ずっとずっと愛する君へ

ずっとずっと愛する君へ


※注意※

・ローと🥗ルフィの子供(娘)を捏造しています。

・娘の名前が出てきます。

・ワノ国以降の謎時空。

・作者は前作のside:Mと同世界観のつもりで書きましたが、単独でも普通に読めます。

・ただ、前作と娘ちゃんの年齢か違う。今回の方が幼いです。



side:F


あまりにも唐突にそれは現れた。


その日は海に他の船の気配はなく、グランドラインにしては天気も波も穏やかだったのもあり、ポーラータングを浮上させて、全員がそれぞれ溜まっていた洗濯物を干したり、日光浴に勤しんでいた。


船長であるローも、昼寝しているベポをクッションがわりに鬼哭の手入れをしながら、久しぶりに穏やかな一時を味わっていた。

つい最近まで組んでいた同盟相手がいたら存在しない、騒がしくとも心が乱されることがない時間。


そんな穏やかさに、体のどこかがむず痒く感じていることも、野太い自分のクルー達の声の中に、あの高くて無邪気な声が混じってないかを探している自分に気づかないフリをしながら、手入れを終えた長刀を鞘に仕舞った瞬間、「それ」に包まれた。


「!?」

「?え、どうしたんすか、キャプテン!」

「俺じゃねェ!!」


囲まれ、区切られ、隔絶される違和感。

それは間違いなく、ローの能力。彼の力を最大限に行使するための空間。

「ROOM」が唐突に展開されたことに船員達は戸惑うが、彼ら以上にローが困惑し、焦りながら叫んで、鞘に仕舞ったばかりの鬼哭を構えた。


が、鞘から抜き切る前にそれは自分の手の内から消え失せる。

代わりに現れたのは……。


「ふわッ?」

「「「!?!?」」」


その場の全員が目を見開いて、驚愕の声さえも出ない。

ローも咄嗟にその現れたものを受け止めることしかできなかったが、十分すぎるほどに優秀な反応だろう。


状況が理解できず、自分以外の誰かが展開した「ROOM」が解除されていることすら気づかないまま、ローは背景に宇宙を背負って自分が受け止めたものを眺め、ほぼ無意識で口にした。


「…………む、麦わら屋?」

「とらおー!!」


突然、鬼哭と入れ替わって現れたのは3歳ほどの可愛らしい幼女。

その幼女は、嫌になるほどよく知っている女と似た顔に、同じ向日葵のような笑顔でローに抱きついた。


「む、麦わら!?」

「何で急に麦わらが子供でキャプテンのシャンブルズで現れた!?」

「え?そもそもキャプテン能力使った!?」

「わー、ちっさい麦わら可愛いー」


ローの発言で爆発したような騒ぎがクルー内で勃発し、混乱を極めて最終的に何人か現実逃避で幼女を愛でた。

ローの方もクルー達を宥める余裕はなく、幼女を抱きかかえたまま問い詰める。


「お、おい!どうしたんだ、この姿は!?

悪魔の実の能力か!?仲間はどうした!?」


普通の子供ならローの剣幕に怯えて泣き出しそうな勢いの詰問だが、幼女はニコニコ笑ったまま持っていた紙を突き出して答えた。


「んー、とらおとこれみてたら、ハトのやつがきたから、とらおがビュンしたー」

「…………あ?」


精神年齢まで外見通りになっているのか、拙い言葉で意味のわからない答えを返すので、ローは意味がわからず困惑の声を上げたのだとクルー達は思っていた。


が、ローの後ろにいたベポも幼女が突き出した紙を見て、「……おぉう」と何とも言えない声を出す。

そして幼女を抱えたまま固まってしまったローの代わりにその紙を受け取って、他のメンバーに見せて言った。


「……麦わら、皇帝から王様になるみたい」


それは、手配書。

そこに映るは二人のよく似た女性。

……二十代半ばに見えるルフィが、彼女そっくりの幼女を抱き上げてお互いの頬をくっつけて笑っている、これが手配書である事を忘れてしまいそうなほど微笑ましい写真の下には、二つ名とフルネームと懸賞金額。


『海賊王の娘 モンキー・D・ルーシー』


微笑ましい写真よりも、ギャップどころではない億越えの懸賞金もどうでも良くなるその情報に、ハートのクルー達はベポと同じく唸るように「お、おぉう……」という声を上げることしかできなかった。



