水銀を張り、その上を滑るように背後へ回り込んで貫く。かつての私の、ガーゼットの常套手段だった。その事に思い至って動けたのは、奇跡と言っていい。


「もしかしテアンた、強イ?」

「っ、だったら、何だよ!」

致命傷は避けたが、手刀は左肩に直撃している。痛みが激しいが、目の前の「怪物(魔法少女)」から目を離すわけにはいかない。

投げやりに答えると、ソレはじわりと表情を変えた。

笑っている。私なんか比較にならない重傷を負いながら、おもちゃを見つけた子供のような笑顔で私を見ている。


「そっか!じゃア戦おうぜ!!」

「ーっ、クソがっ!!」

確信が深まった。こいつは、間違いなくあの頃の私だ、ガーゼットだ。


魔法少女とただの人間。絶望的な戦いが始まった。




「…まあ、割ト楽しめたナー」

「そうかよ。っ、こっちは最悪だ馬鹿野郎。」


当然だが、魔法少女と人間が戦って勝てるわけもない。辛うじて攻撃を避け、流し、何度かモロに受け。こちらから仕掛ける余裕なんて無い。そもそも自由に金属化できるガーゼットに直接攻撃なんて下策なのは私が一番よく知っている。

こっちももう傷だらけだが、ガーゼットも大概の筈だ。ズダボロの身体を、高揚感だけで引き摺り回しているような状態。その上、手加減なのか金属化も碌に使ってこなかった。だからこそ辛うじて生き残れたが、それももう限界だ。


「久シぶりに違うヤつと戦えて楽しカッた。ジャアな。」

「……」

逃げる事は、もう出来ない。ならば──


「───」

「ガ、ァァ!?」


砕けた地面の中に紛れ込んでいた、一振りの刀を掴み、振り抜く。

狙うは奴の左目!!目が見えなければ、金属化して防御も出来ない!!


「ハァーーーーーーッ!!!」

「グガ、ッ、───」


そのまま切り返し、胸を貫く。一度痙攣したソレは、そのまま動かなくなった。


「……危なかった…」

綱渡りの勝利だった。攻撃を避けながらどうにか打開策を探して、瓦礫に混じった刀を見つけて、奴が一番油断するタイミングで刀を振り抜けるように誘導して、防がれないように目、胴の順に潰す。勘付かれれば終わり、刀を避けられたら終わり、最後の一撃を勘で金属化して防がれたら終わり。ハッキリ言って、もう二度と勝てないだろう。


「勝てはしたけど、結局何も分からないじゃねぇか…」

事情を知ってそうな「私」は死んだ。結局ここは何処なのか、何故人がいないのか、何も分からないままだ。というか、正当防衛とは言え並行世界の自分(?)を殺してしまったし…。

倒れ伏した死体を眺めながら呟く、次の瞬間。


「…は?」

死体が、掻き消えた。風に吹かれた灰のように、何もなかったように消えていった。


「ッ待て、待て待て待て待てよ…!」

頭を過ぎる、最悪の可能性。──アレは、まだ死んでいないんじゃないか?何かの手段で蘇ってくるのでは?


「クソッ、本当に何なんだよ、あいつも、この場所も!!」

ただの推測だ、直感だ。分からない、分からないが、とにかくここに居るのだけは不味い気がする!

もう怪しいとか言っていられない。この謎の世界から出られそうな糸口は一つ、道場にあった「穴」だ。アレに潜ってみるしか無い。

何をしても痛みが走る体を、どうにか動かして走る。


走りながら考える。あの場所の状況と、わずかにアレが…ガーゼットが話していた事。

あいつは、何と戦っていた?あの場には、戦闘痕が無数にあったし、あいつの身体もボロボロだった。だがあの場にはアイツしかいなかった。死体もなかった。……アイツと同じように、消えたのか?


──久シぶりに違うヤつと戦えて楽しカッた。ジャアね。


あの口ぶり、おそらくあいつは決まった相手としか戦っていない?この誰もいない世界で、決まった相手とだけ戦ってている…?


「まさ、か。」

まさか、ここは、この世界は。




「東宮」と、表札のある立派な屋敷にたどり着く。ここを出た時は、まさかこんな有様になるなんて全く思ってなかった。とにかく道場へ行かないと…!


