これはただのきっかけ
死体処理専門の二級術師、傀儡呪詛師「縛り?」
非術師家系では知ることのない、呪力の交えた約束事。茅瀬によると、絶対に守らなければいけない約束事でもあり、一方的に結ばれるものではなく両者の了承を得て結ぶもの。
もし、守らなかった場合は...
「首が吹き飛ぶって」
「物騒だな...江戸時代かこの業界は」
強ち間違いでもないのかもしれない、と思案する。まともに管理できていない仕事内容や頭空っぽな上層部、時代遅れの差別、挙げればキリがない。
「まぁ冗談だけど」
「おい」
座っている茅瀬の頭に手刀を落とす。教室内に響いた音と共に痛ァ!と悲鳴が響く。最近知ったことだったが、虚弱に見えて生命力が凄まじく高い。茅瀬本人から聞いた話だが、いざとなった時は自分の死体にも術式を発動させられるらしい。
そうなったら、いよいよ人外じみている。
「嘘つくなよ。そんなんだったら縛りだってそこまで重要じゃないんじゃない?」
「い〝った...いや、それ自体は結構力あるらしいよ。内容によって反動が大きくなるって」
へぇ、と気の抜けた声が出た。まぁ願い事には代償があるっていうのが定石だし、この業界なら尚更のことなんだろう。
...それにしても、何故突然縛りの話をしたのだろう。
「なぁ、茅瀬」
「ん、なぁに?」
「その話題は分かったけど、だから何だって話だ。何で急に縛りの話をしたんだ?」
きょとんとした顔で此方を見つめて、茅瀬は破顔する。軽快な少年の笑い声が、夕暮れ時の教室を賑やかにしている。
何を笑っているんだろう、この男。
「いや、ごめんごめん。そういや話してたなーって思ってさ」
「そう。てっきり結びたいのかと思った」
机上に散乱された報告書を手に取り、一枚一枚確認する。最近は等級違いが多かったな、と思い耽っていると隣からガタッと音がする。
「...茅瀬?」
見れば茅瀬が驚いた表情で此方を見ている。黒々とした目をこれでもかと見開かせて、私を見ている。
「お、おい、どうした?」
「...むすんでくれるの」
報告書を持った手を握られ、紙が床に落ちる。拾いたい気持ちとは逆に茅瀬は強く握りしめる。あざになったら嫌だなと思う傍ら、茅瀬は私に聞いた。
「俺が、眞尋と結びたいって言ったら、結んでくれるの」
「...わたしと?」
茅瀬は静かに頷く。その目はふざけとか何もなくて、すごく真剣で鋭い。いつもの茅瀬らしくないとも思うし、思い返せばこんな表情もよく見た気がする。
「...変な奴だな、茅瀬って」
「変でもいいから、ね、答えて。俺と結んでくれるの?」
「...まぁ、いざって時は」
そう答えて、力んだ手を離す。立ち上がったまま呆然とする茅瀬を横目に、散らばった報告書を数枚手に取る。
「いらないと思うけどな。じゃあ、報告書出してくる」
そう告げて、教室の扉から出た。逆光で茅瀬の表情は見えなかったのが気がかりだが、彼の事だしまた元に戻るだろう。
とりあえず、この用紙を夜蛾先生に出す。
この時、私はそれだけを考えていた。
「...結んでくれるんだ、眞尋」