この身すべてにアイがあるから
それは、ウタが人に戻る前の事
「あっ…!」
大して大きな音ではなかった筈なのに、その時に聞こえたブチリと糸が切れる音、そしてボタンが瓦礫に勢いよくぶつかった音を…ロビンは今でも覚えている。
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「〜♪…?…あれ、ロビン?どうしたの?」
「少し、本を読んでいたの…隣いいかしら?」
「もちろん!」
人に戻ったウタは最初こそ体力がなかったり人の生き方を取り戻すリハビリの数々で出来ていなかったが、今ではすっかりこうして寝ずの番も出来る様になった。
なんなら彼女の聴覚を頼りにした索敵能力はこの一味の中でも間違いなくトップレベルだろう。
そんな彼女の回復具合が嬉しく思うと同時に、ずっとロビンには気掛かりな事があった。それは彼女が人間に戻った時、共にいた身。彼女の地獄の様な十数年と比べたら短い時間だけど玩具にされた身…多少の共通点を持っていたロビンだから気にしていたところだった。
「ねぇ、ウタ…」
「ん、なぁにロビ…っ!」
ふわり、と花弁と同時にロビンの能力で咲いた腕はウタの左目を隠していた白い髪をズラす。そして、ああ、やっぱりとロビンは少し唇を噛んだ。
普段はこの髪と、恐らく普段の昼の光ではやや気付きにくかったのだろうが今日は満月、月明かりが照らしたウタのスミレ色の目。右目と違い、左目の瞳にはまるで亀裂の様な痕が見えた。
「やっぱり、あの時のままになってしまっていたのね…」
思い返すのはいつかの時。自分と共にいたウタが吹っ飛ばされた。その際に左目のボタンが取れて…そのまま激しくぶつかり、傷が付いた。
その後回収し、一度は新しいボタンにしようかとも思ったが当時のウタが元々あるボタンで良いと身振り手振りで伝え、周りもウタがそれでいいならとそのまま傷のあるボタンを左目に改めて縫い付けたのだ。
その結果がコレだ。あの時自分と共に、自分の為に戦ってくれたウタの左目はもう元にはならない。
「敵対していた時もだけど…私は、貴女になんて謝れば…」
「ち、ちょっと待ってロビン!」
このままだと自分が元は人間と知った時に人形時にした事を思い出した時の様に自己嫌悪に延々と沈んでしまいそうだった。
ウタはソレが嫌だった。自分からすれば良い事ばかりじゃなかったのは確かだが、それを覆す位、一味の者たちが大好きなのだから、どうか自分の事で落ち込まないで欲しかった。
「別にこの左目でも視力には問題ないよ?なにより、私があの時ボタンはそのままにしてって頼んだんだし…」
「それ、は…」
「それに…ムジカ!」
「ム…」
呼ばれ、彼女の影からヌルッと人形姿のムジカが出てくる。【負の感情の集合体】という存在であるムジカは、普段は彼女と共にいるのが殆どだが、ウタの感情そのものを感じれるウタワールドに彼女の影を通して入り、そこで過ごす事もある。
そのムジカを、彼女は顔の近くまで抱き上げて今度は自分で髪を退けて左目を晒す。
「お揃いだもんね、私達」
「ムー」
そう話す二人。そういえばムジカも左目にはボタンは存在せず赤い×印が存在していたし、そうして改めて見るとウタの左目にある亀裂が×印にも見える。
「私は好きだよ。この左目も、あの時の私なりにロビンを守ろうとした証だから…他にもね」
そうして彼女はムジカを下ろし、左腕のアームカバーをおろす。そこには彼等がアラバスタで付けていた×印が、うっすらとタトゥーか何かの様に残っていた。確か、彼等とアラバスタではまだ敵同士だったけど、後で聞いたらMr.2対策に付けていた「仲間の証」らしい。
まさかソレまで残っているとは思わずロビンは眉を開いた。
「こっちは健診してるチョッパーと…のぼせた時に助けてくれた事があるナミ位かな?知ってるの」
そういえば、この子がまだ人としての暮らしに慣れてない頃、ずっとお湯に浸かってのぼせた事があったなとロビンは記憶の糸を引いた。
「これも、大事な×印だから…残ってくれたのは嬉しいんだ。あの時の事がなくなった訳じゃないって気がして」
目を細めて、ウタは腕の×を撫でる。それはもう大事そうに。
「あとは特に痕が残ってるわけじゃないけど…私は人間の身体よりずっと脆かった人形の状態の時沢山怪我して、ロビンやナミやウソップなんかにその度に直してもらったでしょ?」
腕が千切れた事もある。腹が裂けて中から綿を零した事も一度や二度じゃない。
ウタは人間だったら致命傷だったかもしれない傷を何度も受けた。そして確かにその度に、私達は彼女を直した。
「痕がないのは、きっと皆が丁寧に直してくれたからだろうけど…私はちゃんと覚えているの」
頑張ったな。今日は一段と暴れたわね。
大丈夫、必ず直すから。
そうしてひと針ひと針、ボロボロの自分を繕ってくれた。その度、どれ程自分が嬉しかったかなんて…話せなかった頃では伝えきれなかった。
「ウソップが直してくれたところも、ナミが直してくれたところも、ロビンが直してくれたところも…それで今はチョッパーが治してくれたところも」
数えきれない程ある。それ程、皆が自分を大事にしようとしてくれた証は見えなくてもウタの心にキチンと残っている。
「私、愛されてるなって、ニヤけちゃう程嬉しかった。だから、そんな風に皆が大事にしてくれた自分の身体で恥じてるところなんか一つも無いよ」
「ウタ…」
「それともロビンは、私のこの目の×印嫌い?」
そうしてウタはあざとく首を傾げた。いつのまにか彼女の肩に移動してるムジカまで真似をして、ロビンは思わず気が抜けてしまったものだから
「いいえ、素敵だと思うわ」
そう笑って答える事が出来た。
「えへへ、でしょ!」ウタも、自信たっぷりに笑い返した。
そんな二人の会話を見ていたのは、影を通してウタの身体を借りねば「ムー」以外話せない魔王のみ。あとはせいぜい空にある月程度なので、他の人は知らないという事で、今は良いのだ。
その後、彼女が【Tot Musica】を解放する時、左目の×印が赤く光る事が分かるその時まで。