ご褒美

ご褒美


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その日、呪術師としての仕事が落ち着いた東堂は溜まっていた課題を片付けるため机に向かっていた。

とはいえ見た目に反し勉学もできる東堂にとって大した問題ではなく、常ならばすぐに片付けられる程度のものだった。

が、その日は違った。

著しく集中力を欠いていた東堂は教科書とノートをただ交互に眺めるだけの存在に成り果てていた。


「どうした葵、わからないところがあったのか」


そう声をかけてきたのは脹相だ。東堂の両肩に手を置き後ろから覗き込んだ脹相はううん、と悩ましげに唸った。


「俺が教えられたら良かったが……。力になれなくてすまない」

「いや……気にするな。少し考え事をしていただけだ。すぐ終わらせる。それより……」


しゅん、と太い眉をハの字にさせた脹相の頬にキスをした東堂は聞こうか聞くまいか悩んでいたことを質問しようとしたところで、ふふ。と笑った脹相の言葉にまたもや思考が乱されることになる。


「終わったらご褒美があるからな。楽しみにするといい」


どことなく悪戯っぽい笑みを浮かべた脹相は邪魔をしては悪いと思ったのか。東堂が質問をする前に去っていってしまう。

そして残された東堂は机を壊さん勢いで頭をぶつけると心の中で叫んだ。

ご褒美ってなんだ!と。

東堂が著しく集中力を欠いている理由。それは他でもない脹相だった。

食べ終わったら課題をやる。夕食の席で東堂が言った台詞は本来ならば毒にも薬にもならないただの会話で終わるはずだった。だが脹相はそうさせてくれなかった。『そうか。学生は大変だな』で終わるかと思いきや。驚くべきことを脹相は言ってきたのであった。


「そうしたら頑張ってる葵にはあとでご褒美をあげよう」


一般的に褒美ときたら物理的なプレゼントが妥当なラインだろう。

だがしかし。恋人から『ご褒美』と言われたら夜の営みに関することだと期待してしまうのも無理もない話だろう。

そう、東堂は若かった。任務続きでここ暫くキスやハグ以上のことをできてないこともあり課題ではない別のものが溜まっていたのだ。その熱のせいもあり若く青臭い期待が膨らんでしまったのだ。

そして今に至る。


「ご褒美ってなんだ…?何をしてくれるんだ…?いや、むしろ何でもさせてくれるのか…!?」


一体どこでそんないやらしいことを覚えたのか。誰に教わったのか。以前『最近色々と勉強しているんだ』と言っていたことを踏まえると自ら積極的にそういうことを学んだのか。

後者だとしたら誰が脹相をそんな破廉恥な発想をする男にしたのか。俺か?俺がすけべにしてしまったのか?

自問自答を繰り返しながら唸り続けた東堂だがまずは目の前の課題を片付けないことには『ご褒美』が何なのかわからず終いであることに気付く。そして思考をクリアにするため平家物語を唱えるとその後は驚くべき集中力で先程までのタイムロスはなんだったのかと問い質したくなる程の早さで課題を終えたのだった。


「脹相!」

「ああ、終わったのか」


自室から飛び出しリビングの扉を勢いよく開けた東堂に驚くこともなく返事をした脹相は先程と同じように悪戯っぽい笑みを浮かべると東堂を椅子に座らせ「目を瞑って待っていろ」と耳元で囁いた。


「俺がいいと言うまで目を開けるな」


もうこれはすけべなやつで決まりだろ。

脹相に言われた通り目を瞑った東堂は確信すると今こうしている間に何かしらの準備をしているに違いないと夢想する。

視覚を遮断させるということは見られては困るものなのだろう。となるとベタなのでいけばコスプレだろうか。よくあるのは警察官や看護師だが脹相なら何でも似合うから何を着ても構わない。そもそも脹相が自分を喜ばせるために選んだ服だと思えば例えどんな奇抜な格好だとしても嬉しくもあり興奮できる。

