すこしだけ、わすれたくて
身体が熱い。熱くて、気持ち良くて、熱くて、息苦しい。相手からかかる息が、熱くて、淋しい。
理由はわかりきっている。身体の繋がりのせいだ。私と彼、お互いに何も身に付けないまま繋がっている。それが理由の大部分、だと思う。
きっとこの行為は、普通なら気持ちいいとか、幸せとか、そういうもので満たされるものなのだろう。でも私は、もしかしたら彼も、それだけではない、気がする。
彼の表情は、優しくて、幼くて、でもどこか暗くて、心配になる。…きっと私の顔は酷い色になっているのだろう。そうじゃないなら、彼の顔はもう少し明るい…そのはずだ。
いつからだろう。彼とこんな関係になったのは。いつからだろう。彼との繋がりを求めるようになったのは。
いつからだろう。彼との繋がりに、幸せを覚え始めたのは。
いつからだろう。それが怖いものだと思い始めてしまったのは。
彼の心配する声が耳に来る。私の口から出るのは大丈夫という返事と媚びたような吐息だけ。嘘じゃないけど、嘘が混ざった情けない声。
違う。違う。もっと他に、言いたいことがある。あるのに言えない。違う。言う資格が、私にはない。だからこんなことをしている。
繋がって、二人の肌を重ねて、お互いのものを交換して、何もかも溶かそうとして、無理矢理塗り潰そうとして。
それでも消えてくれない。忘れたくても、私がそれを許さない。忘れてしまったら、きっと私はこのまま堕ちる。今よりもっと酷く、私は彼に溺れるだろう。彼の体なんて考えられずに。
もうとっくにそうなっていたとしても、認めたくない心がある。私はまだ大丈夫だって、彼を支えられる立場だって、子供に言い聞かせるようなことを無責任に考えてる。
…そして、また結局、何もかも忘れるように、彼の熱にすべてを預けている。彼の言葉に慰められている。彼の不安を聞いても、私は情けなく肯定して、彼との隙間を失くすことしか出来ていない。
それなのに、彼はどこまでも優しくて、激しい。それが嬉しい。幸せだと感じている自分がとてつもなく嫌になる。そんな自己嫌悪すら、きっと言い訳だ。言い訳にしたまま、私は彼の身体にしがみつく。手も、足も、口も、すべて相手に重ねて、絡めて、預けて。
昂る心ですべてを誤魔化して、快楽と幸福に何もかも任せて、彼の興奮を浅ましく中で受け止めて、歓喜の声を漏らしながら身体をだらしなく震えさせ、白く染まる思考と共に彼の顔を見つめて、独り善がりな幸せを感じる。
そして頭の中がすべて白く染まり切った頃には意識を暗くして、彼の温もりを全身に感じて眠る。彼と共に眠れていると、そう信じながら。
もう二度と、手放したくないとごねるように。彼に抱き着いて……私はまた、一時の逃避で不安と後悔を忘れ去って、明日を迎えるのだろう。
子供のような彼の寝顔を見られる朝に、自分が持っていい資格がないはずの幸せを感じながら。