「やっぱり海賊王になったのは麦わらかー」

「まー、キャプテンは別にそういうの目的って訳でもねーし」

「懸賞金がえげつないけど、やっぱ火拳の処刑と同じ理由かな?」

「それも胸糞だけど、実力だったら怖すぎるわ!」

「ルーシーちゃん、かわい〜!今何歳?」

「4さい!きのう、るひーがもーすぐ4さいになるっていってたから、わたしきょうから4さい!」

「そっかー。たぶんまだ3歳だと思うけど可愛いからそれでいいや」

「何でお前らは即行で受け入れて馴染んでるんだ!?」


何とも言えない声を上げてから、もう考えるのを放棄したハートクルー達。

それぞれ手配書を回し見したり、ルーシーを抱っこしてあやしてやる船員達を、ようやくフリーズから解凍されたローが突っ込んだ。


「いやだって、現物がここにいるし」

「未来から来たって証拠(手配書)もあるし」

「もう未来から来たっていう突拍子もねェ事を受け入れるのはいいが、どうやって来たかとか、他に疑問に思うことあるだろ!?俺の鬼哭なくなってるし!」

「未来のキャプテンがこの子逃がすのと、武器を引き寄せるのを同時にしようとシャンブったのが何かミスったんじゃない?」

「あー、だから急にROOMで包まれたのか」

「ナチュラルに未来の俺が時空干渉できる前提で話すな!!」


しかしハートのクルー達からしたら、それは今更ツッコむようなことではないらしく、サラッと流す。

タイムスリップの原因さえも、ペンギンとシャチは何の疑いもなく過剰な信頼で納得して流していた。


だが、ルーシーが現れる前に展開されたのは確かに自分が食べた実の能力であり、自分の武器である鬼哭とルーシーが入れ替わったことから、ペンギンの憶測は一番筋が通る。


しかしローからしたらそこを納得しても、何で時空まで干渉できるようになってんだ?やら、こいつはちゃんと本来の世界に帰れるのか?といった疑問や不安は次から次へと溢れ出る。

だというのに、クルー達は呑気に突如現れた現在のライバルにして元同盟相手、そして未来で自分を敗ったであろう女の娘にデレデレと構うので、ローのこめかみに青筋がまた増えた。


「キャプテン〜、そんな怖い顔しないでくださいよ。ねー、パパが怖いでちゅね〜」

「ああ"!?」


あからさま機嫌最悪なローに、シャチが勇敢にも宥めようとルーシーに肩車をしてやりながら声をかけたが、残念ながらそれは蛮勇だった。


「誰が、誰の、父親だ?」

「……え?いや、だってこの子、麦わらの娘で麦わらはキャプテンに……」

「…………おい、チビ屋。俺は誰だ?」

「とらおー!!」


長い脚を駆使して大股で即座に詰め寄り、眉間に深い皺を刻ませたローがシャチに一文節ごとに区切って圧をかけつつ問う。

初対面時よりも危機感を抱きつつもさすがは最古参の一人、戸惑い、足は生まれたてのバンビ状態でもなんとか答えたが、その答えにローは深い溜息をついて質問相手を変える。


シャチの頭上のルーシーに尋ね、彼女が元気よく答えたらローは盛大に舌打ちをして周囲をビビらせてから、彼なりの「答え」を述べる。


「……おら、聞こえたか?俺は父親じゃなくて『トラ男』。このチビ屋にとっては近所の顔見知りのにいちゃんみたいなもんなんだよ。

ったく、諦めて他の男を捕まえたのなら、もう俺を巻き込むなよ。旦那の方も不愉快だろうが……」


ルーシーが無邪気な良い笑顔で即答した、名前ですらない苗字由来のあだ名を根拠に自分が父親である可能性を否定し、そのままローは帽子越しにガリガリと乱暴に、苛立ちを露わに頭を掻く。

……自分の船員達の、何とも言えない表情に気付かぬまま、彼はブツブツと呟き続けた。


「にしても誰だ父親は……。手配書の肩書きからして、一度ぶっ飛ばした奴らの手籠にされる女じゃねェし……、ルーシーってことはドレスローザの関係者か?あいつの船団の奴らなら……いや、あり得ねェだろ。見た限り純粋な人間だから、巨人族とトンタッタ族、手長足長族じゃねェだろうし、キャベンディッシュは互いの性格的にないな。バルトロメオも……ない。色んな意味でないな。あとは……!ベラミーか!?」


音が出そうな程に眉間の皺を更に深くして、ルーシーの父親は誰かを推測するトラファルガー・ロー。

自分でもう巻き込むなやら、旦那が不愉快だろうと言ってる癖に、完全に自分から巻き込まれに行っているし、不愉快になっているのも自分自身という自覚はあるのだろうか?