果たして脹相はどんな衣装を着ているのか、と勝手にコスプレ姿を東堂が妄想していたところに脹相の足音が聞こえてくる。


「待たせたな。目を開けていいぞ」


どくんどくんと心臓が早鐘を打つのを感じながら東堂が目を開いたその先に映ったのは皿に置かれたプリンだった。


「前に食べたいと言っていただろう?お取り寄せスイーツというやつだ。驚いたか?」


ふふんと自慢げに笑う脹相とプリンを交互に見比べた東堂はあまりにも純粋すぎる恋人と汚れた心を持った自分とのギャップに頭を抱えたくなった。

恐らく一緒にテレビを見ていた時に自分が溢した言葉を覚えてくれていたのだろう。不慣れながらネット検索をし、目当てのスイーツを見つけ出し、通販の手続きをしたのであろう脹相の姿を幻視した東堂はその健気さにつう、と涙を一筋流した。

正直な話、食べたいなんて言った記憶はない。無意識かつ無感情に呟いた言葉を覚えてくれていたことに喜びを感じると同時にこんな健気で愛おしい生き物に己の欲をぶつけようとしていた自分に嫌気がさしていれば、思っていた反応と違っていたのか。不安そうな顔をした脹相がおそるおそる話しかけてきた。


「もしかしてこれではなかったか……?すまない……俺はまた間違えたようだ……」


まずいと思った東堂は恐るべき早さで涙を拭くと大丈夫だ。と安心させるため脹相を抱き締めた。


「驚いて声が出なかっただけだ。ありがとう脹相。覚えてくれて嬉しい」

「そうか、ならば良かった。ショックを受けていたよう見えたから勘違いしてしまった」

「あー……それは」

「葵?」


顔に出ていたことに東堂が羞恥を覚えていれば不審そうに首を傾げた脹相はハッとなるとまたもや要らぬ勘違いをし始めた。


「本当は別の物を食べたかったのでは……?やはり俺は間違えて……」

「だー!違うってえの!ちゃんと嬉しいから!」

「だったら何故」

「それは、その……」


真実を伝えるかどうか迷った東堂だがここで下手に誤魔化すと拗れてしまう予感がしたため、脹相を悲しませるくらいならと例え変態呼ばわりされても致し方ないと覚悟をし、己の青い妄想を包み隠さず告げることにした。


「褒美っていうからてっきりセックス関連だと思ったんだよ……」

「セッ……!?な、なんでそうなる……?」

「最近できてなかったし、それに恋人からご褒美だなんて言われたら勘違いするだろ……」

「……」

「だがしかし俺の勝手な勘違いであることは自覚している。お前が気に病む必要はない」


脹相が何も言って来ないことからこれは嫌われたかもしれない、と覚悟をしていたとはいえ心にヒビが入るのを感じていれば、葵。と名前を呼ばれ思わず肩を震わせてしまう。


「……えっち」


顔を赤らめ、拗ねたように言った脹相は少し間をあけたあと続けて言った。


「それだとお前の褒美にはならないだろうが……」


あまりの衝撃的な発言に固まっていた東堂だがすぐさま脳を起動させると言葉の意味を理解すると同時に脹相を抱き上げていた。


「抱く」

「あ、こら……プ、プリンは……?」

「お前を食べたあとに頂くとしよう」

「親父くさいぞ葵……」

「お前だって期待していたんだろう?」


そうだろうと言わんばかりにニヤリと笑いかければ反論されると思いきや。目を逸らした脹相は服の襟を引っ張り顔を隠すると聞こえるかどうかの小さな声で呟いた。


「……少し」


健気で可愛いだけでなくエッチとは。これを素でやっているというのだから恐ろしい限りだ。

あまりにもあざとい恋人に一種の恐怖を感じた東堂だがまずはご期待通りにしてあげるのが吉だろうとその額にキスを送ると問答無用でベッドに向かったのだった。

尚、残されたプリンは数時間後東堂が責任を持って平らげたが『せっかく買ったのに』『何故冷蔵庫に入れなかった』『一番おいしい状態で食べてほしかった』と脹相に拗ねられ、今度は東堂が詫びとしてプリンを買ってやることになったのは別の話である。


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