そしてアドは孤独になった
「おい。お前、生きてるのか?」
壊滅した街の港に立ち尽くしたアドは、その声でようやく水平線から日が差すほど時間がたっていることに気が付いた。
遠ざかるレッドフォース号は既に影も形もない。
声の方へ顔を向けると、仕立ての良いスーツに身を包み、仮面で顔を隠した男が立っていた。
アドはそれ以上の反応をしなかった。
家族が街を滅ぼした現実、自分が捨てられた事実はアドから生きる気力を奪うのには十分だった。
黙ったままのアドを見て、男はむぅ、と唸り顎に手をやる。
ややあって男は納得したように頷いた。
「まぁちょうどいいか。お前を拾っていくとしよう」
反応のないアドを小脇に抱え、男は街を後にした。
これがアドと〈賞金稼ぎ〉の出会いである。
・・・・・・・・・
「……なんで」
「んん?」
「なんでわたしをつれてきたの?」
「深い意味はない。占いでな、思わぬ拾い物をすると言われたのだよ」
自分は賞金稼ぎである、と男は言った。
そして、占いの縁で弟子にしてやる、と続けた。
その日から、アドの新しい日常が始まった。
たった9つの少女に、男は一切の容赦をしなかった。
航海術を教えて、質問に答えられなければ叩いた。
戦いを教えて、隙があれば顔すら躊躇なく殴った。
捕縛術を教えて、賞金首の狩りに同行させた。
そして人体の急所を教えて--賞金首でない敵を殺させた。
辛く、苦しい生活だったが、不自由ではなかった。
食事は満足するだけ食べれたし、体の弱い自分が体調を崩すたびに付きっきりで看護をしてくれた。
寂しさから眠れない夜は手を握ってくれたこともある。
何より男との目まぐるしい日々は、家族に捨てられた寂しさを忘れさせてくれた。
いずれ賞金稼ぎとして名を上げて、赤髪海賊団だって捕まえてやるのだ、と意気込む余裕すらできた。
男は自分から話すことは殆どなかったが、大抵のことは聞けば答えてくれた。
なぜ仮面をつけてるのかと聞けば、ヤバいやつらに追われてるからだと言った。
なぜいつもスーツなのかと聞けば、相手の最後に失礼が無いようにと言った。
なぜ銃を二つも持っているのかと聞けば、用途が違うからだと言った。
なぜこんなに親切にしてくれるのかと聞けば、言った事には責任が伴うからだと言った。
アドは乾いたスポンジのように、男の技術を吸収していった。
振り返れば楽しいと言える日々だった。思い返せば充実した毎日だった。
出会ってから2年たったある日、男が姿を消すまでは。
・・・・・・・・・
ある島で宿に泊まっている間の事だった。
賞金首を海軍に付きだし、賞金を受け取り、同じ部屋で眠った。
朝起きた時には、男の姿はなかった。
荷物も武器もすべて残っていた。
机の上に一枚の書置きがあった。 名前すら言わなかった男の、遺言状ともいうべきものだった。
そこには自分は病に侵されていたこと、余命幾ばくもないこと、部屋に残した自分の荷物は好きにしていいこと。
そういう旨の文章が簡潔に記してあった。
最後に残したものとしてはあまりにあっさりしているが、アドは彼らしいと思った。
自分の荷物と彼が残した武器と、賞金の残りを纏めて、残りは売り払った。
寂しいとは思ったが、悲しいとは感じなかった。
赤髪海賊団に捨てられてから、別れの喪失感は常に胸中に渦巻いていた。
だから彼の姿がなかった時に、あぁやっぱりか、と納得すらしたのだ。
自分は誰かと共にいることは出来ないのだ、と結論付けた。
自分は誰かを大事に思ってはいけないのだ、と思い込んだ。
宿をでて港に向かう。
商船の船長と交渉して、次の島まで乗せてもらえる事になった。
荷物を積み込んだ船はその日のうちに島を出た。
アドは船の甲板から、遠ざかっていく島が見えなくなるまで見つめていた。