この後滅茶苦茶助かる
『世界のつづき』を歌い上げて、夢の世界から皆を解放する。
それが、エレジアを、世界を滅ぼそうとしたウタの最期の償いだった。
…だが、それを彼女の半身は良しとしなかった。
「ウタ…ウタ!ネズキノコの解毒薬だ、これを飲めば助かる!飲んでくれ…!」
シャンクスがウタに解毒薬の入った小瓶を握らせる。これを飲めば身体を蝕むネズキノコは消え去り、ウタは助かる。その代わりに、明日からもこの世界で生きなければならない。
ウタはその事実に耐えられなくなって、小瓶を払いのけようとして、
「むぐっ…!?」
ウタの死角から伸びた腕が、手放された小瓶をウタの口へ、待ってましたと言わんばかりにねじ込んだ。
「けほ、けほっ……アド、何するの!?」
ウタは突然口の中に広がった薬の苦みに顔を顰め、無理矢理飲ませてきた下手人───アドを睨む。
「……アド、まさかまた危険な能力の使い方をしたな……アド、どうした?」
シャンクスは過程はともかく、ウタが無事に解毒薬を飲んだ事に安堵するが、アドの様子がおかしい事に気づく。アドはそれを無視して、最愛の姉───ウタへ語りかける。
「お姉ちゃん。私ね、色々考えたんだ。…お姉ちゃんが生きてさえいれば、ルフィやお父さん達が全力でお姉ちゃんの心を救ってくれる」
「でも、お姉ちゃんはすぐにでも現実世界からいなくなりたい」
「お姉ちゃんをどうすれば現実世界に留められるか」
「お姉ちゃんにどうすれば生きてもらえるか」
「それでね、思ったんだ」
「そうだ!私が呪いになればいいんだ!って」
明るく、まるで名案かように、アドは自身の死を告げた。
「……っアド、馬鹿な事はやめろ!」
「止めても無駄だよ。そもそもとっくの昔に制限時間は過ぎてるの。もう能力を解除出来る程の体力が残ってない。お父さんの覇気で気絶させても、そのまま衰弱死しちゃうよ」
アド。ナギナギの実の無音人間。正確には“無振動人間”。自身の発する音、気配、体の震えを消し、心臓の鼓動を縛り付け、感情の起伏さえ穏やかにする。
能力の研鑽によって生まれたその運用方法は、当然肉体への負荷は尋常ではない。彼女の中で「これ以上発動し続けると死ぬ」と思い設定していた制限時間は4分33秒。トットムジカとの激戦により、それはとっくの昔に過ぎていた。
そして「やっぱり死にたくない」と思わないよう、父や姉の説得に負けないよう、ダメ押しとばかりに発動された感情の起伏を穏やかにする技。
今のアドには、全ての事象が心に響かない。
「お姉ちゃんは知らないんだ。“身体が死んでも心が幸せなら幸せ”。……お姉ちゃんに置いて行かれて、私達がどんなに悲しいか知らないんだ」
「っ……」
ウタは先ほどのウタワールドで見たルフィの表情を思い出す。……幼馴染の、あのような姿を見るのは初めてだった。
「でもっ!このまま助かったって誰も許してくれるわけない!エレジアの人達だって、今日巻き込んじゃった皆だって…!シャンクスやゴードンにも迷惑かけた!」
「大丈夫。お父さん達はお姉ちゃんの事全然責めてないよ。それよりも…お姉ちゃんがいなくなる事を恐れてる」
「私が助かって、私の罪はどうなるの!?私が救われるなんて、許されないよ…!」
「違う。お姉ちゃんは何も罪を犯してない。エレジアだって、今日のライブだって…罪を犯したって言うのなら、贖罪は10年の孤独で十分だよ」
「なんで…!わかってくれないの…!」
「お姉ちゃんに幸せになってほしいから」
ウタがどれだけ否定しても、後悔を垂れ流しても、アドには暖簾に腕押しで。
彼女の中には『お姉ちゃんに幸せになってほしい』の一心しかなかった。
「わ、私が助かった後、また今日と同じことするとは思わないの…!?そうなったらどうするの…!?」
震えた声でウタが言うが、アドは大丈夫、とまた返す。
「私が死んで、お姉ちゃんに生きてほしいって願えば、お姉ちゃんはそれを叶えてくれる」
「だって、お姉ちゃんは優しいから」
アドは昔の頃を思い出すように、朗らかに笑った。
ついに立っているすら限界になったのか、崩れ落ちるようにその場に倒れる。ウタは自分も瀕死だったのも忘れてアドに駆け寄るが、全身に血が回っていないのか、アドの顔色は既に死人のようだった。
「それにね…私への罰でもあるんだ…」
「お姉ちゃんの分までお父さん達から愛された事…お姉ちゃんと12年も会えなかった事…」
「お姉ちゃんが…こんなに…こんなに辛い思いしてたなんて知らなかった」
「お父さん達が黙ってるのを免罪符にし続けてた」
「だから…私の命でお姉ちゃんを現実に縛り付けて、贖罪にする」
吹けば消えそうなぐったりした声で、アドは自分の方が罪深いからと言う。死ぬのなら姉よりも、私の方がいいと。
アドの肩を抱くウタの腕が震える。自分のせいなのに。アドは何も悪くないのに、なんでアドが死なないといけないのと。
「嫌…!嫌だ!せっかく再会出来たのに!!嫌だよ!アドと離れたくない!!」
「ほら一緒にお買い物したり、勝負したり、いっぱい歌ったりさ…!!」
「12年の埋め合わせしようよ…!!」
「私が悪かったから!!もう逃げたいなんて言わないから!!いなくならないで!!」
瞳から灯りが抜け落ちたアドは泣きじゃくるウタを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「……誰か……アドを助けて……」
その時だった。
『“シャンブルズ”』
「…最悪の目覚めだ。邪魔するぞ、歌姫屋、赤髪屋」
一人の男が、近くの岩と入れ替わるようにして現れたのは。