さらさらのっぽ

さらさらのっぽ


アサが部室に顔を出すと、亜国が声をかけてきた。具合が悪そうに見えたらしい。彼は心配していたがアサの体調は健康そのもので、原因は精神的な物だ。

彼女の自宅には現在、廃病院から持ち帰った武器が隠されている。院内で発見した死体の一部から作った武器であり、廃病院には今でも素材を採った死体が残っているはずだ。

(見られてない…見られてない…)

損壊された死体がある、ということは損壊した者がいるという事だ。また、ヨルが斬殺したピエロの死体も放置されており、もし発見されれば警察沙汰になるだろう。悪魔の仕業として処理される事を祈るほかない。

最悪の二択を選ばされて、悪い方を引いてしまった。不法侵入を拒んで電ノコ男の聞き込みを行なっていれば、こんな心労は抱えずに済んだのだろうか?

ヨルはアサのストレスに参酌する事なく、次の探索を指示してきた。場所は以前の廃病院よりも遠いM霊園。アサはバスに乗り、目的の場所にたどり着く。

ここには「さらさらのっぽ」なる都市伝説が言い伝えられているらしい。この霊園にお参りしていると、たまに背の高い人影を見る事がある。恐ろしく長い黒髪で人相は窺えず、人影は墓石の前にじっと立っているだけ。

人影が立っている墓の家では近いうち、死人が出るとされる。また、その顔を無理矢理覗き込んだ者は命を奪われるそうだ。

林立する墓標の向こう、なだらかな丘にマンションらしき建物が見える。

「こっからどうすんの?」

三鷹家の墓所があるわけでもない、全く縁のない場所だ。お墓参りに来ている人も、アサの視界では見当たらない。

「少し回ろう」

アサはぶらぶらと霊園を回る。どことなく肌寒い気がするのは、ここが生者の領域ではないからか。ただ、廃病院とは違って周囲の景色は穏やかな為、アサは気楽だった。

「アサ、止まれ」

呼び止められたアサは、ヨルが指差す方に視線をやった。縁のない墓なのだが、そこに恐ろしく長い黒髪がまとめて置かれている。持ってみると、アサの脛くらいまでありそうだ。

「持って行くぞ」

「はぁ……」

周囲を一度確認すると、アサは黒髪をカバンにしまった。お供物ではないはず、とアサは自分に言い聞かせる。

ここに見るべきものはないし、聞き込みでもするか?アサは廃病院でひどい目にあったことから、ヨルに情報収集をさせてもいいという気持ちになっている。

ーーけたたましい電動音が聞こえてきた。

死後の安息の象徴たる場所には不似合いな音が、アサを押し包む。工事現場か土木作業でしか聞く機会のない刃の回る音。

ヨルが主導権を奪った。身体を動かすと、そこに怪物が立っていた。怪物の頭部と両腕から生えた鋸の刃。そして首に巻かれたマフラー。

「…私がわかるか、チェンソーマン……」

「ヴェア"ア"…」

鋭い牙にだらりと垂れた舌。怒気を発散させるヨルが向かって行こうとした刹那、ひどい頭痛が彼女たちを襲った。頭が割れそうな痛みに呻き、ヨルは膝をつく。

「チ…チェンソ‥!」

電動鋸の怪物は腰を沈めると、大きく跳躍。ヨルの目の前で姿を消した。怪物が姿を消すと、ヨル達の頭痛は潮が引くように治まってくる。しかし、まだ気分が優れなかった為、この日はM霊園を出るとすぐに自宅に戻った。


戦果:長い黒髪の束

墓地に供えられていた黒髪の束。アサの脛に達する長さがあり、まとめると手首ほどの太さになる。

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