この船の航海士は

この船の航海士は



『じゃあね!あいつらに言っといて!』


『え』


『縁があったらまた会いましょ♡って』 



『ちょ……ちょっと困るっすナミの姉貴ィ!!!』


『おれ達一応船番頼まれてるんすよォ!!!』


『『宝返してくれーっ!!』』



とんでもないものを見てしまった。


つい先程まで仲良くやっていた航海士の突然の裏切り。


前から「手を組んだだけ」「元々泥棒」等と怪しげな言葉は聞こえていたが……


ついに本性を表したか泥棒猫め!


この私が叩きのめして成敗してやる!




……そう思えれば幾分よかったか。


麦わらの一味の生き人形・ウタの心は、そう簡単に切り替えられるほど非情ではなかった。



「いーい奴らだったなァ…………」


海は凪いでいる。


「今度会ったらまた、仲間に入れてくれるかな……」


船は海を征く。


「…………また……逢えるかなァ…………!!!」



そしてナミは、泣いている。



「…………早く自由になりたいよ……ベルメールさん…………!!!」



(ウタ以外)誰もいないとはいえ……否、誰もいないからこそ、あの気丈なナミがボロボロと止め処なく涙を溢している。


それだけで、彼女にも何か退っ引きならぬ事情があることは推して察することができた。



「…………キィ」


「!」



ウタは、ナミを放っておくことができなかった。


今の自分にできることなど何もない。


それに、今しがたヨサクとジョニーがどんな目に遭ったのか。


同じように海に落とされれば、泳ぐことができないウタは2度と浮き上がることができない。



それでも、彼女の前に姿を現さずにはいられなかった。



「……あァ、アンタもいたわね……」


「…………」



涙を拭ったばかりのナミの右腕が伸びてくる。


やはり、私も海へ落とされるのだろうか。



しかし、ウタに触れたナミの手はとても優しいものだった。



「……雑な補修……誰がやったのかしら。


ルフィ?まさか。あいつがこんなこと……


……でもあいつ、アンタのこと帽子と同じくらい大事にしてたわね……」



ポツポツと、独り言でも言うような様子で呟くナミ。


やがて、どこからか裁縫用具を取り出してきた。



「こんなんじゃ動きづらいでしょ。治しといてあげるわ」



器用なものだ。ルフィが大雑把に縫い合わせた部分の糸が解かれ、丁寧に縫い合わされていく。ついでに洗われた。


数十分もすると、そこには見違えるほど綺麗になったウタがいた。



「キィ!キィ!」


「ふふ、そ。よかったわね」



喜ぶウタを見ながら、ナミはため息混じりに1つ笑う。


やがて視線を海へやり、それきり何も言わなくなった。



ウタは先程までナミが見ていた手配書の束に目をやる。


束の一番上に置かれた手配書────



魚人海賊団・アーロン一味船長『アーロン』。



恐らく、この異形の海賊がナミを苦しめる張本人なのだろう。


懸賞金2,000万ベリー。オレンジの街で相対した道化のバギーより高い。


だが、何のことはない。


ルフィ達は必ずこの船に追いついて、この心優しき航海士を救い出してやれるだろう。


何より、恐らくルフィが譲らない。今頃「あいつが航海士じゃないと嫌だ!!」と駄々をこねているところだろう。そういう性格だ。



ならば、自分には何ができるだろうか。


何とかして、自分もナミに恩を返したい。


自分だって、ナミが航海士じゃないと嫌だ。



ウタはぐるぐると思案する。何も出来ない自分に出来ることは何か。



この後、ウタのとある行動が、ココヤシ村での戦いでナミの心を救う一因になるのだが、それはもう少し先のお話。


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