さようなら、アロス

さようなら、アロス


~さようなら、アロス・1~


「えー、みなさんも知っての通り……

 本日限りで、ゲヘナ支部の臨時部員である戸守アロスちゃんのゲヘナ学園への『短期留学』は終了。支部を離れることになるっす。

 ということで……!」


「アロスちゃんのお別れ会、開催っすーーーー!!!!」

「「「“うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!”」」」


「……理解不能です。これは、どういうことなのでしょう」

「どうもこうも、アロスちゃんのお別れ会だよ! 今日でアロスちゃん、本部に帰っちゃうんでしょう?
 アロスちゃんがここに来てから、風紀委員会のお手伝いとか支部の防衛とかでさんざん苦労させちゃったからさ。
 だったら、せめて最後くらいはちゃんといい思い出を作れるように送り出さなきゃって思って!
 ゲヘナ支部のみんな、それから風紀委員会の子たちに先生も呼んで、パーっと楽しむことにしたの!」

“そういうわけだから、めいっぱい楽しんで。アロス”

「先生まで……」


「今回は珍しく外食じゃなくて、ゲヘナ支部の部室でパーティーっす! 奮発して豪華な料理に、パーティーゲームも用意してあるっすよ!」

「本日は視察という名目でヒナ委員長を含めた風紀委員会の方々もいらしていますから、襲撃を受ける心配もありません。万魔殿にも私の方から話を通しておきました。
 今日ばかりは堅苦しいことは忘れて、みんなで楽しみましょう」


「まったく、なんで私達までMTR部なんかと一緒に……ブツブツ」

「アコ。そういう言い方は慎んで。今日の私達はあくまでゲスト兼警備役なんだから。
 ……そうね。いつかのあなたの言葉じゃないけど、たまの休暇だと思って楽しんでもいいんじゃない?」

「委員長!? だ、大丈夫ですか!? 委員長のお口から『休暇』だなんて言葉が出るなんて!
 もしかしてお熱でも……やはりお休みになられた方が!」

「……普段の私ってどういうイメージを持たれてるのかしら」


「まあ、先生の頼みでもあるし。それに、アイツにはなんだかんだで今まで仕事も手伝って貰っちゃってたしな……」

「そうですね。アロスさんにはたくさん助けて頂きましたから。……いなくなった後のことを考えると、少し気が重いですが」

「そ、それは今日だけは言わない約束だろっ!」







~さようなら、アロス・2~


「調子はどうかしら、アロス」

「! ヒナ委員長……」


「……本当、怖がられたものね。もう仕事を押しつけたりしないから安心して」

「あ、アロスに何の用ですか!」

「そうね……最後に改めて、ありがとう、って言いたくて」

「え?」


「最初に先生からあなたの話を聞かされた時は、ちょっと不安だったわ。
 もしもあなたが度を越して暴走するようなら、私が止めてほしい、だなんて……正直、厄介事を押しつけられたとも思ったりした」

「……!」

「でも、あなたが風紀委員会の仕事を手伝ってくれるようになって、私達もずいぶんと助かったわ。今となってはあなたやMTR部には感謝してもし切れない。
 ……いっそ、正式に風紀委員会にスカウトしたいくらいだったし、あなたがいなくなってしまうのは惜しいけれど」

「あ、アロスはもうお仕事はこりごりです!」

「ふふっ、冗談よ」


「でも、MTR部で困ったことがあったらいつでも言って。
 あなたには随分と借りが出来ちゃったし、私達もできる限り力になるわ。
 短い間だったけど……あなたも確かに風紀委員会の、私達の仲間だったから」

「……ヒナ委員長」


「その……アロスは正直、ヒナ委員長のことは苦手でした」

「……そうね。よく言われる」

「ですが!」


「それでもアロスは、ヒナ委員長や風紀委員会のことが、その……嫌いでは、ありませんでしたから。
 こんなアロスを受け入れてくれて……アロスも、感謝しています」

「そう。……ありがとう」


「さようなら、アロス。そしてまたいつか会いましょう。
 私達は、同じ学園都市に……同じ世界に生きているのだから」

「……はい」






~さようなら、アロス・3~


「うう、ぐすっ! アロスちゃんがいないと、寂しくなるっす……!」

「また、遊びに来てください。ゲヘナ支部はいつでも、アロスさんを歓迎しますから」


「やっほーアロスちゃーん! イエーイ、楽しんでるー?」

「支部長。いくらなんでも、すこし羽目を外し過ぎだと判断しますが」

「……あれ、思いの他テンション低い? い、一応アロスちゃんの送別会なんだけどなー」

「なんだかダシに使われているような気がします。アロスを口実にどんちゃん騒ぎがやりたかっただけなのでは?」

「う゛、アロスちゃん地味に酷いぃ……!」


「……そもそもアロスには、お別れを祝う、という概念がよく分かりません。
 死が悲しむべきこととされるのと同様に、別れもまた悲しむべきことではないのでしょうか。
 だというのに、どうしてみんな笑っているのでしょう。アロスとお別れできることを喜んでいるのでしょうか」

「え!? いやいやいやいや! そんなことない! 絶対そんなことないからねっ! それだけは誤解しないでっ!!」


「……なら、どうしてみんな笑っているのですか」

「それは……まあ、悲しいから、じゃないかな」

「悲しいのに、笑うのですか?」


「……たぶん、MTRと一緒なんだって思うよ。
 たとえ二度と会えなくなるわけじゃなかったとしても、誰かとお別れするってことは辛くて、寂しいことだから。
 だから、お互いに後悔が無いように、笑って送り出すの。
 泣きたいのをガマンして、みんな笑うんだ。一度きりのこの瞬間を、少しでも良い思い出にできるように」

