ごめんねスレッタ・マーキュリー─回る毒(後編)─

ごめんねスレッタ・マーキュリー─回る毒(後編)─


※狂気的な描写があります




少しずつ毒が作られていく

───僕たちは無事に逃げられるんだろうか

少しずつ毒が流れていく

───僕たちはどこまで追われる事になるんだろう

少しずつ、毒が回っていく

───僕たちは、本当に、生きていけるの

少しずつ、少しずつ…

───

────

─────ああ、それなら、いっそ…




………

…………

……………




 エラン・ケレスとスレッタ・マーキュリーを乗せた船は、デブリの間を縫うようにして目的地へと進んでいた。

 フロントから遠ざかるごとに、少しずつデブリの数が少なくなっていく。目的の宙域まで近づいた時には、すでにそれほど危険な進路ではなくなっていた。

 もう時刻は真夜中に近い。フロントを出てから数時間は経っているが、今のところ追手が迫っている様子はない。

 そろそろ次の段階へ行くべきだろう。

 探知範囲を拡大して、緊急回避が必要なデブリがないか確認する。とくに問題がないようなので、エランは再び船をオート操作に切り替えた。

 さらに目的地も再設定する。場所はフロント73区、アスティカシアの管理施設だ。行きとは違い大回りなルートを通ることになるが、うまくすればこの船は自分の古巣へ帰れることになる。

 途中で運悪くデブリに巻き込まれたり、ペイル社やプロスペラ・マーキュリーの陣営に鹵獲される可能性ももちろんある。だがどのような結果になってもエランは構わなかった。それぞれに何らかの旨みがあるからだ。

 ついでに通信状態を回復させておく。ペイル社やプロスペラ陣営が近くを通れば、この通信が彼らを引き寄せて貴重な時間を消費させてくれるだろう。更にアスティカシアの管制室がこの船を見つけてくれれば、その後に起きる混乱も大きくなる。

 最後にモビルスーツの搬入口のロックを解除する。これで、この船でのメイン作業はすべて終了した。


 エランは席を立ち、スレッタのそばに跪いた。相変わらず眠ったままだが、顔色は悪くない。出来ればもう少しだけ目を覚まさないでいて欲しいと思いながら、拘束をゆっくり外していく。

 パイロットスーツなので大丈夫なはずだが、何となく心配になって、長時間固定されていたスレッタの腕にそっと手のひらを当てた。…出来ればもう二度と、拘束などはしたくない。

 けれどスレッタが起きて抵抗するなら、また縛り付けなければいけない。

「………」

 来るかもしれない憂鬱な未来を振り払い、スレッタの背に腕を回す。出来るだけ負担にならないよう慎重に彼女を抱き上げると、モビルスーツが収容されている格納庫に向かった。

 この船に乗せられている汎用型デミトレーナーは、パイロット科では誰もが乗ることになる扱いやすい機体だ。エランもその使い方を熟知している。

 授業では孤立した場合に備えてメカニックの真似事も出来るよう実習を受け、ペイル社ではより実践的な使い方も叩き込まれた。

 今回はその知識を存分に利用させてもらう。

 格納庫へ入ると、フライトユニットを装備したデミトレーナーが静かにエラン達を待っていた。巡視艇での船旅は終わり、次はこの機体に乗って宇宙遊泳をしなければいけない。

 それもごく短いものになるだろうが…。

 エランは小さく息を吐くと、気を取り直したようにスレッタのパイロットスーツをあらためた。酸素残量をチェックし、綻びがないかどうかをしっかりと確かめる。問題がないと判断すると、スレッタの長い髪を紐でまとめ、最後にヘルメットを被せて準備は完了した。


 エランはしっかりとスレッタを抱きかかえて、コックピットへと乗り込んだ。通常の重力下なら大変な作業だが、今は低重力に設定しているため簡単なものだ。これが無重力になると、今度は思わぬ事故が起きないように気を付ける必要がある。