「?とらお、おこってる?」

「あー、大丈夫大丈夫」

「ルーシーは悪くないから、こっちで遊ぼうねー」

「悪いのはキャプテンの察しと往生際だから」


そんなローの奇行と言って良い現状を、三歳児すら理解して戸惑うが、シャチとペンギンがほっといて良いと言い切り、ベポはルーシーを抱き抱えて他のメンバーの所へ連れて行こうとする。


「やっ!とらおのとこいく!」


しかしルーシーが暴れてそれを拒否して、ルフィの血を感じる猿のような身軽さでベポの腕から抜け出し、ローの足元までやって来た。

そしてズボンの裾を紅葉のような手で摘んで引き、子供を泣かす気しかないと思う凶相のローにやはり母親譲りな太陽の笑顔で見上げて言った。


「とらお!ありがと!!」

「は?」

「ハトのやつからビュンした!」

「いやそれは俺じゃ……俺で良いのか?っていうか、ハトの奴って誰だ?あいつは子供できてもまだ増やしてんのか?」


いきなりの礼は理解出来なかったが、どうやら未来でもルフィを狙う輩から彼女の娘を保護したことの礼だと気づき、またローの心中が複雑になる。

何の罪もない子供が不幸になることはもちろん望まないので、未来の自分が彼女を守ったことに後悔も躊躇いもなかったことはわかってる。

そして、こんなにも純粋に慕っている幼子からの礼は、気恥ずかしくはあるが嬉しいのも本当。


だけど認めたくないが無視できないほど、ローの胸中にはムカムカとしたものが渦巻いている。


「あー、とりあえず気にすんな。

というか、マジで何で俺が面倒見てんだ?麦わら屋と……ベラミーは何してんだ?」

「?べらみぃ?だれ?」

「あ?足とかがバネ……こうぐるぐる渦巻く形になるにーちゃんは知らねェのか?」

「???」


ローがその場にしゃがみ込んで視線を出来るだけ合わせてやりながら、一番可能性が高いと思えた父親候補の名前を挙げてみたが、ルーシーは説明されても心当たりがないらしく、目をまんまるくしてキョトン顔。


「は?あいつなら籍は入れなくても関係を断つことはねェだろうから……知らねェってことは違うのか。

おい、チビ屋。お前と麦わら屋を守ってくれる男は誰だ?」

「とらお!」

「俺以外でだ」

「えー?ぞろとか?」

「ゾロ屋か……。普通にあり得るな。というか、一番可能性は高いな」

「あと、さんじとか」

「そいつはない」


ルーシーの父親を探るローを遠巻きに眺め、ハートクルー達はヒソヒソ話し合う。


「……キャプテン、何で『父親は誰だ?』って聞かないの?」

「言いたくないんだろ。自分の口から自分以外の誰が父親かなんて」

「っていうか、何で気づかないの?色んな意味で」


自分の部下達にこの上なく生ぬるい目で見られていることに気づかないまま、ローはただでさえ3歳児には伝わらないであろう回りくどい問いで、ルーシーの父親を探る。

彼の中では「妹みたいな存在がいつのまにか知らん奴に手を出されていたら気になるし、怒りもするだろう」という理屈で、湧き上がり続ける苛立ちに理由づけていた。


が、当然だが大人のハートクルー達からも「何が知りたいんだよ、あんたは」と言いたい質問をするローに、ルーシーが癇癪を起こす。


「もー!とらお、なにいってるかわかんない!

あと、わたしはちびやじゃないもん!ルーシーだもん!!」


ルーシーの癇癪に、ローも流石に「何してんだ俺」と冷静になって「悪い悪い」と謝るが、ルーシーからしたら気に入らなかったのは質問攻めではない。


「なまえ!」

「は?」

「なまえでよんで!ルーシーって!」


彼女にとって名前ではなく「チビ屋」と呼ばれることが不満だったようで、フグのように頬を膨らましてローに要求する。

が、この26歳児は普段からない大人げが、この時は更になかった。


「……チビはチビ屋で充分だ」

「ちょっ、キャプテン!!」

「ちびじゃないもん!ルーシー!るうぅぅぅしいぃぃぃっっ!!」


鼻を鳴らしてルーシーの要求を冷たくあしらい、ベポたちが流石に咎める声を上げるが、それ以上にルーシーが声を張り上げて自分の名前を主張する。


「なんでいつもみたいによんでくれないの!?ばかばか!とらおのばか!きらいになるよ!!」


ブチっと、ローの頭の奥で何かが切れる音がした。

それを切ったのは、「馬鹿」か「嫌いになる」か、それとも「名前を呼んで」と言いながら彼女が呼ぶのは「トラ男」だからか。


「勝手になればいいだろう!