足を引き摺り、息も絶え絶え。もしガーゼットが追いかけて来れば絶対に勝てない。そんな考えが頭を駆け巡る。息が詰まる。

そうして、道場の扉を、なけなしの力を込めて開き、踏み込んだ。



「───あ。」

道場の真ん中には、人がいた。着崩した衣、肩には鎧のような装甲。そして、両手に握りしめられたのは、刀と、蛇の装飾のステッキ。


そして、その人間は、まるでたった今作り直されているように、首から上が無かった。黒い灰が首元へと集まっていき、じわじわと形を成していっているのが、よく見ると分かった。


「スタチュー、リーヴァー…」


私を倒した人。私と向き合ってくれた人。そのかつての姿が、そこにはあった。


「──」

「ッ、ガッッッ!!」

呆然とした次の瞬間、道場の床に叩きつけられ転がり、壁にぶつかって止まる。道場の内側に向かって、思い切り腹を殴り飛ばされたのだと、一拍置いて理解した。


「ごほっ、が、ぅぁっ」

咳き込みながら顔を上げる、私がさっきまで立っていた場所に、スタチューリーヴァーが立っていた。首がないのに動くなんてどういう事になってるんだアレは。


「……何よ。」

「ッ!!ぐふっ、はぁ、はぁ…」

「この程度で、何でそんな有様なの。とっとと来なよ。」

見たところ、口元まで身体が構築されたらしい。だから喋れるようになったのか?いや、本当にどういう仕組みなんだアレ。思わずどうでもいい事を考えてしまう。

身体はとっくに限界だ。あの「怪物(魔法少女)」を出し抜いて、道場の奥側にある穴に飛び込むなんて出来そうもない。ハッキリ言って、打つ手がない。


「まって、私、は「ずいぶんボロボロのままここまで来たんだ?まあいいけど、今回は確実に殺すから。」

(あっ駄目だこれ聞こえてない、耳がまだ出来てないのか?)

本当にアイツなら、会話さえできればワンチャンありそうな気がするが、それすら許してくれないかぁ…


(…いや、諦めるな。アイツも言ってただろ、「生きてたらいい事ある」って)

全てが巻き戻ったあの日。希望も未来も失った気がして絶望した私に、アイツがくれた言葉。

裏切るわけには、いかない。まだ、死にたくはない。


「──」

(ッ、来る!)

微かに息遣いが変わる、攻撃が来る!

気合いで上体を起こす、視界の端に倒れた木刀が映った。


「ヤァッッ!!」

「──ッ」

「ハッ、ァッッ!!」

拾った木刀を勘で振り抜き、刀の一撃を受ける。続けて振られた刀を、さらに弾く!

だが、そこで木刀は派手な音を立てて砕け散った。


(クソッここまで…いや、まだっ!)

次の斬撃を避けるため奴を見据える。

…だが、彼女は刀を弾かれたまま立ち尽くしていた。


「…何よ。」

「え?……ぐうっ!?」

急接近されて胸ぐらを掴まれ、壁に押し当てられる。不味い、これじゃ避けられない…!


「なんでお前がその剣を知ってる?」

「何、って、」

「その太刀筋は、それは──『私達』の剣じゃないか。」

「…?」


何を聞いているんだ?何を話して…いや、これはまさか…


「その弾き方、振り方は、ウチの流派のだ。お前が殺した、父さんから教わったものだ。──私が、お前を何度でも、より多く殺すために!捨てた剣術だ…!!」

「なんでお前がソレを使う!!!答えろ!!!!」


──やっぱり、そういう事なのか。


推測が確信に変わる、この場所は、この世界は…

「魔法少女ガーゼットが勝利した世界」だ。

彼女が望んだ永遠の闘争、その相手に選ばれたのが、彼女だったんだ。彼女は、スタチューリーヴァーは、家族を殺された憎悪を糧にして、ガーゼットと永遠に戦い続けている。戦わせられている。何度死んでもここで蘇って。何度殺しても何処かでガーゼットも蘇る。そんな、無限地獄の世界が、ここなんだ。

…あの場にあった刀、やっぱり遺のモノだったのか。


いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。彼女は『質問した』、ならば多分耳も聞こえてる筈…!


「私は、花園、ゆりね!別の世界の!多分、こことは別の世界で、生きてきた!」

「私はそこでは負けて、世界は全部巻き戻った!それで、そっちの世界の、アンタに…えっと、拾われた!!剣は、そうして教わった。アンタに、東宮遺に!!!」


言えた、多分、聞こえた筈!頼む、これでなんとか…!


「…そう。そうなんだ。」

「そう!だから「知らないよ、そんな事。」ぇ──ッが、ァ…!」


頭を壁に打ちつけられる、首を掴まれる。納得してくれないか…っ!


「何処の世界とか、私と会ったとか。そんなの関係ないよ。お前がアイツなら、殺す。別の世界だとかで納得できるほど、私優しくないから。」

「…そっ、か…」


…じゃあ、しょうがないか。

それ程の事を、違う世界とは言え、私が彼女にしたんだ。それに、私だって抗争に勝っていたのなら、全く同じ事を願ったかもしれない。


この未来も、あり得たかもしれないんだ。


だから、これはきっと罰なんだろう。巻き戻しで無かった事になった全ての罪への、そして、かつての私への、罰。


「殺す殺す殺す何度だって誰だってお前だけは────ぁ。」

「……?」


迫る死を受け入れたその時、ようやく形成された彼女の目と視線があった。その瞬間、首にかかる力が緩んだ。

何…?そう思った次の瞬間。


轟音と共に、壁一面が砕け、またもや私は放り出された。


(…またかよ、もう)

