これが私の人生設計
その日のアキは慌ただしかった。前日の夜にデンジが帰って来ず、公安に連絡しようかと考えていた時に、マキマから電話が来た。
デンジと偶然出会い、体調を崩していたので、今夜は私の自宅に泊めると伝えられたので、デンジの事はひとまずマキマに任せた。
いつも通り出勤した今日の朝、複数の悪魔による戦闘が街中で行われており、状況に対応しようとしたら岸辺と出くわし、彼から状況を聞かされた。
そして現在、アキ達は地下街の僅かなスペースに身を隠している。マキマの追跡から、一時身を隠す為だ。退職したコベニもいる。一時的に体の主導権を得ていたチェンソーマンと行動していて、事態に巻き込まれたらしい。
「デンジ君は…いきっ、デンジ君は…生き返れるからいいよね…」
「あんなあ…こう見えてもいま俺はな、俺ん心はなあ、糞詰まったトイレん底に落ちてる感じなんだぜ」
部屋を満たす空気は暗い。騒がしいパワーですら、岸辺が調達したパンを不味そうに齧っている。
デンジは今の現状を己のバカさが招いたものと自嘲し、流れされるままに過ごしていた自分自身に呆れた。
「これから生き延びれても俺はきっと…犬みてえに誰かの言いなりになって暮らしてくんだろうな」
「それが普通でしょ?」
デンジが悲観的な未来予想を述べていると、それまで黙って聞いていたコベニが口を開いた。
「え?」
「ヤな事がない人生なんて……夢の中だけでしょ」
コベニは座り込んだまま、前方の床に視線を落とす。アキは2人のやりとりを聞くともなしに聞いていた。デンジはかなりの衝撃を受けたらしく、目に見えて狼狽している。
「あ、でも俺…普通になりたくて……」
「デンジ君は普通になりたいの?」
その時、電源の点いていたテレビがチェンソーマンなる怪人…変身したデンジを話題にしていた。
ーー頭にチェンソーを携えて、一人で悪魔を切り倒す男。
ーー倒れても倒れても最後には必ず起き上がる正体不明の男。
デンジは食い入るように画面を見つめる。アキは報道を見て胸騒ぎがした。
「マキマさんでしょうか」
「だろうな。チェンソーの悪魔は人類の味方、って図式が出来れば向けられる恐怖は薄くなる。報道が続けば、いずれ世界中の人間がチェンソーの悪魔の力を削いでくれる。マキマの方は攻撃を肩代わりする日本国民が全滅するまでヤツと勝負できる、ってところか」
岸辺が説明する間、チェンソーマンへの称賛や感謝を述べる人々の姿にデンジは涙を流して喜んでいた。「うるさい」と注意されたデンジは岸辺とアキに顔を向けた。
「オレえ…ホントは……実はホントはああ…
朝…ジャム塗った食パンとかもう飽きてて……!」
「は?」
デンジの告白に、アキは思わず聞き返した。全員の視線がデンジに集まる。
「ホントは毎朝ぁあ、ステーキとかっ、食いてえんですっ!」
「おい!それはワシも食いたいぞ!!」
「あと!いつかまた…!新しい彼女が…!10…いや、5人くらい欲しい!!
クソがああ!!」
額を伏せたデンジの慟哭が狭いスペースに響き渡る。
「だから俺…!チェンソーマンになりたい…!」
デンジが吐き出した欲望を満たす事と、チェンソーマンがどう繋がるのかアキにはわからなかった。チェンソーマンとして戦った所で豪華な朝食はともかく、5人の彼女はできないだろう。
しかし、今のデンジには己を奮い立たせるものが必要だ。あえて水を差すこともあるまい、とアキは口を噤む。
岸辺が否定的な意見を述べると、デンジはがっくりと項垂れた。
やがて日が沈み、デンジを除く面々はそれぞれ眠りについた。デンジだけはテレビの向こうで戦っている自分を貪るように見つめている。その間考えているのは、マキマをどうやって倒すか。
物思いに耽っていたデンジだったが、小さく声を漏らすと眠っていたパワーを起こす。起こされて文句を言うパワーに、デンジは突如閃いた考えを彼女に伝える。
「…なるほどのう〜、勝利のカギはワシ!と言う事なのじゃな〜!」
デンジの考えを聞いたパワーは見る間に機嫌が良くなった。パワーの声が大きかったからだろう、「どうした…」とアキも億劫そうに目を覚ました。
「おう、アキ!天才のワシがマキマ攻略法を思いついたからのお!デンジに教えてやっていたのじゃあ!」
「本当か?」
攻略法を思いついた、以外の部分を全て無視してアキはデンジに尋ねる。デンジは肯き、アキにもパワーにしたものと同じ説明をする。
やがて朝が来た。