お前と俺は何の関係もねェんだよ!!」


立ち上がって、相手はまだ赤子に近いぐらいの幼児であることも忘れて見下ろし、怒鳴った。

本音をぶちまけてしまった。


「「「キャプテン!!!!」」」


聞いたことがないくらいに怒気が込められたクルー達の声でハッと、自分がしでかしたことに気づく。

頭に昇っていた血で見えていなかったものが、今はハッキリと見える。


自分の足元で子供が、自分に向かって向日葵のような、太陽のような笑顔ばかり見せてくれていた女の子そっくりな、次会ったら敵と言いつつも、本当は敵になどなれないことはわかっている、誰よりも何よりも守りたい、大切な女の子の大事な、愛する子供が


傷ついた顔をしていた。

間違いなく、紛れもなく、自分の言葉で。

自分のせいで。


「…………う、うあああああああんっっ!!」


その顔にそんな資格がない事をわかっていながらも、頭を鈍器で殴られたようなショックを受けてローが固まっていたら、みるみるうちにルーシーの目に涙が溜まり、涙腺が決壊した瞬間、爆発したように泣き出した。


「!?!?」

「ああああッ!ルーシー泣いちゃった!!」

「そりゃ泣くわ!どーすんだよキャプテン!!」

「る、ルーシー!ほら、こっちおいで!!」

「あああああ!ごべんなざい!ごべんなざいいいい!!」


幼児と関わる機会などほとんどなかったローが、その勢いに押されてオロオロするが、いつもはキャプテン第一、ローのファンクラブ状態な船員達も流石にこの時ばかりは冷たく、遠慮なくローに非難の声を浴びせる。


しかしイッカクがひとまずローから離して、抱きしめてあやそうとルーシーに駆け寄るが、ルーシーはローの足にしがみついて泣き叫んで離れない。


「ごべんなざい!ごべんなざいいい!!

ひっ、う、うそだがら!ぎだいなんで、うぞだがら!!ごべ、ごべんなざい!!

や、やだ!どらお、やだ!!ごべんなざい!ひっぐ、き、ぎだいに、ひっ、なら、ないでえええっっ!!」


泣きながら、泣きすぎて苦しそうな呼吸になりながらも、彼女は必死に訴える。

自分の発言を謝り、嫌いという言葉が嘘である事を訴え、そして懇願する。


どうしようもなく愚かで幼い八つ当たりをした男に、「嫌いにならないで」と。


「…………謝らなくていい」


その訴えに、懇願に、ローは応える。


「悪いのは俺だ。お前は何も悪くない。……悪くないんだ、……ルーシー」


子供特有の柔らかな髪を撫で、もう一度座り込んで目線を合わせて告げる。


「嫌いになんかならない」


なれないからこそ、ずっと苛立っていた。

気に入らなかった。

けれど、泣かせたかった訳じゃない。

守りたかったのは、本当だから。


「ルーシー。お前のことは、ずっとずっと大切だ」


たとえ彼女が別の誰かを想っていても。

もうあの光の笑顔が自分に向けられるものではなくても。

それは本当だからこそ、この子が今ここにいる事なんてわかっていたから。


ローは目を逸らしていたものと向き合って出した答えを、ルーシーに告げた。


「ひっ、ひっく……ひっく…………だっこ」


しばしローにしがみついてしゃくり上げるだけだったルーシーがポツリと言った。

泣く前の遠慮のなさと打って変わって、恐る恐ると様子を伺うように呟いた言葉に、ローは困ったように眉根を八の字にして答えた。


「ああ」


片手でヒョイっと持ち上げられそうな軽い子供を大事に抱え込んで、自分の肌や服が涙どころか鼻水でビチャビチャになる事を厭わず、ローは小さな小さな子供の背をポンポンと叩いてあやしながら、泣き止むまで根気強く待つ。

そしてそれは、思ったよりだいぶ早かった。


「…………あ!

とらお!とらおってよばれるのやだったんだ!そーだ!まえ、とらおいってた!!」

「は?あ、まァ、そうなるのか?」


母親の血か、それとも単純に子供だからか、目はまだ真っ赤で声も鼻声だが、心の方はすっかり切り替わったのか、ぱあぁぁぁという効果音が聞こえそうな笑顔で顔を上げて、ルーシーは謎の納得をしだした。

その納得にローの方がついていけずに困惑するが、もちろんルーシーはそんなローを置いてけぼりにして勝手に話を進めて行く。


「ごめんね!わすれてた!でも、とらおもひどいこといったから、いっこおねがいきいて!