 基本的にコックピットは1人用として作られている為、2人も乗り込むと少し手狭になってしまう。だがエランは構わずスレッタを膝の上に乗せると、そのまま彼女を横抱きにして腕の中に閉じ込めた。

 救助用のハーネスを付け、無重力下でも離れないように自分と彼女の体を堅く繋げる。

 少し機体を動かしにくくなるが、移動する分には問題ない。追いつかれれば終わりなのは分かり切った事なので、本格的な戦闘など端から想定していなかった。

 空いているスペースにスレッタを押し込むつもりもない。彼女をこれ以上ぞんざいに扱う事などしたくはなかったし、何より、先客がいたからだ。

 後ろにちらりと目を向ける。そこにはスレッタの入っていた鞄と、小さなタンクが置いてある。鞄の中にはもうスレッタはいないが、彼女の私物は詰め込まれたままだ。

 子供の浅知恵だが、少しでも目くらましになってくれることを願う。

 エランは深く深呼吸して、デミトレーナーを起動させた。


 少しの振動。メインモニターが点滅し、視界がクリアになる。エランが操作するデミトレーナーはゆっくりと立ち上がり、モビルスーツ用の搬入口へと向かった。

 扉を開け、搬入用の小部屋へと入る。普通ならここで乗員に部屋の空気を抜いてもらうが、今はエランひとりなのでそれも出来ない。部屋に備え付けのモビルスーツ用の操作盤を使い、空気を抜く指示をする。

 目の前にあるもう1つの扉を見つめる。あの扉の外に出たらもう宇宙だ。一度外に出たら、帰っては来れない。

 一瞬、心に小さな波が起きる。…それは迷いの形をしていた。このまま進んでいいのかと、エランに話しかけてくる。

 目を瞑ってそれに答える。

 ───引き返してどうする。ここまで来たらもう進むだけだ。

 部屋の空気が抜けた。エランは内側からもロックを解除し、外へ繋がる扉を開け放った。モニターに映るのは、真っ暗闇の真空の世界だ。

 エランとスレッタを乗せたモビルスーツは、外の世界へと滑り降りた。


 巡視艇がエラン達から離れていく。あの船がどうなるのか答え合わせが出来るのは、自分たちが保護された後になるだろう。

 膝の上のスレッタを意識しながら、エランはフライトユニットを起動させた。デミトレーナーが高速で移動を開始する。宇宙空間に推進剤の飛沫が広がり、すぐに拡散されていった。

 目的の宙域まではそれほど時間はかからない。最終目的地までの繋ぎのようなもので、場所自体には意味はない。むしろ程々に見つかりやすいポイントを選んだくらいだ。

 だが、それは今この時ではない。

 エランは広域にレーダーを展開して、追手が来ていないかどうかを確認した。ペイルが追ってくる可能性はベルメリア・ウィンストンとの通話で低くなった。だがプロスペラがどう出るかは分からない。

 元々プロスペラは学園の外ではかなりの影響力を持っている。どこまで力が及んでいるか分からないのがより恐ろしく、おそらくデリング・レンブラン以外にも相当な数の協力者がいる。

 学園では色々な企業が牽制しあっているので逆に安全だったが、そこから飛び出した今は違う。ペイルとプロスペラの脅威度は、フロント外宙域に出た時点ですでに逆転している。

 とくに替えの利く量産品であるエランと違って、スレッタはいわば一点物の高級品だ。どこまでも執拗に追ってくる可能性がある。

 プロスペラに捕まったら、いずれは夢の世界の光景がスレッタに襲い掛かってくるだろう。

 …そこまで考えて、エランは軽くかぶりを振った。いけない、不安になっている。

 あまりに楽観的すぎるのも考え物だが、悲観的過ぎるのもまた良くない。心を平静に保たなければ、宇宙空間では死に直結する。

 気持ちを切り替えると、操縦桿を握り直した。余計な事は考えず、できることをするだけでいい。

 デミトレーナーを丁寧に操作しながら、ただ目的地へと向かっていく。スラスターで位置を調整し、ブースターで出力を調整し、負担が掛からないギリギリの速度を維持していく。

