その後の二人

その後の二人


「はぁ……」


雲一つない晴れやかな空とは正反対の重苦しいため息が聞こえる。

というか私の口から出たものだった。

こちらの気など知った事かとばかりに海鳥が鳴いており、それが非常に腹立たしい。

ウソップに頼んで撃ち落としてもらおうか、何てとんでもない八つ当たりにまで思い浮かべる始末。

本当にやってもらうつもりは無いけど。


「ルフィ……」


ため息の代わりに口から這い出たのは大好きな恋人の名前。

今や四皇の一角に名を連ねる、フーシャ村で出会った幼馴染。

そのルフィこそが私を悩ませる原因である。

原因と言ってもルフィが何か悪い事をした訳じゃない。

…悪いのは、まぁ私だ。


今から丁度一ヶ月前、私はルフィと恋人として次のステップに進む事にした。

キスを済ませたならその次にする事と言うと、そりゃもうアレしかない。

初めては痛いって聞いてたし、恐くないと言えば嘘になる。

でもそんな不安も、ルフィがたくさんキスして頭を撫でて、私を目一杯甘えさせてくれたから和らいでいったのは良く覚えている。

後はもう挿入するだけとルフィのモノを受け入れたのだが、予想外だったのは尋常じゃないくらいに痛かったこと。

いや痛いのは知ってたけどまさかあそこまでとは思わなくて…。

頑張るという次善の意気込みはボワン!スーと消えてしまい、痛みを我慢できずルフィにキツい態度を取ってしまった。

行為に関してもそれ以上はする気も起きず、結局その日はお互い気まずい空気のままお流れに。

あんなにイチャイチャしたのに…。


という苦い結果で終わった初体験をナミちゃんとロビンさんに話したところ、二人からの返事はこう。

「前戯はしたの?」

……はい、していませんでした。

当たり前と言えば当たり前だ。

心だけがぽかぽかしたって体の方もちゃんと準備しなければ駄目。

大事なのは体より心だと言っていた当時の私へ、あなたそれ将来きっと後悔するよと言ってやりたい。

ルフィと一刻も早く繋がりたい気持ちばかりが先走って、大事な準備をすっかり忘れてしまった。


と、失敗を理解したなら反省しまた挑戦すれば良い。

今度はしっかり前戯をしてからルフィのを受け入れようと考えたのだが、新たな問題が発生した。

あれ以来、何度夜の誘いをしてもルフィは頑なに首を縦に振らない。

どうやら私に痛い思いをさせたのを相当気にしているようで、ルフィの中では私との初体験がトラウマになったらしい。

そのせいか、最近はキスやハグさえも滅多にしてもらえず寂しい思いをしている。

何度か私の方から抱きついたりキスをねだったけど、ルフィはこう言うのみ。

「暫くはそういうのもやめにしねェか?」と。

その時の苦しそうで、申し訳なさそうな笑みは忘れられそうも無い。


「……ルフィは何も悪くないのに」


悪いのは、気持ちばかりが先行して前戯を疎かにした私の方だ。

なのにルフィはキスやハグもしない自分を酷く責めているのが、あの時の顔で分かった。

本当だったら素敵な思い出になる筈だった私たちの初体験。

それがあんな結果になったばかりか、ルフィを傷付けてしまなんて。


「私じゃ無かったら、こんな事にはならなかったのかな…」


もっとちゃんと考える事が出来て、二人で一緒に気持ち良くなることを大切にする女の子だったら。

そういう人がルフィの恋人だったら、あんな悲しい顔をさせずに済んだのだろうか。

というか、あの日は痛みのせいですっかり気分が萎えてしまったけど、ルフィの方だって心底落胆したんじゃないのか。

私だけじゃなくルフィにとっても初体験だったのに、あんな形で終わったのだ。

もう私とセックスするのは懲り懲りだと思ってもおかしくはない。


セックスも、キスも、ハグもしない。

最近ずっと余所余所しい態度ばかり取っている私達を、果たして恋人と呼んで良いのだろうか。


「別れた方がルフィの為、なのかな…」


自分で言っておきながら泣きたくなって来る。

泣きたいのはルフィの方だろうに。

最低の形で私に初体験を奪われてしまったのだ、私なんかと恋人になるんじゃなかったと後悔しているかもしれない。

私はルフィに捧げるつもりになっていただけで、彼から大事な体験を奪っていた。

こんな女が一緒ではルフィと言えども嫌気がさすのは当たり前の話。

沢山教えてくれた私を好きな理由も、あの夜の失敗で全て過去のものと化したのだろう。

だが今になって私を嫌いになったとしても、もうあの夜の出来事を無かった事には出来ない。

取り返しのつかない事をしてしまったと悔やんでも、どうにもならなかった。


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その日の夜、私は一人で展望台にいた。

初体験するまではルフィと二人っきりになれるお気に入りの場所も、今となっては虚しさしかない。

心では寂しさを、体では酷く寒さを感じる。

手を握ってくれる彼は、私を抱きしめてくれる恋人はあの日以来ここには来ていなかった。


「寒い……」


私がそう言ったらすぐに暖めてくれたのに。

体も心も全部ルフィでいっぱいにしてくれたのに。

こうなったのは私の自業自得、私がルフィに失望されるような事をしたのが悪い。

どれだけ自分に言い聞かせても、ルフィを求める想いは膨れ上がるばかり。


「寒い…寒いよ…ルフィ……」


溢れる涙は一向に止まる気配が無く、頬が濡れたせいで余計に寒さが増す。