そしたら、もうとらおってよばないようにがんばる!!」

「あー……もうそれでいいわ。で、何だ?なんか食いたいもんでもあるのか?」


この人の話の聞かなさは母親の血と子供だからの二乗でどうしようもないとローは察し、理解を諦めてルーシーの「お願い」を聞く。


「『あいしてる』っていって」

「……ちょっと待て」


そして即座に後悔した。


「待て、ルーシー、待て。お前、意味わかってて言ってんのか?」

「しってる!すきってことでしょ!

いって!いつもみたいに『あいしてるぜ』っていって!!」

「いつも!?」


ルーシーの要求と暴露された未来の自分の発言に、拗らせに拗らせてヤバい方向に行ってないか!?とローは未来の自分にドン引いた。

そして周りに助けを求めるように見渡すが、クルー達は怒鳴ってしまって直後よりはだいぶ軟化しているが、それでもまだ呆れたような顔をして自分の方へ近寄ってもくれない。助ける気ゼロである。


「おい、ちょっと待て!言えと!?俺に!?」

「いや、言うべきでしょキャプテン」

「何照れてるんですかキャプテン」

「キャプテンのちょっといいとこ見てみたーい!!」


発言のヤバさを訴えても、クルー達は容赦なく、むしろ狼狽えるローを面白がって囃し立てだした。

なので後であいつらバラすと決意して、ローは自分に言い聞かせる。


これにヤバい意味も、拗らせた意味もない。

自分の恩人が自分に告げてくれたものと同じ、健全なものだと言い聞かせて、ローは口にする。


「……あ、愛してる、ぜ」


その言葉に、ルーシーは笑う。

向日葵のように、太陽のように。

まだ鮮明に残る涙の跡が痛々しいが、それでも嬉しくて嬉しくて仕方ないと言わんばかりの、……母親そっくりの笑顔で彼女はローの首にしがみつき、チュッと小さな唇を彼の頬に押し付けた。


そして、言う。

約束通り、トラ男とは呼ばずに。


「ありがとう!『とうさま』!!」

「………………は?」


ルーシーの言葉と、ローの今更すぎる思考回路ショート、そしてローが展開した訳ではない「ROOM」の発動はほぼ同時だった。


「「「あ」」」


クルーたちが声を上げた時には、ルーシーは消え去って、代わりにローの鬼哭が落ちて来て転がった。

ルーシーがいなくなっても抱きかかえていた体勢のままローが固まり続けているので、ジャンバールが躊躇いがちに鬼哭を拾い上げ、その鞘に結ばれている紙を解いて中を皆で見た。


そこには彼らにとって見慣れたローの字で一言。

「世話になった」とだけ書かれていた。



「………………お前ら、……いつから……」


10分以上その場で固まり続けたローに、クルー達が流石にどうしようかと心配になってきたタイミングで、油の切れたからくり人形のようなぎこちない動きと声で起動を果たした。


しかしその絞りだした言葉に、クルーたちは安堵より呆れが先立った。


「ほぼ最初から」

「だってルーシー、母親の麦わらのことも『るひー』って呼んでましたよ」

「あれ、親や周囲の呼び方をそのまま真似してる奴でしょ」

「『キャプテン』や『麦わら』じゃないって事は、麦わらの船にいんのかね?」

「そりゃうちは医療機器満載な潜水艦よ。残念だけど子供が常駐する環境じゃないし」


ローが「自分ではない」と根拠にしていた部分は何の根拠にもなってなかったこと、自分以外の全員が気づいていた事をサラッと言い切られ、もはやローは羞恥で赤面どころか顔面蒼白だった。


その顔色は心配だったが、割と自業自得なのと慰めても逆効果なのは皆がわかっていたので、クルー達は名残惜しいがルーシーの話題はここで切り上げて、力技でなかったことにしようとした。


が、ぷるぷると電伝虫が着信を訴え、ローは今にも倒れそうな足取りで、それでも彼も何かして忘れたいの一心で受話器を取った事で、全員の努力は水泡に帰した。


『あ、もしもし私、海賊王になる女ルフィ!トラ男いるー?』

「お前マジでその呼び方やめろ!!!」

『いきなり何!?』


別に何も悪くないが、全ての元凶である女にマジギレする船長の背中を眺めて、クルー達はそれぞれ正直な心境を口にした。


「……呼び方やめたらそれでいいのか、キャプテン」

「もう本当に観念したら良いのに」

「まー、娘には素直っぽいから別にいいか」

「早くまた会いたいなー、ルーシー」


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