 エランは気付くことはなかったが、その手は微かに震えていた。

 そして、目標のポイントに到達する。


「は……、……ッ」

 いつの間にか息が上がっている。そんなにも体に負担が掛かる速度を出してしまったのだろうか。

 とっさにスレッタの顔を覗いたが、彼女の顔に苦しそうな様子はない。パイロットスーツにも、不備はない。…ならばこれは精神的なものだ。

「くっ…、……」

 情けない。エランは顔を歪めながら、意識して呼吸を整えた。何度も深呼吸をして、落ち着きを取り戻そうとする。

 やがて呼吸が少し穏やかになってくると、コックピット内のコンソールを呼び出した。

 ことさら丁寧に操作するのを意識しながら、まずは空気の放出を指示する。これをしないとコックピットを開けた際に、空気の渦に巻きこまれてしまう。

 次にモビルスーツのオート操作を新たにひとつ登録する。既存の動作を組み合わせた単純なものだが、おそらくこんな動作を作った者はアスティカシア学園にはいないだろう。

 そして最後に緊急モードを起動する。特定の動作を繰り返して隠された項目を可視化すると、コックピットへの各種セーフティを取り外した。

「………」

 基本的にモビルスーツはいくつかの動作が登録されていて、スイッチ1つでそれを勝手に再現してくれる。それなりに詳しく習った者なら、自身でどのような動作をさせるか新たに設定することもできる。

 だが、安全性の視点から攻撃の対象外となるものがある。それが自機のコックピットだ。

 いまエランはそれを取り外した。そして新たに設定した動作は…。


 目の前でコックピットが開いていく。エランは自身を固定しているアタッチメントを外し、スレッタと一緒にゆっくりと操縦席から降りた。

 デミトレーナーの腕がだんだんと上がっていく。コックピットの前には邪魔をするものは何もなく、エランはスレッタを抱えながら開けた空間へと飛び出していく。

 パイロットスーツに付いているスラスターを展開する。後ろでは、デミトレーナーが登録された通りにビームライフルを手に持っている事だろう。

 操縦席の後ろに置いた荷物を思い出す。ひとつはスレッタの私物が入った大きな鞄だ。そしてもうひとつのタンクの中身は。

 ───推進剤。ようするに、燃料だ。

 時間にして数分。たっぷりと距離を取れる時間をかけて、デミトレーナーは自身のコックピットを打ち抜いた。


 エランは一瞬だけ振り返る。きちんと動作を完了したデミトレーナーは、その役目を終えて大きく爆発し、内部の酸素に反応して炎上していた。

 決闘用の低出力のビームでも、使いようによっては途端に恐ろしい殺傷武器に早変わりだ。あそこにずっと座っていたら、骨も残さず蒸発していただろう。

 暴れ出しそうになる心臓を抑えて、スラスターで位置を調整する。もうモニター画面は使えない。あとは自身の記憶をもとにして、目標地点までたどり着かなければいけない。

 狂気の沙汰だ、とエランは思う。ただ同じ方向に進めばいいと言うものではない。デブリが近づけばそれを避け、その度に角度と速度を修正し直さなければならない。もしも間違えたら永遠に宇宙の迷子だ。

