すまんたしぎ、十手取ってくれ
その声はどこからともなく聞こえてくる。しかし、肝心の声の主は見つからない。スモーカーさんがいる筈の執務室は空っぽだった。確かに壁には十手が立てかけてある。言われた通りに手に取るが、自分の背よりも高い十手は引きずるしかなかった。
「スモーカーさん……?どこに」
「あー……一応いるんだ、部屋に」
そう申し訳なさそうな声で言われる。きっと今顔が見えたら本当に困った顔でもしているのだろうか。そもそもスモーカーさん自身、冗談を言う人ではない。では本当にいるのか、と部屋に視線を向けた瞬間に気づいた。やけに部屋が白い。雲のような霧のような、不透明な気体が部屋を満たしている。結論が出たのはすぐだった。
「能力……」
「急にこうなっちまった、それぶん回してくれねェか?」
「え」
「そうしないと戻れねェ」
そう言われ十手を持ち上げる。普段自分が持つ刀より遥かに重い、震える両腕を叱咤しながら十手を左右に振る。すると、徐々に煙は部屋の隅へと集まっていった。集まるのが先か、私の息が切れるのが先か。そう考えているうちに手元が軽くなった。見上げてみれば、スモーカーさんがいた。後頭部や腕に煙が集まり徐々に形成されていく。
「スモーカー、さん」
「ありがとうなたしぎ、助かった」
片手で握りしめた十手で離れた煙を寄せ集めながらいつもの調子で感謝を述べる。白い煙は緑色のファーや、黒いズボンへと集められると同時に形を変えていった。
「スモーカーさん、あの、それ」
「たまになっちまうんだ」
戻ってきた葉巻の煙を吐き出しながら愚痴る。吐き出された煙が部屋の中へ溶けるのを見て、つい勿体無いと思ってしまった。
あれ以来、いつかスモーカーさんは消えてしまうのではないかと一抹の不安を覚える自分がいる。