すらんぷチセ。

すらんぷチセ。

#和楽チセ #桑上カホ #先生

治療薬が出回ってキヴォトスも落ち着いた頃、陰陽部からシャーレに文が届いた。

字はカホのもので、なんでもチセの様子がおかしいらしい。あんな事があった後だ、急いで向かうことにした。


カホ「先生!お待ちしておりました!」

“カホ、ごめんね遅くなっちゃって。チセは大丈夫?”

カホ「その件なのですが……。説明させていただきます。当時のチセちゃんは俳句のインスピレーションを得るため『砂糖』に大きく依存していました」

“もしかして……。”

カホ「……はい、『砂糖』を絶って以来、蝶が舞っても花が開いても雲を眺めても蝉が鳴いても、なにも、思い浮かばなくなってしまったようで……」

“死活問題じゃないか……。”

カホ「その通りです。頭の中に楽しい事が思い浮かばなくなるのを恐れて一時は治療薬すら拒絶する様相でして、今でこそ服薬してはくれますが、今度は『何も思いつかなかったら怖い』と、部屋に篭り切り。……いつしか、気づいた時には消え去ってしまっていそうで」

“私は、どうしたらいい?”

カホ「……はい、アイデアの枯渇は流石に手立てがなく、せめて新たな刺激があればと。先生なら、チセちゃんと外を繋ぐ窓になれるのではないかと思いまして」

“わかった。やってみるよ。”

カホ「あっ、ありがとうございます!それではご案内いたしますね……」


カホに連れられてチセが籠っている部屋の前まで来た。

互いに目配せをしてからカホが戸を叩いた。


カホ「チセちゃん?」

チセ「…………」

カホ「その、先生が来てくれたから……」

チセ「……入って」

“行ってくるね。”

カホ「お願いします。私は部屋の外で待機しておりますので、何かありましたらお声がけを」

“任せて。”


一声かけて引き戸を開ける。踏み入れると埃っぽい匂いと薄っすら汗の匂いがした。

窓を閉じた部屋は真っ暗でよく見えない。


“チセ?”

チセ「こっち……」


トントンと畳を叩く音。

それに誘導されるように慎重に進むと、部屋の隅の方に気配があった。おそらくチセだろうとそっと隣に腰掛ける。


“こんばんは、チセ。”

チセ「こんばんは。……どうしたの?先生」

“えっと、実はカホが……”


カホから聞いた話をそのまま伝えた。


チセ「そっかぁ、もうそんなに外に出ていないんだ、私」

“まだ外に出るのは怖いの?”

チセ「……。う〜ん、別に怖くはない、と思う。今外に出ていないのは気が乗らないだけで出ようと思えば出られるんじゃないかなぁ」

“ただ、出ようと思えない?”

チセ「そう、なんだと思う。怖くて籠っていたのが普通になって、怖さが無くなって、籠る癖が残って……」

“そっか……。ねえチセ。”

チセ「なあに?」

“チセさえ良ければなんだけれど。今から一緒に散歩してみない?”

チセ「…………」

“どう、かな?”

チセ「先生」

“は、はい。”

チセ「お外は真っ暗。私は心を病んでいる。こんな状況で生徒を連れ出して、快復する保証はおろか、増悪してしまう恐れだってある」

“はい……。えっと……。”

チセ「いいね」

“え?”

チセ「行こうか、先生」

“ちょ、ちょっと待って!”


上の方から声が聞こえる。チセが立ち上がったのだろう。とすとす軽いものが畳の上を歩く音が襖の方へ向かい、明かりが部屋に差し込んだ。


カホ「えっ!チセちゃん……!?」

チセ「お散歩してくるね〜」

“チセ、待って!”

カホ「あっ!先生、さすがです!チセちゃんを……」

“褒めないで〜!何もしてないから!”

カホ「えっ?」


すたすたと軽快に歩くチセの背を何とか追いかけて出入り口に着くと、既にチセはいつものヒールが付いた下駄に履き替えて外に出て行ってしまっていた。


“何とか、追いついた……。”

チセ「うーん……。うーーん……」

“どう?久々の外は。”

チセ「……イマイチ」

“そっか……。”

チセ「ああ、そうだ……。先生のお話も聞かせて?なにかあった?」

“それなら任せて!”


なるべく、チセが喜びそうな動植物など自然の話をした。

ミレニアムから脱走したゲーミングGの捕獲作戦、ゲヘナで多発した間欠泉自然発生事件、トリニティの茶葉グランプリで優勝したお茶っ葉の茶摘み体験、アビドスで砂漠の薔薇大量出土事件、山海経での霊薬がぶ飲み選手権、オデュッセイアのマグロ砲撃合戦……。

……思えば色々あった。


チセ「ふぅ~ん?大変だねぇ先生って……」

“大人だからね。”

チセ「そっかぁ。……あ!」

“思いついた?”

チセ「屋台がある」

“えっ、こんな時間に?”


チセが指さした方に目をやると確かに川沿いにポツンと一つ立っていた。


チセ「ごめんください」

不良の店主「んあ?え、ああ。いらっしゃい」

チセ「なに売ってるのかなぁ」

“冷やし飴だって。”

不良の店主「おわっ!なんか居るなと思ったら先生かよ……!ん?よく見たらこっちは俳句読みのチセじゃねぇか。……いいのか?こんな時間に二人で出歩いて」

“こんな時間に屋台開いているのもどうなのかな……。”

チセ「ちゃんと、許可取った?」

不良の店主「あーーー……。そうだな、うん。ここはお互いに見なかったことにしよう。これは口止め料だ、貰ってくれ」

“(申し出を断る)”

チセ「はい、先生の分。なあにこれ?」

“チセ様!?”

不良店主「ははっ、交渉成立だな。……さっき先生も言ってたが、そいつは冷やし飴つってな、飴湯を冷たくしたものだ。ああ、飴湯がわからねぇか。水飴をお湯に溶かしてそこに生姜の絞り汁か、おろした生姜を混ぜたもんだよ」

チセ「へぇ~~」

不良店主「暑気払いに飲まれてたらしくってな、飴湯も冷やし飴もどっちも夏の季語なんだと」

チセ「へぇ~~」

“あれ?生姜って体を温めたような……?”

不良店主「あー、それは、なんだっけな。生姜(しょうきょう)は表を発するとかで……えーっと、すまん忘れた。漢方研究部かなんかに聞けばわかると思う」

“ありがとう。……見逃すのは今回だけだよ?”

不良店主「……!おう!ありがとうな先生!愛してるぜ!!」


その後、屋台を畳むのを手伝ってから旧校舎に戻った。

……ついでのお礼に、と残り物でさっと作った飴湯も貰った。


“チセ、楽しかった?”

チセ「たぶん?」

“たぶんか〜。”

チセ「あ、一句……」

“おっ!”

チセ「……浮かばなかった」

“ゆっくりやろうか。”



一句できたら後日呼んで欲しいと伝えて部屋を後にした。

あの様子ならきっと大丈夫だろう。



チセ「……甘い」

チセ「月が丸いなぁ……」

チセ「…………」


夏かぜの

酔いも醒ませや

冷やし飴


チセ「……うん、いい感じ」

チセ「あ、先生だ。帰っちゃうんだ……」

チセ「月が照ってる……」


飴湯の香

去し背に

月の色


チセ「うん、うん。……カホ」

カホ「……ウワッ!イッタ!……はい!えっと、チセ、ちゃん?」

チセ「明日、公演会やろっか」

カホ「……っっっ!!はい!!!」

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