 腕の中のスレッタを抱きしめる。もう後はない。エランは進み続けるだけだ。大事なものを1つだけ持って、この先に逃げるしか道はない。

「はぁ…っ…はァ…ッ…ハッ…」

 呼吸が乱れる。まるでパーメットスコアを上げた時のように、体が軋みをあげている。今意識を失うわけにはいかない。腕の中には自分よりも大切な命がある。


『スレッタさんが、可哀そうだと思わないの』

「───」

 ふいに、ベルメリアの声が脳裏に響いた。

 何を言うんだと、スラスターを調整しながらエランは思う。このままではスレッタは死ぬよりもつらい目にあってしまう。尊厳を破壊され、その体を奪われる。

 一緒に死ぬというのは方便だ。自分達は生きて地球へと逃げる。なにも知らないアンタが適当なことを抜かすな。

『水星ちゃんへの贈り物は決まった?』

「───」

 次に聞こえたのはシャディク・ゼネリの声だ。

 まだ1日にも満たないのに、紅茶を飲んで話し合った時が遥か遠くの出来事のようだ。

 この計画はシャディクの協力が不可欠だった。日記数冊分の対価に、ずいぶんと高い買い物をさせてしまった。

 スラスターを微調整して、ズレた角度を変えていく。目指している目標地点にも、今頃シャディクの手配した船が向かっているはずだ。

 ───ほんとうに?

「───」

 …向かっている、はずだ。

 そうでなければ、本当に、僕らは終わってしまう……。

 エランは眼前に目を向けた。ぽっかりとした暗がりが辺り一面に広がっている。広く、ひろく、何もない空間だ。遥か遠くにポツポツとした明かりはあるが、寄る辺になりそうなものは、何もない。

 吞み込まれそうな静寂の中、聞こえて来るのはいつもより早い自分の呼吸音だけだ。

 ぞぅっと。胃の腑から怖気と共に恐怖が迫り上がってくる。エランは堪らず、スレッタの体をぎゅうと強く抱きしめた。

 落ち着け…おちつけ。シャディクはきっと約束を破らない。自分さえ間違わずに目標地点へとたどり着ければ、きっと迎えの船が来てくれる。

『エランは、正直者だな』

 ───うそつきの、じぶんのために?

 呼吸が止まった。

 エランは今日だけでたくさんの嘘をついた。多くの人を欺き、迷惑を顧みずになりふり構わずスレッタを攫った。

 そんな自分を、シャディクは信用するだろうか。もう対価は貰ったとばかりに、打ち捨てられたりはしないだろうか。こんな狂った計画なんて、聞くだけでも馬鹿馬鹿しいと思っていないだろうか。