「……そういう、ものなのですか」

「うん。そういうもの」







~さようなら、アロス・4~


「それにさ。実はあたし、こういうのにずっと憧れてたんだ。
 自分の家で。安心できる居場所で。大切な家族のみんなといっしょに、美味しいものを食べたりお喋りしたり。
 そんな風な『当たり前の幸せ』、みたいなものにさ。
 だから、アロスちゃんをダシに使っちゃったっていうのも半分くらいは本当なの! ……ごめんね!」

「……いいえ。そういうことでしたら、アロスは気にしません」


「えっと、さ。もしかしてアロスちゃん。
 本当にあんまり楽しめてなかったり、して……?」

「……それは、否定します。楽しいか楽しく無いかで聞かれたら……楽しい、です。
 その……アロスは情緒面でのラーニングが不足しているので、今の自分の感情を上手く出力できていないだけ、だと思います」

「そっか……よかった」


「……それと。もう最後だからさ。ちゃんとお礼を言っておくね。ありがとう、アロスちゃん」

「? 理解不能です。なぜアロスにお礼を言うのですか。むしろ、アロスの方が皆さんにお礼を言うべき立場なのに」


「だって、アロスちゃんのおかげで、あたしたちは救われたから。
 ちょっと前までのゲヘナ支部だったら、こんな風に部室の中で呑気に宴会だなんて考えられなかったもの」

「それは、アロスの功績では……」

「ううん。アロスちゃんが来てくれたのを切っ掛けに、いろんなことが良い方に変わってくれたから。
 葬長がゲヘナ支部を助けてくれたことも、風紀委員会の子達とも仲良くなれたことも。
 アロスちゃんはあたし達に幸せを運んできてくれた、あたし達にとっての女神だから」

「……理解、不能です。アロスは女神などではなく、ただのアンドロイドですから」


「あはは、ダメだなあ。最後まで笑顔でお別れしようって思ってたのに……
 やっぱりあたしには、湿っぽい雰囲気って、苦手だなぁ」グスッ

「……支部長」


「今までありがとう、アロスちゃん。あたし……アロスちゃんのことが、大好きだったよ」

「……はい。アロスも、支部長のことが。ゲヘナ支部のみんなのことが……大好きでした」







~さようなら、アロス・5~


~~~


「……………………」

“……終わっちゃったね。送別会”

「……不思議な気持ち、です。ゲヘナでの日々は、滅茶苦茶で……それでも、忘れられない思い出でしたから。この日々が、明日からなくなるのだと言われても、信じられません」


“みんなに見送られて、アロスはどんな風に思った?”

「……そう、ですね」


「悪い気持ちでは、ありませんでした。みんなに惜しまれながら送り出されるのは。
 得体の知れないアンドロイドであるアロスに、みんな良くしてくれて。アロスも彼女たちのことが、その……大好きでした、から」


「ただ……良い気持ちばかりでも、ありませんでした。
 あたたかくって、でも胸がぎゅっとして、悲しくて、寂しくて……辛くて。お別れなんて、したくなくて」


「っ……ぐすっ」ポロポロ


「感情が、溢れて……制御、できません……エラー、発生です。でも、リセットは……したくありません。
 ひょっとしたら……誰かに『看取られる』というのは、こんな気持ち、なのでしょうか」


“……そうかも、しれないね”


“でも、アロスもゲヘナのみんなもまだ、生きてるから”

“アロスが会いたいって思ったら、また、いつでも会えるよ”


「……そう、ですね。アロスはみんなに、また会えるの、ですよね。
 会いたいって思ったら、いつでも」







~さようなら、アロス・6~


“……ねえ、アロス”

「……なんでしょうか、先生」


“確かに私たちは、アロスより先に死んでしまうんだと思う。アロスがそれを恐れていることだって知ってる”

“私にはたぶん、アロスを最後まで見守ることはできないし……アロスの抱えている孤独を、本当の意味で理解してあげることもできない”

“だから、アロスが自分の『看取られ』を望むのも、無理はないんだと思う”

「……はい」


“だけど”

“それでも、誰かに看取られることを望むよりも先に……アロスにはこの世界で、いろんなものを見て、いろんな人と出会って、いろんなことを知ってほしい”

“自分の『終わり』を考えるのは、この世界の中でアロスが精一杯生きて、『生きてて良かった』って思えるようになった後であってほしいんだ”


「……だから先生は、私をゲヘナ支部に送ったのですか」

“それもあるかな。ゲヘナははちゃめちゃだけど、誰もが自由に生きている学園だから。この世界にはいろんな生き方や考え方があるんだって、知ってほしかった”

“アロスが悪い方向に影響を受けないかは不安だったけど……その、余計なお世話、だったかな”

「……いえ。今なら少しだけ……先生の言っていることも、分かる気がします」



「ところで、これからアロスはどうなるのでしょう。
 ……ゲヘナ支部を去った後のことは、部長からも聞かされていません。また本部預かりとなるのでしょうか」

“ううん。これからは、アロスにはまた、別の学校に通ってもらうつもり”

「別の学校、ですか?」

“うん。たぶん、アロスが一番行きたがってた場所だと思うよ”

「! それって……」



“今のアロスなら……あの子と会っても、きっと大丈夫だって思うから”




次:「はじめまして、アロス

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