これ見てる時は脳内の右隅あたりに「※ギャグ時空です」ってテロップを入れといてください
ジリリリリ!
目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響き、それまで布団の中で安らかな寝顔を晒していた男がハッとした表情で跳ね起きる。焦りながらも寝ぼけ眼のまま枕元へ手を伸ばしたが為に、男の巨体はバランスを崩し、盛大にベッドから転がり落ちかけ──
「“シャンブルズ”」
──同時に、まるで魔法の如く、彼の身体とベッド上の枕が入れ替わり、空中へと放り出された枕は重力に従いポスッと音を立て床へ落ちた。
「おはよう、コラさん」
先程聞こえたものと同一の声が、些か無機質に、それでいて優しげに男の耳へと届く。DEATHという物騒な文字の刻まれた指が、カチリと目覚まし時計のボタンを押した瞬間が目に入った。
「…また来たのかよお前」
目の前の青年の名は、“死の外科医”トラファルガー・ロー。最悪の世代の1人として名を馳せ、突如海軍本部へ海賊の心臓を100個送り王下七武海の称号を得たかと思えば、かのジョーカーをその玉座から引き摺り下ろし、果てには四皇の一角を打ち倒したのだという、懸賞金30億ベリーの紛れもなき凶悪犯罪者。
男──ドンキホーテ・ロシナンテ准将の住まう此処は、新世界に設置されたとある海軍基地、その男性寮の一室。つまるところ、本来余程の理由でもなければ、彼のような大海賊が侵入して良い場所ではない…ないのだが。
「ほら朝食、うちのコックが作ったやつだ」
「おっ、やったおにぎり!具はなんだ?梅干し?」
「悪いが船長権限で船内に梅干しを持ち込む事は禁止してる」
「お前もう26だよな…?」
ドジっ子を自称するロシナンテはいくら気をつけてもなお頻繁に遅刻しかける為、身体が資本の職であるにも関わらず、朝食を食べに食堂へ向かう時間を惜しむ傾向にあった。なのでハートの海賊団の食糧事情を少し気に掛けつつ、差し出された2つの袋のうちの片方を有り難くいただく。毒の心配?おそらく殺そうとしてきてるならこの時点で既に頭と体は離れ離れになっている、心配するだけ無駄だ。
「というかお前、部下ほっぽり出してまで毎朝よくやるよ」
「ちゃんと近くの別の島に滞在させてる。それに、滝から落ちたり襲撃に遭ったりで、元より船には整備が必要だった。今後も何があるかわからない以上準備はしておきたい、現在の状態を踏まえれば特定の場所に留まる事は理に適っている」
「それなら尚更船長が不在ばっかはダメじゃねえの?」
「仮にも海賊が海軍基地のある島で堂々と滞在するわけにもいかねえだろ」
「いやそうだけどそうじゃなくて…」
「それに、だ」
仮にも敵本拠地内におりながらも、齧った跡のついた握り飯を手に頬を膨らませているという、まるで子供のような態度のまま、彼は淡々と言葉を紡ぐ。
「うちのクルーが遅れをとるとは思っちゃいねえが…あんたの能力なら、取り返される可能性もないわけじゃねえしな」
だから居場所がはっきりバレないに越した事はないと、まるで今日の天気を話すように返されて、ロシナンテは言葉を詰まらせるしかなかった。
彼が自分のそばにいる事を許した理由として、哀れみであったり同情であったり、その手の想いがなかったと言えば嘘になる。親とはぐれた幼児でもそこまで泣かんだろ…という泣きじゃくりっぷりを見せられたら流石にそうなる多分誰だってそうなる。ただこんなにまで干渉を許しているのは、オペオペの実の能力でバラバラにされた部下達を見た上で、彼とトラファルガー・ローが成した取引の結果だ。
全て胃の中に送られ握り飯の影も形も消えた手のひらを、ロシナンテは自分の胸元へやった。そこに鼓動はなく、胸にはポッカリと穴が、比喩的な意味合いではなく言葉通りの意味で空いている。
「ん?ああ、安心しろよコラさん、ちゃんと丁重に扱うよう言ってある」
ロシナンテは今、目の前の海賊に心臓を奪われていた。相手がこの調子なので別に切羽詰まった命の危機を感じていたりはしないが、それでも違和感が消えることはない。
「まァ、期限として設けた1ヶ月が終わるか、アンタが記憶を思い出すか…どちらが先かってだけの話だ、コラさん」
