さよなら私の
「ダメだよ…アンタは、私と一緒に地獄におちないと……ね」
シャンクスとルフィの一撃により消滅してゆくトットムジカの最期の悪足掻きはソレを呼び出し、世界を滅ぼそうとした悪魔の一声により強制的に終了した。
ウタワールドも消え、もはや風前の灯の様な存在のウタに駆け寄る赤髪海賊団。ウタの父親であるシャンクスは、倒れている彼女を抱え起こした。
「ウタ…!」
「ぁ…あ゛ー…?な、んだ?……いま、さら父親面しに、来たの…?」
「文句は後で聞く!!…この薬を飲めば、まだ助かるんだ…はやく……ッ」
そうして彼女の口元に、解毒剤と思われる薬瓶を近付けるシャンクスに、ウタはほんの少し瞠目したのち…
「…は?……が…ふッ……は、ははは…!ハハハハハハ、ヒッ、ゲホッ!ゴホッ!!…あはははッ!!」
嗤った。嘲る様に、怒る様に、血を吐いてなお嗤っていた。自身が命をかけて起こした計画を、コイツらはまるで子供の癇癪の様にしか思っていない。あろう事か、未だ助けられる、救えるなんて勘違いをしているらしい。こんなバカらしく、苛立たしいことはあるか?
ウタはシャンクスの手にある薬を残り少ない力で振り払う。耳にガシャン!と割れる音と共に目を見開いているシャンクス達を見てご満悦と言いたげにまた嗤う。もはや壊れた玩具の様相の彼女に赤髪海賊団は「もうどうしようもないこと」を、自身達の罪を改めて自覚した。
ウタを…自分達の娘を壊したのは……紛う事なく自分達だと。ウタに気付かれないように拳を握りしめたり、俯いたりしていた彼らの耳に、ウタの声はか細くも届いた。
「呪われて、しまえ…!…ひゅー…ひゅ、ゴホッ…せいぜ…い、私の屍の上にある…平和と、自由…冒、険を享受すれば…いいッ…けほっ…ははは…!」
「………」
「はは…あははは……ざ、ま…みろ…」
どんどんウタの瞳から光が消えていく…娘が死にゆく……せめて、せめて一人ではないように、世界中から恨まれても自分達はこの子の幸福を祈っていたのは真実だと示す様にシャンクスはウタを抱きしめる。
そうしていると…
「…ぅ…ぁ?」
「ウタ?」
「ぁ…あー…」
もうその表情に先程までの邪悪さはなく…ただ眠たそうな少女に見えていた彼らは信じられない言葉を聞くことになる。
「…ホ、ンゴ…さん…」
「ッ!?おれ…?」
ホンゴウの名前を、確かにウタは呼んだ。だがその目は虚空を見つめているだけで、恐らくこれは…死の間際に幻か何かを見ている彼女の…最期の言葉の始まりだった。
「うた、ね…転んだけど……泣かなかったよ…?…え、らい?」
「ッ…ウ、タ゛…!!」
ヤソップ、的当て教えてよ
ルウ、オムライスが食べたいな
ガブさん、おんぶして…?
ライムさん、かくれんぼをしよう?ウタが鬼だよ
ビル…あなたの、芸が見たいな……
ボンクさん…デュエット、しようよ……モンスター…マイク、持って…きて?
ベック……今日、も…海、は…きれえ…だねェ…
ダメだった。あの時泣いてしまったから、この時くらい…今度こそ、ちゃんと見送ろうとしたのに…ボロボロと、海の男達の目からは海水よりもしょっぱい涙がこぼれて止める事が出来なかった。
くだらない世界なんか滅びてしまえと、彼女のファンだった者達を武器を持つ海兵にけしかけ、この国を滅ぼした魔王をもう一度呼び出し…こちらを殺す気だったはずの彼女はそこにいない。
シャンクスの腕の中で生き絶えそうなのはあの時、家族に捨てられてから時が止まった、幼い女の子だった。
緩く、震える腕をウタは伸ばす…そこには何もない…だから、何も掴めない……
「しゃ…く……す」
「……」
「おい…て……な…で…」
「ッ……ウタ…!ウ゛タ゛ッ…!!」
その目にもう自分達が写っていない事など関係なかった。
あの日離した手を今一度、彼等は掴んだ。握り返されたりなどしないのに…
「しゃん…す……す、て……いで」
「ッ、ゔ……ふ、ぐ…!ウタ!!…お前は…!お前はおれ達が憎くて仕方ないかも知れない!!だが、だがお前は!!」
「お前は…おれの娘だ!!これからも…ずっど…!!おれ達の、家族だ…!!」
シャンクスの涙が、ウタの口元の血と混ざって落ちていく。人が死ぬ時、最後に残る感覚が聴覚だとはどこで聞いたか…どうかどうか届いてくれとシャンクスは大人気なく泣いて乞うた。
「……み…な…」
「だ…ぃ………き…」
「………ウタ?」
少し力が抜けた彼らの手から…スルリと抜けた、細くて白い手は…命を落とした事を告げるには、あまりに軽い音と共に地に落ちる。
世界転覆を図った悪魔は、その計画が失敗したとは思えない程穏やかな笑みで眠りについた。