 ……そもそも自分は本当に、正気なんだろうか。

「───」

 根拠はない。客観的な証拠も、なにも。狂ってしまっていても、もはや自分では判断ができない。

 呆然とするエランに、自身の声が響き渡る。

『僕と一緒に、ここで死んでくれ』

 スレッタに言い放った言葉だ。本来はプロスペラへ聞かせるための言葉だが、そんなことは言われた本人には関係ないことだ。

 恐ろしい言葉を告げた狂人に、スレッタは何を思っただろう。この腕の中にいる人は。

「───あ」

 拒絶するだろうか、恐ろしい狂人を。

「───あぁ」

 拒絶されてしまうのだろうか、自分は。

「───ああぁ」

 スレッタ・マーキュリーが起きたら、僕は。


 水面が揺れる。

 心の奥底から感情が沸き上がる。

 あらゆる負の想いが吹き上げていく。


 決壊寸前の、荒れに荒れた水面を抱えて、エランはスレッタに縋りついた。

 絶望に呑み込まれそうになりながらも、かろうじてか細い希望にすがって、進む方向だけは維持しながら。

 エランはひとりきりで溺れていた。

「スレッタ・マーキュリー、スレッタ・マーキュリー」

 恐ろしい。おそろしい。今のエランには自分を取り巻く何もかもが恐ろしいものに思えた。

 この状況も。過去も、未来も、自分自身も、そして、自らの命よりも大事に思える腕の中の少女も。

 この恐怖から逃れられるなら、何でもしてしまいそうだった。

『僕と一緒に』

 ───ああ、それなら。

『僕と一緒に、ここで』

 ───ああ、それなら、いっそ。


 いっそ、ほんとうに、ふたりで死んでしまおうか。


 スレッタを見る。彼女は安らかに眠っている。彼女が起きる前に、彼女の顔が恐怖に染まる前に、その命を摘み取ってしまえば…。

 誰にも───スレッタ・マーキュリーにも邪魔されることはなく、ずっと2人で一緒にいられる。

 エランが本当の狂気に囚われ、スレッタのヘルメットに手をかけようとした瞬間。

 まるで何かに触れられたかのように、ずっと眠っていた少女の瞼がピクリと震えた。

 弾かれたように、彼女を傷つけようとしていた手が離れていく。

「……ん」

「───」

 凍り付くエランの目の前で、スレッタの濡れた碧い瞳がゆっくりと現れる。

 地球を思い起こす宝石のような碧い瞳が煌めいて、動きを止めたエランをひたりと見据えた。

「………えらん、さん?」

 数時間ぶりに、スレッタ・マーキュリーが目を覚ました。

 自分の状態も目の前の男の狂気も何も知らない、無垢な瞳の少女がまっすぐにエランを見つめていた。


「どう、したんですか…?」

 スレッタがぼんやりとした口調で問いかける。それもそうだ。エランは酷い状態だった。

 呼吸は乱れ、恐ろしい表情をしながら、守ろうとした少女を手にかけようとした狂人だ。

 何も言えずにいると、スレッタは次に周囲を見回して首を傾げた。しばらくしてお互いを繋げているハーネスに気付くと、納得したように頷いた。

「エランさん、これ、きゅうじょですか?」

「……え?」

「だって、ハーネスがついているから」

「………」

 そうだとも、違うとも言えずに黙り込む。きみを殺そうとしたなんて、言えるはずがない。

 スレッタはエランがパイロットスーツのスラスターを制御しているのを見ると、邪魔にならないように手を回して、体をぴったりと預けてきた。

「エランさん、だいじょうぶ、こわくないですよ」

「…なに」

「きゅうじょ、はじめてなんですよね。だいじょうぶ、さいしょはこわいけど、でも、こわくないですよ」

「…よく、分からない」

 スレッタは優しい声で、混乱したエランを宥めようとしていた。

「わたし、ずっとすいせいで、きゅうじょのおしごとをしてたんです。だから、エランさんがしっぱいしても、なんとかなります。こわくないですよ」

「………」

「それに、エランさんは、しんせつで、やさしくて…、………」

「…怖くないの?」

 再び眠りそうになるスレッタに、追いすがるようにエランは聞いた。

「……え?」

「きみは、僕のことが怖くないの?スレッタ・マーキュリー」

 エランの問い掛けに、スレッタは少し考えて、眠気を振り切るようにぐりぐりと目の前の胸元にヘルメットをこすりつけた。

 あまり効果はなかったようで、とろんとした瞳でスレッタは答える。

「こわく、ないです…。だって、エランさんは。しんせつで、やさしくて……そばにいると、あんしん、するから」

 だから、だいじょうぶ、なんです…。

「───」

 それだけ言うと、スレッタは再び眠りについた。すうすうと、健やかな寝息が聞こえてくる。

 気が付けばエランの呼吸は正常に戻っていた。あれほどあった恐怖も嘘のように引いている。

 まるで氾濫した水をすべてスレッタが吸い取ってくれたようだった。

 エランは眠っているスレッタを起こさないように、そっと両手で抱きしめた。万が一にでもデブリで傷つかないように、自らの体で隠すように彼女を覆う。

 大丈夫だ、と思った。

 今後どんな事があっても、たとえ彼女に嫌われてしまっても、この日の彼女の言葉があれば自分は大丈夫だと思えた。

 スラスターの制御を微調整する。エランの頭は特別製だ。空間把握能力は群を抜き、とうとうファラクトのパイロットにまでさせられてしまった。

 そんな自分の能力を、要らないものだと呪ったものだが…。

 今は少しだけ感謝している。クリアになった頭の中にはきちんと目的地までの道のりが収まっていて、少し微調整をすれば時間ぴったりに約束の場所までたどり着けると分かるからだ。

 大丈夫だ、エランは何度でも繰り返す。

 彼女が保証してくれた。だから…大丈夫だ。

 大事なものを1つだけ抱きしめて、エランはゆっくりと進んでいく。

 大切な少女を守りながら、広い広い海を泳いでいく。


 船が2人を迎えに来るまで、エランの心はスレッタで満たされていた。









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