これまでと今とこれからの生き方をざっくりと。
やまぐち あいこんにちは、はじめまして。
やまぐち あいです。
去年の秋に初めてワークテラスを訪れて、それから数ヶ月経った今年の春、雄大な八ヶ岳を飛び越えて、佐久エリアに引っ越してきました。
これまで住んでた山間の集落に比べたら、かなりお街な佐久にきて、春、夏、秋があっとゆー間に過ぎ去り、気づいたら冬。
気づいたら本日、誕生日を迎えました(笑)
iitoco!!アドベントカレンダー、結構最後の方まで今日この日が残ってて、ラス1になったらなんだか寂しいと思い、ついつい埋めてしまったので、当日になって慌てて書いてます。
深夜0時が過ぎた今を中心に、これまで、と、これから、を思いのまま書こうと思います。
※深夜のテンションなので、自問自答、変なパラドックスに落ち入り、とりとめのないブログになる可能性が高うございますが、ご容赦くださいませー。
今、たたみかけの洗濯物そっちのけに、職場に忘れたPCの代わりにiPadでいそいそとブログを書いてます。
生活はちゃんとしたいと思ってるのに、細かいことにこだわり過ぎて、それが嫌になってぐうたらしてしまい、時間がいくらあっても家のことが終わる気がしません。
例えば、洗濯物。
洗濯物ってどこからどこまでの状態ですかね。
服脱いだ瞬間から?干すまで?取り込むまで?たたむまで?タンスにしまうまで?
そんな言葉にもこだわってしまい、気にしたら全然前に進めないまま、ぼーっと手を止めて考えることが日常茶飯事です。
もうやだ、わからないってことから逃げ出したい。
と、これまでは本やマンガ、テレビや映画など面白いことで脳内をいっぱいにして逃げてましたが、ある日、延々に終わらない悩みに恐れを抱き、ちゃんと向き合って気になったら気が済むまで考えることにしました。
とりあえず今時点の「わたしのとっての洗濯物」は、この服洗うぞ!と思った〜たたみ終わりまでの服。
大事なのは、洗うぞ!の感覚の扱いです(私的な見解)。
ずーっとここの定義が自分の中でとても複雑なところだったのですが、3年ほど前に、全ての洗濯はこの洗剤一択だ!っていう洗剤に出会ってから、この「洗うぞ!」の気持ちのラインがしっくりし出しました。
(普通の服からドライまで全部一本で洗える、ズボラには最高の中性洗剤。その上、環境にも優しい。)
一回着たらとかじゃなく、洗剤の洗浄力や仕上がりを基準に、その日その日の服の扱いと服の状態と相談して、洗濯物か否かを決めます。
だから、洗濯に対してすごく気遣うようになりましたし、服にも気遣うように。
使い方や素材にも、作りにも、作ってる過程や人や工程にも…一番は服の末路を買う最初に意識するようになりました。
なんてことばかり言うと、まじこいつめんどくさい奴だなって思いますよね。
そうなんです、自分でも自分がめんどくさくて…ほんと昔から、めんどくさい。
もう二度と考え始めたくないって毎回思いながら、考えることから逃げられないので、たまに現実なのか妄想なのかわけわからなくなる金縛りに合います。
でも、考えることを楽しめるようになったら、気づいたら生きる糧にちょっとなってる…いや、だいぶなってる。
私にとって生きる幸せは、体か心か脳みそが楽しいを感じることの連鎖だと思ってるんですが、外的要因により体や心が楽しいを摂取できない間は、脳みそが楽しいを作り出せるようになり、とっても省エネでストレスフリーな生き方が可能に。
言葉の定義って辞書を引けば一発だけど、自分の中での定義を生活の中から編み出していくと、一言で終われないものばかりで連想ゲームのように広がり、新しいものの見方に気づくことも多く、何事も単体で成り立つものはなくて、歴史があり、さまざまなものと交差して、姿形を変え巡り巡って今に至り、それはこの先も変化しつつ続いていくんだろーなーと、この世界の往古来今に思いを巡らせると延々に終わらない。
であればこの先、人の暮らしが良い方向に変わっていけば良いなって思うので、今は自然と人が循環できる暮らしを、後世に向けて整えていけたら…なんて壮大な妄想へと発展しつつあり、思考の終わりはますます遠のくばかり。
脳内が果てる頃が、わたしの逝き時かもしれません。
でも、毎日追われる生活のことばかり考えてたら、それが結構仕事に役立つようになったのは嬉しい限り。
今となってはこれでいーかとマイペースで生きてますが、見る人によってはとても理解し難いらしく、社会において勝手に生きづらさを感じてくれる人もいて、たまにありがたやです。
仕事で他人に暮らしの提案をしてると、自分の生活は他人にとっては手間と苦労しかさせないやり方だと気づいてしまうこともありますが、もっと踏み込んだものの考え方をしている人と出会うとついつい興奮してしまいます。
生き方は人それぞれですが、それを自分なりに楽しんでいる人が佐久エリアにもたくさんいて、会う人会う人刺激的で、深掘りするととても楽しい。
それは、オープンマインドな生き方をしている、もしくは、目指してる人が佐久に、ワークテラスに、たくさん集まってるからかもしれません。
誰と競争するでもなく、自分の生き方を個で模索して、それを尊重し、時にはみんなで面白がり、楽しみあう感じをなんとなく肌で感じてます。
これまで結構「個」で考え抜いてきたものごとを、これから先、誰かと共有し、面白がりたい。
それを、わたしのこれからの楽しみにできたらと、ざっくり思いました!
深掘りすぎて引かれないようにだけは努めますんで、どうぞ来年も、よろしくお願いします。