ぶっ飛ぶの、これで今日何回目だろう。思わず投げやりに考えてしまった時、ぐちゃぐちゃになった道場に『私』の笑い声が響いた。


「何ぐずぐずしてんだよ!!待ちくたびれて迎えに来ちゃったぞ!!!」


銀の拳で道場の側面をぶち壊して、ガーゼットが笑う。霞んだ視界に映るその姿は、一切の傷もない五体満足だ。色々とふざけんなと言いたい。


「お?なんだ、お前もいるのか。ちょうどいいや、さっきの借りを返させてもらおうか?」

(あーーもう無理だよこんなの、諦めるとかそういう次元じゃないよこれ)


もう希望とか何も無い。どっちの手で死ぬかって話でしょこれ。


と、完全に諦めモードになった私の前に影が差す。

スタチューリーヴァーだ。彼女が私の前に立っている。…私を、庇うように?


「…動ける?アンタならまだ動けるでしょ。さっさとあそこのよく分からない穴に走って。多分それで帰れるでしょ。」

「ぇ…そんな、「いいから行け!!!そして二度とその面見せるな!!!」うぇっ!?は、はい!!」


(こっちだって好きで来たわけじゃ無いんだけど!)

どうにかフラフラと駆け出した直後、背後で轟音と剣戟の音が響き始める。何故彼女が守ってくれるのか、何故許してくれたのか。何も分からないが、今は、そんな事を考えてる場合じゃない…!


おぼつかない足取り、揺れる視界でも、黒々としたその穴はくっきりと見えた。なんとか前にたどり着いて、倒れ込むようにして穴の中へと身を乗り出す直前…


「ごめんなさい、遺!助けてくれて、ありがとう!!」

一言。できる限りの大きな声で、彼女へと言葉を残して。私は暗闇の中へと沈んでいった。




「…やっぱり、違うんだね。」

「何だよ、今日元気ないなお前。」

「黙れクソ野郎。」


道場に乗り込んできた、傷だらけの少女。花園ゆりねを名乗る彼女は、間違いなく私の憎悪の対象だった。私の、植え付けられた「ガーゼットへの憎悪」は、彼女を憎むべきモノとして認識した。


ガーゼットは抗争を勝ち抜いて、永遠に戦い続けられる世界を願ったらしい。そしてその相手に選ばれたのが、最後に戦った私。結果、蘇って不死身になった私に植え付けられたのが、「ガーゼットへの憎悪」だ。

私を、永遠にガーゼットと戦う「敵役」にするための、外付けの、永遠に絶えないガーゼットへの憎しみ。だからこそ、私が憎しみを抱く相手は、間違いなくガーゼットのはずだった。はずだったのに。


(あんな目されたら、憎めないじゃん。)


彼女は罪悪感を持っていた。そのまま死を受け入れようとすらしていた。

同じ人間でも、何もかもが違う事に気づいてしまった。

憎める筈が無かった。目の前にいるのは、怪物(魔法少女)じゃない、普通の少女なんだと分かってしまったから。


そして、彼女には剣への敬意があった。私が捨てた剣術を、彼女は見事に使ってみせた。おそらく言っていたことは本当なんだろう。別世界の私が、彼女に教えたのだ。


(そんな未来も、あったんだ。)


きっと最後の戦いの時、私がこいつを倒せていれば。

…もう、何もかも遅いんだろうけど。


「何ぼーっとしてんだ?来ないならまたこっちからいくぞー。」

「…いいよ、来なよ。今日は久しぶりに剣だけで相手してやるから。」

「え、マジ?アンタの視線警戒しなくていいの?やったぜ!!」


ああ、この地獄も、もしかしたら罰なのかもしれない。家族も、世界も、そして目の前の少女だった怪物も救えなかった、愚かな私への。


…まあ、だからといってこいつを憎まない理由はないし、何度でも殺すんだけど。


「じゃあいくぞー!!えっと、2億3千…何回目だっけ?」

「230655541回目の殺し合いよ、クソ野郎!!」


忘れない、こいつを殺した数も。こいつに殺された数も。

死んだ家族を思い出す。消えた仲間を思い出す。

外付けの憎悪に薪をくべる。

殺す、殺す。殺す殺す殺す殺す何度だって殺す。


この箱庭が滅ぶその日まで、お前を殺し続けてやる。




「今日ゆりね元気ないね、どうしたの?」

「変わった夢見たんだよ、心配すんなって。」

「そう?あ、気晴らしに放課後打ち合いでもする?」

「…ちょっとしばらく勘弁してほしいな、うん。」

「ええっ!?そんな、やっぱり体調悪い!?」

「色々あったんだよ!!色々!!」


青い空の下で、普通の少女たちは語り合う。

この幸せが、偶然得られた物に過ぎない事を噛み締めて、かつて怪物に成りかけた少女は、学校へと歩いて行った。


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