ルフィに抱きしめて欲しい。無理だ、来てくれる筈が無い。

ルフィに傍にいて欲しい。馬鹿を言うな、私なんかと一緒にいたい訳があるか。

求める心と否定する声の応酬が幾度も繰り返される。

それは涙を止める事も寒さを誤魔化す事も無く、ルフィへの想いをより一層強くさせるだけだった。


「ルフィ…私を一人にしないで……っ」

「おう」


ぎゅっと、体全部が急に暖かくなった。


「え……?」


私を包み込む暖かさ。

心から安心できる匂い。

短いけれど力強い声。

その全てを、私は知っている。


「ルフィ……?」

「ごめんな、ずっと寂しい思いさせちまって」


じわりと、またもや涙が溢れ出す。

けれどさっきまでとは全然違う、とっても暖かい涙。

私がずっと欲しかったものが全部ここにある。

それが泣きたいくらいに嬉しかった。


「寂しかった…ずっと、ずっと…寂しかったし…悲しかったよ…!一人だと…痛くて…寒くて……苦しかったよぉ……!!」

「うん…ごめん、ほんとにごめんな……」


十字の傷が刻まれた胸に顔を預け、心のままに全てを吐き出す。

その間、ルフィは強く私を抱きしめ続けてくれた。

もう二度と一人にさせないとばかりに、強く、強く。


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思う存分泣き、落ち着いたタイミングでルフィが教えてくれた。

ルフィもあの日以来ずっと悩んでいたのだと。

と言っても私が嫌になったとかではなく、ああいう形で私の初めてを奪ってしまい強く後悔していた。

もしかすると自分と別れた方が私の為なのかと思い詰める程に。

…そんなこと、あるわけない。

私はルフィが恋人で後悔なんてしてないし、この先も絶対にしないんだから。


「でよ、アイツらにも色々話聞いてもらったんだ」


私に気付かれないように一味の皆にも相談したらしい。

皆はルフィの話を茶化すでも怒るでもなく真剣に聞いて、それぞれアドバイスをしてくれた。


「それでなんだけど……ウタ」

「うん」

「おれともう一回……アレの続きしねェか?」


思いもよらない提案に暫し理解に遅れた。

アレって、つまりアレだよね?

続きっていうのはそういうことだよね?

一言も発さない私が怒っていると勘違いしたのか、ルフィが後悔を滲ませた顔で言う。


「わ、悪ィ。やっぱ嫌だよな…。あんなに痛がったのまたやるなんて、おれやっぱウタの事全然考えてやれてねェ……」

「あ、ち、違うの!全然嫌なんかじゃないよ!ただ……」


言い淀む自分を内心で叱咤して続きを口に出す。

ここで黙り込んではまた繰り返しだ。


「…本当に良いの?私が事前の準備とか考えなかったせいで、ルフィに嫌な思いさせちゃったんだよ?大丈夫なんて適当な事言って、それで私の勝手な都合で終わらせて……」


改めて、私は何をしてしまったんだろうと後悔する。

本当にルフィを愛しているなら、初体験をもっとちゃんと素敵な思い出にする為にやれる事はあった筈だろうに。

自分一人で舞い上がっていたのが嫌になる。


「勝手なんかじゃねェよ。おれ男だから想像も付かないけど、めちゃくちゃ痛かったんだろ?ごめんな、おれもっとウタの事考えてやれば良かった」

「ちが…!ルフィは悪くない!私の方こそごめんなさい…!私のせいで全部台無しにして、本当にごめんなさい……!」


自分の情けなさとルフィへの申し訳なさで、何度目になるのか分からない涙が流れる。

でもそんな私をルフィは放って置く気が無かったみたいで、目尻にチュッとキスをされた。


「ひゃっ!?る、ルフィ…?」

「ししっ、しょっぱいな」

「あ、当たり前でしょ!涙なんだから…」


真っ赤になって抗議するもどこ吹く風で頭を撫でられる。

おのれルフィめ…不意打ちとは卑怯だぞ。船長の癖に、年下の癖に。

そんな風に目で訴えるも撫でられるのが気持ち良くて、あっという間に蕩けてしまった。


「なぁウタ、このまま聞いてくれるか?」

「うん…」


耳元で優しく囁かれ、それだけで私はの頭からは抗議なんて吹き飛んでいった。


「お前に痛い思いさせたおれが言うのも変だけどよ、あれで終わりになんてしたくねェ。あんだけおれの事好きって言ってくれたお前の気持ちにちゃんと応えてやりてェ。だからウタ、今度はお前の事ちゃんと気持ち良くさせたいんだ。……ダメ、か?」

「……」


ダメな訳が無い。

ルフィにこんな事言われて嬉しくないなんて事がある訳ない。

…私、ルフィに気持ち良くされるんだ。

そっか、うん、大歓迎だ。

でもねルフィ、気持ち良くしてもらえるだけじゃ満足できないよ?

私の方からもルフィの耳元に顔を寄せ、そっと囁いた。


「私も、ルフィのこといっぱい気持ち良くしてあげたいな」

「っ!」


ゴクリとルフィの喉が大きく鳴った。

そのまま視線を合わせると、ルフィの瞳が期待でギラギラと光っているのが分かる。

多分、ううん絶対私も同じ目をしてるんだろうな。


「素敵な思い出にしようね?」


悪戯っぽく笑った私の口にルフィの唇が重ねられ、後はもう蕩け合うまま。

その夜は苦い初体験を忘れさせるくらいに、熱く最高の思い出となったとだけ言っておこう。


翌朝、腰の痛みに悶絶する羽目になるのは別の話。

…まぁ、ある意味幸せな痛みなんだけど、ね。


おしまい

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