そして、その死に口付けた
※伊織夢。伊織視点。
※伊織の妻兼幼馴染。武蔵の養女。
※死ネタ。暗い。やっぱり言峰夫妻のパクリ。
※作者サムレム未プレイとなります。伊織くんの解像度低くてごめんなさい!
※苦手な人はブラウザバック。
――今思えば、キミが初恋だった。
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「――義娘だ。面倒見てやれ」
「……こんにちは」
師匠に案内された部屋には小さな娘が居た。年を聞けば俺とそう大差ないことに驚く。女子にしては珍しい肩口で切り揃えられた黒髪に、華奢な身体。しかし瞳が水面のように透き通っていて何だかこちらを見透かされたような気がした。日がな一日布団で過ごし、ほとんど動くことはなく、時折散歩する程度だ。身体が弱いのか、と師に問うと
「……医者も匙を投げるほどの病でな。親も寺も引き取らんという。だからここにいる」
「彼女の病はいつか治るのか?」
「……わからん。だが、アイツは希望を捨ててはいない」
何故、と問うと本人に聞けと返ってきた。そのような問答があったためか、次第に彼女と言葉を重ねるようになり……今では彼女の世話は専ら俺の仕事になっている。
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「……伊織の素振りは綺麗ね」
「どういう褒め方だそれは……」
庭で素振りをしていたところを彼女に見つかった。どうもしばらく見ていたらしく、足先が赤くかじかんでいる。もう春とはいえ冷える。俺は鍛錬の手を止めて茶の準備を始めた。
「続けても良かったのよ」
「いや、俺も茶が飲みたかったところだ。
……それにキミに見られていると集中出来ない」
「あら、邪魔だった?」
くす、と笑みを溢す彼女にそうではないと首を振った。
「単に俺の問題だ。それに見せるようなものではない」
「そうかしら。私はとても綺麗だと思うわ」
「世辞が上手いな。師匠には遠く及ばない」
「養父様に近づくにはまだまだだけど……貴方はきっと手を伸ばし続けるんでしょうね……」
「手を伸ばす、か……それは剣のいらない時代になってもするべきことなのだろうか?」
「剣が必要な時代ではないと剣の探求をしてはいけないの?
それなら、いつまで経っても病が治らず、時代からも家族からも『必要ない』と断じられた私は生きていてはいけないことになるわね」
「それは――」
あまりの言の葉に二の句が継げなくなっていたところで娘は吹き出した。クスクスと楽しげに笑みを溢す……からかわれているのだ。俺は気まずさを隠すために茶を啜った。
「……キミは口が上手い」
「真面目な誰かさんをからかうなんて簡単よ」
「真面目……」
「ええ、真面目。貴方はそのままでいい。
剣に一途で直向きで……貴方はきっと二天一流への想いを誤魔化すなんて出来ない。時代の異物でいるのは寂しいことだけど……貴方が貴方のままでいることにきっと意味がある。私は信じている」
「――キミは何故そこまで……信じていられるんだ?」
思わず封じ込めていた問いかけをした。何故、そこまで自分にも他人にも希望を抱けるのか――ずっと疑問だったのだ。だが、この問いかけをすれば何かが変わってしまうという予感があった。だからこそ、封じ込めていたというのに。
「――それだけが私に出来ることだから」
「……『信じる』ことがか?」
「ええ。勿論貴方のことも信じている。
――たとえ貴方が己の内にどんな願いを抱いていても」
「――」
どきり、とした。己の内側を見透かされたような――味わったことのない感覚。それと同時にこの女を■■■みたいと思った。この女を■■■みたらどんなに良いだろうと――だが、それは人の道から外れたことだ。
「――伊織?」
「……すまない。考え事をしていた」
「……ごめんなさい。少しからかいすぎたわね。あまり深く考えないで」
「……そう、だな。もう戻ろう。春とはいえ夕刻は冷える」
俺は話を打ち切った。この想いは早急に忘れなければならないと思ったからだ。
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――師匠が死に、俺は彼女を娶った。
師匠が今際の際に遺した言葉は
「義娘を手放すな」
「お前は、生まれる時代を、間違えたのだ」
その二つであった。彼女に師匠の遺言を聞かれた時に「じゃあ夫婦になりましょうか」と言われたため、そのままなし崩しに夫婦になった。たった3人だけの祝言だったが、妹のカヤが目一杯祝ってくれたのでとても良い祝言だったと言える。
夫婦となっても今までとやることは変わらない。いつも通り彼女の世話をするだけだ。気になることといえば、緩やかだが確実に彼女の病が進行していることだった。
医者に診せた時にそう長くは保たないだろうと言われた。本人も確実に気が付いている。だが、何も言わない。
(……何故)
思えば彼女と出会ったときからその言葉ばかりだ。
何故、周りから見捨てられても平静でいられた?何故、天から見放されても笑っていられる?
何故――俺のことを信じていられる?俺はこんなにもキミを■■たいと想っているのに。
(……駄目だ)
邪念を振り払う。しかし、それは靄のように付き纏い、ゆっくりと心を蝕んでいった。
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……その日は月が美しい夜だった。
「――起きているか」
「……伊織?」
ぼんやりと月を眺めていた彼女に声を掛けた。彼女はいつものように微笑みかけたが……俺の表情を見てハッとした表情になった。
……今夜は彼女の様子を見に来たのではなく、話をしにきたのであった。
「――いつか、俺の内にどんな願いを抱いていても信じると言ったな」
「……はい」
「そうか……なら、聞いてくれるか――俺の願いを」
――そこからした話の詳細は覚えていない。兎に角、彼女を■■たいと想っていることと、これは許されないことだということ、それからもうそばにはいられないということを伝えた。拙い告白だったが、言葉少なな俺にしては珍しく語ったほうだった。
……彼女はじっと俺を見つめていた。悩むような、愛しむような、迷うような瞳で俺を真っ直ぐに見つめていた。
俺は渇ききった声で
「――俺は、生まれる時代を、間違えたのだ」
と言った。師匠の受け売りだが、実に的確な言葉だと思ったからだ。
しかし――
「――いいえ、間違っていません」
凛とした声がそれを否定した。
……思わず顔を上げる。彼女はいつものように微笑んでいた。
「……どうして」
「私は、信じています。貴方の在り方は間違っていないって。
真面目な伊織、私を理解しようとしてくれた。たとえそれが許されざる願いから発していたとしても――私はそれだけで充分です」
「でも――俺の想いはキミを殺すものだ」
「大丈夫。殺されてなんてあげません。
私、悪い女なんです。だから、貴方は私がこれからやることを――一生許さなくていい」
彼女はそう言い切って、枕元にあった短刀を抜いて――自害した。
「――ぁ」
あまりの出来事に何も出来なかった。血に濡れた手が俺の頬を撫で、生温かい血が付着する。そんな光景を前にしても「何故」という疑問が溢れた。
「……あなたの鬼としての部分は……私が持っていきます……。だから……カタチだけでもいい……。その力は……あなたが斬りたいと思っていたひとたちをまもるために、つかって……。わたしみたいになるまえに、まもって」
「――酷いひとだ、キミは」
その時、生まれて初めて人を詰ったと思う。それでも、彼女はいつものように笑って――。
俺は急速に体温が失われていく彼女の身体を抱き寄せて、その死に口付けた。せめてその冷たさも、血の味も覚えておきたかった。