言葉遣いこそややぶっきらぼうだが、それでもやっぱり、こちらに向けられた瞳はこの時だけでなくいつも、子を見守る親のように、仔猫を見つめる飼い主のように、ヒーローの人形を見据える子供のように、そして凪いだ海のように穏やかで優しげだった。
尤もロシナンテには、彼がそうやって頑なに呼び続ける「コラさん」という呼称に対し、彼のその目線に対し、一切心当たりがないのだが。
『…お前は実兄であるドフラミンゴの元へ単身突撃した後、負傷した状態で発見された。その記憶の混濁は、恐らくその戦闘の影響だと思われる』
数ヶ月間の昏睡から目覚めたあの日、恩人であり上司であり、そして養い親であるセンゴクからそう言われても、ロシナンテはぼんやりとした返事を返すしかなかった。父が殺された時の事さえ、いくら思い返そうとしようとも、見覚えのない少年に殺されたかのような感覚に染まっていたのだ、無理もない話だった。
そのドンキホーテ・ドフラミンゴは凶悪な海賊であると同時に“家族”にこだわる男であり、故に実の弟であるロシナンテは、彼自身の手でリンチ紛いの目に遭ったのではないか。手元にあった拳銃には数発撃ってからドフラミンゴとの交戦直前だろう頃に弾が込められた形跡があったが、それを撃ち出した形跡がなかったことからも、ロシナンテが撃つことに躊躇いを覚える相手であった可能は高いと、それがこちらに伝えられたセンゴクの推測だ。
しかしこのトラファルガー・ロー曰く、それは完全なる虚偽であり、本当の自分は数年間ドンキホーテファミリーへ潜入し、その際に病を患っていた彼を助けたのだという。突拍子もない話で、だがこちらを騙そうとしている雰囲気も、まずこちらを騙す利点もない。だからかの人が何らかの考えによって嘘をついておりこの男が言うことが事実だったという道も含め、当事者としてはあらゆる可能性を突き詰めねばならない。
こちら側の記憶違い、あちら側の誰かとの誤認、はたまたもしかすれば、追い詰められた幼子が精神的な拠り所とし虚像──例としてはイマジナリーフレンドのような──を創り上げ、その際に家族に固執しているドフラミンゴから聞いた弟の話を当て嵌めるなりし、「コラさん」という男を脳内で生み出してしまったのではないか…そんな可能性さえある。このご時世のこの立場では、そのような精神状態の人間など数え切れないほど見てきた。
今、ロシナンテにとって何より恐ろしいのは、自分が「コラさん」ではないという事こそが現実であったが為に逆上され、部下や一般市民に危害が及ぶ事だ。かつて世界を壊したいという願望を持っていたという人間がその根幹にある救いを揺るがされたら、どう錯乱するか見当もつかない。
トラファルガー・ローがどう行動するにせよ、ロシナンテは無辜の民を救う為なら自身の命如き惜しむつもりはない。人々から忌み嫌われる血を継ぐ彼ではあるが、その心意気は本当だった。そうでなければ、記憶にない任務違反で降格されてなお、伊達にこの地位まで辿り着いていない。
正義を背負う恩人の背に憧れて、不条理に苦しめられる民衆を見てきて、ひたすらがむしゃらに生きてきたドンキホーテ・ロシナンテという海兵が、その人生の中で、明確に犯した過ちはきっとただ1つ。
──かつて情に流されて、目の前にいた海のクズ(かいぞく)を撃てなかったこと。
「なんだ、コラさん?」
おれの頬に米粒でもついてたかと、顔つきの厳つさに反して友好的に話しかけてくるその男に、いやクマがすげえと思ってと誤魔化すように返答する。
再び胸元に触れれば、やはり心臓の鼓動はなく、それでも一丁の拳銃の感触が確かにあった。
期限はあと22日。
今日も彼らは、誰かの喉が枯れるくらい滑稽な日常を送ることになる。
Q,センゴクさんなんで嘘ついたん?
A,あんなに激情型な男が失敗してしまった任務や保護してた子供のこと聞いて怪我をしてる程度のことで駆け出さないわけないから(極秘任務だったこともあり良くも悪くもロシナンテの安全を優先した為、周囲にも本人にもそれぞれ少し改変した話を伝えている状態)
Q,ローなんで心臓取ったん?
A,記憶を思い出させられるような刺激を与えるには例え脅してでもあの半年間のようにそばで生活する必要があると考えた+「生きてる…コラさん生きてる…」って感じたかった(実はクルーに預けず自分で所持してて、毎晩抱きしめてちょっと泣いてたりする)
Q,大丈夫?上記のコラさんの思考知ったらローが泣いちゃわない?
A,はい。(はい。)